散髪から戻ってきた尾形を見て名前は驚いた。兵士らしく坊主頭にしてくるかと思いきや、予想外の髪型で帰ってきたのだ。
「ツーブロオールバック! クラシックスタイルですね!! ふむ、『クラシックは不滅』ってやつですか? ……いや、明治時代なら最先端? とにかく素敵な髪型ですね! お似合いです!!」
「………………」
「何それ呪文?」
「褒め言葉です」
ツーブロオールバックは予想外だったが、尾形にとても似合っていた。呆れ顔の二階堂の横でパチパチと拍手をしながら褒め言葉を並べると、尾形はまたしても真顔で髪を撫で付け続けていた。
◇
日が暮れ始めて、今日は町のはずれの小さな安宿で一泊することになった。安宿ではあったが、尾形と二階堂の軍服のおかげかご厚意で夕飯が振る舞われた。狭い一室で仲良く……いや仲良くはないが三人一緒に夕飯を食べている。
横に座る尾形をチラリと見ると、まだ顎が動かしづらいのか少し食べづらそうにしているように見えた。
「……顎の固定を外してもすぐには口開かないですよねぇ、わかります。ちょっとずつ開ける訓練をしたほうがいいですよ。縦に指三本入るのが目標ですね」
茶碗と箸を置き、少々行儀が悪いと思いつつ自身の口を開き指を三本入れてみせた。
「わかります、ねェ……。顎折ったことがあるような言い方だな」
「……いや、折ったことはないんですけど、派手に顎を外したことがありまして。数日固定したことはあるんです。そのあと、びっくりするほど口が開きませんでした」
「顎が外れた? 何したんだよ」
「え〜……、ちょ〜っとヘマを……」
あはは、と視線を逸らし空笑いをして答えた。尾形は曖昧な理由に納得していないような顔をしている。なんだか気まずくて、名前は「そういえば!」と別の話を切り出した。
「尾形さん、聞きたいことがいくつかあるんですけど」
「なんだ?」
「刺青とか金塊のことと、脱走兵と言ってたこと。あと今後の予定とか……」
「ハァ……多い。しかたねえ、あとで掻い摘んで話す」
「……! ありがとうございます!」
やっと聞きたいことが聞ける! と名前は内心小躍りした。自身がいったい何に利用されそうになっているのか知ることができるかもしれない。早く話を聞きたい名前はいつもより早くご飯を口に入れていった。
◇
食後、行儀が悪いがペラッペラの煎餅布団の上に座って尾形の話を聞いた。二階堂と尾形は交代で見張り番をするらしく、今は二階堂が部屋の入り口で小銃片手に番をしている。
「のっぺらぼう……? 金塊二万貫……? ちょっと待って、貫ってなんでしたっけ、重さ? それってどのくらいの重さなんですか……キログラムってわかりますか?」
「あ? あぁ……、一貫三・七五キログラムだったか……」
「三・七五キログラム……はあ!? てことは……七十五トン!? それで、鶴見さんは第七師団を乗っ取って軍事政権をつくって北海道を手に入れる……!?」
「そうだ」
「嘘みたい……」
「嘘じゃねえよ」
金塊のこともわかった。鶴見の目的もわかった。が、話があまりにも壮大で頭がついていかない。なにその金塊の量、国を作る気なの……!? 名前は頭を抱えて唸っている。
「知っちまったからには、あんたももう金塊争奪戦から逃れられないな」
「そんな〜……」
尾形は笑っているが、笑い事じゃない。兵舎が燃えた日に鶴見から金塊の話を少し聞かされた時点ですでに手遅れだったのかもしれないが、そんなドロドロ金塊争奪戦に巻き込まれる可能性があったのなら詳しく話す前に教えてほしかった。こんな話を知ってしまえば、もうただでは済まされないだろう。鶴見の元に戻ったところで、知ってることがバレたらよくて軟禁、反抗すれば最悪殺されて終わりだろう。嘘が下手な名前はあの鶴見に隠し通せる気がしなかった。
知ってしまってはもう戻れない。名前はどうすればいいのだろう。名前にとって何が最善なのだろう。名前はまだ死にたくないし、そんな鶴見の元で飼い殺されたくもない。
「……つまり、鶴見さんが乗っ取った第七師団から脱走した尾形さんは正しい行動をしているということですよね?」
「ははァ、そう思うのか? ただ脱走兵扱いなのは間違いないぜ?」
「第七師団から見れば、でしょう? 私は尾形さんを信じて、尾形さんについて行きますよ」
「……なら俺にとっても好都合だ」
尾形は髪をかき上げニヤリと笑った。少々不安はあるが仕方がない。生き残るにはおそらく尾形についていくしかないだろう。
「じゃあ早く寝とけ。寝不足で足手纏いになっちゃ困るからな」
「……明日は何をするご予定で?」
「近くのアイヌの村に怪我をした兵士がいると聞いた。そいつに会って確かめたいことがある」
「なるほど……?」
怪我をした兵士。名前に思い当たるのは、尾形を襲った者……不死身の杉元を捜索していた先遣隊だ。彼らは誰ひとり帰ってきていない。尾形は先遣隊の誰かに用があるのだろうか? それとも、犯人である不死身の杉元を追っているのだろうか?
