Sickened 06
昔から感情の起伏が薄かった。
楽しいことも辛いことも実感が難しかった。
ただ、他人がどうして欲しいか何を言って欲しいかだけはすぐにわかってしまって、良くも悪くも多くの人に囲まれて生きてきた。
「お前は良いよな。恵まれてるもんな」
これは多くの人に言われた。
実の両親は幼い時に亡くしたけれど、養い親は良い人だった。
「本当に、巡りあわせというのは残酷ですよね」
そんな風に身の上を語ったラムはケイトに苦笑してみせた。
ソファで二人ならびながら、テレビで音楽番組を見る。
それが金曜日のふたりの習慣になっていた。
ケイトの話を聞いてからも、この男は相変わらずだった。
しつこく質問をすることはやめなかったし、態度は無礼だった。
結局、先に慣れたのはケイトの方だった。
いちいち反応していては身が持たない。
「僕は罪悪感を覚えた事はありませんが、環境がそれを許したわけではなかったんです」
「どういうこと?」
テレビでは新人歌手が新曲のバラードを披露していた。
――思い出すのは、あなたのこえ
「養父も養母も良い人でした。問題を起こしてばかりの僕に忍耐強く接してくれました」
「そうなんだ」
「二人とも暮らしぶりは質素でしたが、資産家の家系で金に困ることもなかったですし。そもそも資産家である実家に嫌気がさして、地味で控えめな生活を心がけていた二人でした」
「ふーん」
「父が牧師になろうとしたのもそういった経緯だったそうです。金のあるところには人が集まります。でもそれは決して良い人間関係ばかりではない。父は愛のある人間関係を欲していました」
「まあ……それはわかるかもしれない」
ケイトの家も裕福な方だった。
父は自己啓発の本が書店で宗教のカテゴリーに入れられることを嫌がっていたけれど、著書をみれば宗教の影響を多く受けていることは明白で、仕方がなかったかもしれない。
ただどうであれ、父の根底にあったのは――人を救いたいという想いだった。
講義に呼ばれようと、パーティーに出席しようと、父が目指していたのは一人でも多くの人を救うこと。
ファンレターひとつひとつに、丁寧に返事を書いていた。
その中で深刻な環境にいると思われる人とは、頻繁にやりとりをしていた。
神に祈ること以外にも、心を救う方法をたくさん伝えていた。
「父は――幸せだったのかな」
多くを持ちすぎていて、その結果転ぶなんて贅沢な話なんだろうか。
そんな父を誇りに思う気持ちと、たくさんのものを残されて辛いと思う気持ちがどうしようもなく降り積もる。
「最初からなにもなければ、こんな思いをしなくて済んだのに」
ケイトは吐き捨てるように呟いた。
「同感です。あんな風に大切に育てられても、僕はこうなったでしょうし。骨折り損ですよね」
「あんたと一緒にしないでくれる?ご両親には同情するけど……」
本当にこの男はどうしようもない。
嫌悪感を隠すことなく睨むとラムは意に介した様子も見せず、けらけらと笑った。
「一応、僕にも努力した時期はあったんですよ。聖書と父の言う『汝の隣人を愛せよ』の言葉の通りに」
「それはそれで気持ち悪い」
「これでも人気者でしたよ」
「演技がうまかったのね。友人になった人が可哀想だわ」
「まあ、好かれるのと同じくらい僕を嫌う人もいました。僕は――同情とかよくわからないで」
「あんたってサイコパスよね」
「ああ……区分するならそうなんでしょうね。自分でも調べた事があります」
「自覚あったの?」
「退屈ばかり覚える原因を調べていたら、そういう結果でした。脳を調べてもらったこともありますよ」
「それはちょっと興味ある」
「眼窩皮質と偏桃体周辺が不活発という結果でした。衝動的かつ、他人への共感が薄い。
というか、心底わからないんです。だから他人を信じるのも難しかった」
少しだけ淋しそうに、彼は言う。
「自分と同じように、他人も薄情な嘘つきだと信じていましたから」
「……へえ」
「何か裏があるのだと思い込んで、人を信用せず信頼もさせず生きてきました。そして今後もそうなのでしょうね」
「まあ改善するとは思えないけど、一応言ってあげる」
ふと、父の言葉を思い出す。
――ケイティ、目の前で転びそうな人がいたら助けてあげなさい
「もうやめたら、人を殺すの」
「無理ですね」
「即答しないでよ」
「あはは」
私もこいつも、既に転んでいる。
泥が染みつき、汚れ、深く根付いている。
地獄とは結局長さでもあり、深さでもある。
この男の話す半生が事実ならば、気の毒でもあった。
人にも環境にも恵まれているのに、こうなったのだから。
(それは私も同じか)
どうせ碌な死に方はできないだろう。なにしろ最期までこの男が一緒なのだから。
それでも
(独りよりは、ましなのかな――)
そう思ってしまう自分も、いた。
20240529
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