ループループ

 昔から絵を描くのが好きだった。最近はネットなんかで自分の作品を公開するひとが多くて、僕も同じだった。
 力を入れて描いたものも、落書き程度のものも、自分のサイトに公開しては感想をもらったりして、嬉しかった。
 いつまでもネット上の名前がないのも不便だったから、適当にケータイに入ってる辞書を弄りながらどうしようかな、なんて考えていたら英和辞典のSの項目で、目を引く単語があった。

 sin――シン。響きがまず気に入った。そんな時ネットで交流する友人が言っていた言葉を思い出したんだ。

「ハンドルネームはさ、自分が自分に付けられる名前なんだよね。自分が自分をどういう人間であるか決めることができるんだよ。それって少しだけ気分が楽になるんだ」

 親が付けてくれた名前。自分が望む名前。前者はどういう人間になってほしいのか。後者は――自分はその名を意識した存在であるということなんだと。その時僕は思った。

 シン。それは僕が僕自身に付けた、僕の名前。
 ハルと名乗る僕と、シンと名乗る僕。そしてシンと僕を呼ぶアキ。

 僕は自覚しているよ僕の罪を。
 そして。ねえ、アキも、そうだよね?僕の罪という名を呼んで、アキはいつも自分の罪に苦しんでる。

 僕たちはほんとうにバカだね。だって僕もアキも母さんが大好きなのに、母さんも僕とアキが大好きなのに、僕はシンっていう逃げ道を作って、母さんの願いを殺した。







「かあさん――」
「どうして泣いてるの、ハル」

 いつだって母は自分を忘れてはいなかった。どんなに病んでしまっても、母が還ろうとするのはいつも、いとしい息子のもと。

「ごめんね」
「……」

 母は何も言わないかわりに、ふわりと微笑んで息子を抱きしめた。あやすようにとんとんと背中をたたいて、彼が泣き止むまでそうしていた。

 ――母がどこまで覚えていて何を忘れてしまったかなどどうでもいいことなんだ。

 辛かったろうね。母さん。こんなにも大好きな僕を殴らなければならなかったことが。手で殴るということがなにより簡単な暴力であって、衝撃も重さも自身で背負い込んで、痛かっただろうね。

 貴方を赦したいとは思わない。
 でもなくしたいなんて思わない。

 言ってあげれば良かったとほんとに思う。アキの言う通りだ。

 ――痛いことは悲しい事よ。

 悲しいことだね。そして辛いことだ。

「かあさん」
「なあに、ハル」

 嗚咽を抑えることもできずに、ハルは泣いた。

「痛いよ」

 いたい、いたい、痛い。思い出した痛覚は全身を苛んで、少年を冒していた無垢な笑みをようやく取り除く。

「かあさん」



 『いたいのはいやだよ』



13.03.04

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