そんなことを考えていたら突然尾形に額を押され後ろに倒れ込んだ。ペラペラな煎餅布団に後頭部をぶつける。地味に痛い。起きあがろうとしたが、額を押さえる尾形の手が邪魔で体を起こすことができなかった。
「ちょっと、離してくださいよ」
「いいから寝ろ」
「そんなことしなくても、寝ますってば……」
邪魔だと言わんばかりに尾形の腕をぺしぺしと叩くと、尾形の手に入っていた力が緩んだ。添えられた手がするりと額を撫で、指先が前髪の生え際辺りを掠めた瞬間ピタリと止まった。あっ。
「……傷痕か?」
名前の額の生え際ギリギリ、普段は前髪ですっかり隠れる位置に五センチ程度の傷痕があるのだ。あまり綺麗に治らなかったその傷痕は触ると少しでこぼこしている。
尾形はその傷痕を指で撫でるように触れている。少しむずがゆい。
「これも『ちょっとしたヘマ』か?」
「あはは……そうです」
「百年後の医学でもこんなに傷が残るもんなのか」
「救急……あ〜〜時間外診療で雑に処置された感じはありますね、はは」
「………………」
医療用ホチキスでバチバチと止められた傷を思い出し苦笑いする。
部屋が暗くてよく見えないのか、傷跡を見たい尾形が顔を近づけた。いや近いな。さっきからこの男、距離が近い。やたら触れてくるのは鶴見の腹心ゆえだろうか。
「傷を褒めるのはそういうことか」
「………………」
無意識だったが、そうなのかもしれない。名前は自身の傷痕を肯定したかったのだ。ただ図星を突かれて素直にはいそうですと言う気にはなれなかった。
仕返しのような気持ちで、名前は尾形の頬に手を伸ばし縫合痕を指で撫でた。ぴくりと尾形が反応したように思えたが、案外抵抗されない。
「……向かい傷、かっこいい」
「はッ、ならあんたの傷もかっこいいんじゃねえか?」
「……ふふっ」
自身の傷痕を肯定されたようで、悪い気はしなかった。尾形の縫合痕を触り続けながら、自身の傷痕と似た手触りだなぁと思った。
ザッザッと足音が聞こえ視線を向けると、二階堂がいた。暗くて表情は見えないが、ため息が聞こえる。きっとまた呆れた顔をされてるな。
「いちゃつくのやめてくんね?」
「いちゃついてません」
「この状況、どの口が言ってんだ……」
うん、たしかに。布団の上で顔を近づけ合う男女、否定しきれない。尾形の顔をぐっと押し退き、名前はむくりと起き上がった。自身の傷痕をひと撫でし前髪を整える。……やっぱり手触りが似ていた。
「あえて言うなら、傷の舐め合い? でしょうか」
「……ははッ」
尾形はあいかわらず笑っている。あなたもその気はないでしょう。否定してくれ否定を。
「羨ましいなら素直に言えよ、二階堂一等卒」
いや、なんで煽るんだ! 否定してくれ!! もう付き合いきれないと思い、名前は尾形に背を向け布団をかぶって横になった。はい、この話はもう終わりです。閉店ガラガラ。
「おい、寝る気かよ……。お前もっと危機感持てよ」
「寝ろと言ったのは尾形さんだし、危機感持つほど意識もしてませんでした」
「まじかよ……」
ドン引き、といった声色で二階堂が言ってくる。意識もしてない、それは『いちゃつくな』のアンサーでもある。
名前は彼らのことをなんとも思ってない。触れられて意識するほど好きでもないし、拒絶するほど嫌いでもない。彼らもそんな気はないだろうと名前は思っている。
「まだ見張りの交代には早いだろ、戻れ二階堂」
尾形がそう言うと、足音が遠のきドサリと座り込む音が聞こえた。二階堂は見張りに戻ったらしい。
「尾形さんも少し寝たほうがいいですよ」
「言われなくても寝る」
と言うわりには、布団に入るような音は聞こえない。 見張りがいても安心して寝れないものなのだろうか。
くぁ、と名前の口からあくびが漏れる。予想外の出来事の連続で脳も体も疲れているのだろう。横になったら急に眠気が襲ってきた。
「おやすみなさい」
「……あぁ、おやすみ」
眠いことを自覚してしまってはもう抗えない。重い瞼を閉じ眠気に身を任せる。眠りに落ちる瞬間、額を優しく撫でられたような気がした。