「なんだその鉄の板は」
「スマートフォン……簡単に言えば小型の無線通信機ですね。まあこれ一台あったところで同じ機械を持つ受け手がいないのでどこにも通信できませんけど……」
「なら、ただの鉄の板じゃねえか」
「でもそれだけじゃないんです。通信以外にも色々な機能が備わっていて、たとえば写真や動画……えっと、動く写真に音声がついたもの? を、撮ったりもできるんです」
口で説明するよりも話したほうが早いだろう。そう思い、適当にその辺の風景をカシャッと撮って尾形に見せた。名前にとってはなんてことないただの風景写真だが、尾形にとっては見たことのないフルカラーの写真……しかも謎の鉄の板にそれが浮かび上がるという奇妙な現象が起きているのだろう。尾形は興味深そうにスマートフォンの画面を覗き込んでいる。
「ははぁ」
「一瞬で写真が撮れて、この機械に保存されて、それを見ることができる。詳しい仕組みとか無視して見たまんまこういうものだと思ってください。説明できません」
センサーが光を電気信号に変換し……なんて説明を明治時代の人間にわかりやすく説明する気は出ない。「こういうものだ」と言ったところで納得してもらえる自信はなかったが、尾形はこれ以上追及はしてこなかった。
「鶴見にこの機械は見せたのか?」
「いいえ。こんなやばいもの見せられません。機能もですけど、中に入ってる写真や情報を見られたらちょっとまずい気がして」
「なるほどなぁ」
新聞の一面の記事以外燃やしてしまった時のようにさっさとデータを消してしまえばよかったのだろう。けれど、いつ誰に見られるかわからない兵舎でスマートフォンを触れずにいるうちに充電が切れてしまったのだ。
鶴見の元を離れた今、いつでもデータを消すことができる。が、これは現代から持ってこれた貴重な財産だ。スマートフォン本体も、中身のデータも。消してしまったら二度と戻らないと思うとなかなか踏ん切りがつかない。……まあ、バレなきゃいいのだ。見られなければいいのだ。名前はそう自分に言い聞かせて消すのを後回しにし続けている。
「で、それと鴨はなんの関係があるんだ」
「まずは見て覚えたいので、一羽目は尾形さんが捌いているところを撮影させてください!!」
「めんどくせえ……」
「そこをなんとか……!!」
一羽目は動画で予習、二羽目は実技で確認、三羽目の本番で完璧に捌くという計画だ。そのためにはまずは動画を撮らせてもらわなければならない。頭を下げて鴨を差し出し続けていると、尾形はハァ……とため息を吐いてそれを受け取った。
尾形の手により鴨がどんどん捌かれていき、名前から見ても食材と思える状態になってきた。羽をむしるのは簡単にできると思うが、内臓を取るのはやはり難しそうだ。しっかりスマートフォンで動画を撮りつつ、名前は尾形に問う。
「尾形さん、何かコツとかありますか?」
「…………」
「これ、音声も撮れるんです。捌き方を声に出して教えてくれませんか?」
「……………………」
「尾形さ〜ん?」
できれば捌き方を言葉にして教えてほしかったが、尾形は黙々と解体し続けるだけだ。はぁ……これ以上説明願ってもしてくれる気がしない。名前は諦めて撮影することに専念した。
◇
遅めの昼食なのか早めの夕食なのかわからない時間に尾形が捌いた鴨を適当に焼いて食べ、その後名前は先程撮影した鴨を解体する様子を繰り返し見ていた。今さっき食べた鴨……と思うと食べたものが口から出てきそうで、何も考えずにひたすら見て捌き方を頭に叩き込んでいく。
だが、見れば見るほどわからないところや疑問点が出てくる。これは何度見ても解決しないだろうし、解決するとしても聞いた方が確実に早い。だが、尾形は教えてくれるだろうか? そう思いながらも名前は小銃の手入れをしている尾形におずおずと話しかけた。
「あのぅ、やっぱり捌き方のコツとか教えてくれませんか?」
「………………」
申し訳なさげに聞いてみたものの、尾形は名前をちらりと見ると手元の小銃に視線を戻し手入れを再開した。こ、これは、無視されてる! 相手にされてない! まったく相手にされずムッとした名前は、尾形の手元にスマートフォンの画面をずいっと差し出した。顔を上げた尾形の怪訝そうな表情を見てたじろいでしまったが、いまさらなんでもありませんと言うわけにもいかない。
「ここ! これどうやってるんですか!?」
名前は思い切って尾形に問いかけた。が。
「見たまんま、そういうもんだろ」
「………………」
スマートフォンで撮影した写真を見せた時の自身の言葉をそのまま返されてしまった。……尾形はそれで納得してくれたもんなあ、と思うと何も言い返せなくなってしまい、名前はすごすごとスマートフォンを持つ手を下げた。
尾形に背中を向けるとくつくつと笑う声が聞こえてきたが、もうこちらも無視だ、無視。尾形の笑い声なんてスルーしてひたすら同じ場所を戻っては再生を繰り返し疑問解決に取り組んだ。
◇
翌日、尾形は二羽の鴨を撃ち獲ってきた。たしかに「三羽で完璧に捌けるようにします」とは言ったが、一気に獲ってきてほしいとは思ってなかった。
ちなみに朝食は昨日の残りの鴨肉だ。鴨、鴨、鴨。鴨づくし。調理法もわからないし、調味料も適した調理器具もなくてただただ焼くことしかできない。野営でわがままなんて言ってられないとは思うが、正直美味しく調理できない鴨にげんなりしてきたところだ。
そう思ったところで鴨を獲ってきてくれる尾形にそんなことを言えるはずなく、鴨を笑顔で受け取り通算二羽目の鴨を昨日予習した通りに捌いていった。名前からすると完璧からはほど遠い手つきだったが、どうしてもわからないことは尾形に聞きつつどうにかひとりで捌くことができた。
「……どうですか」
「………………」
感想を求めてめたものの、返ってきたのは真顔と無言のみ。……うん、でしょうね。名前の自己評価は赤点回避程度。尾形から良い感想が出てくるとは思えず、この反応は想定範囲だ。
尾形に手伝ってほしかったと少し思ってしまったが、ひとりでやったおかげで一通り流れや反省点がわかったのでそれはとてもよかった。反省を活かせば次はうまく捌けるはずだ。
「さて、食事にしますか……って尾形さん? どこいくんですか?」
捌いた二羽目の鴨で食事を作るのかと思いきや、肉を切り分ける前に尾形が丸々それを持って無言でどこかに行ってしまった。はあ、本当に勝手な行動が多い。せめてどこに行くかくらい教えてほしいものだが、昨日のように知らぬ間に勝手に消えなかっただけましだろうか。
尾形は許されても名前が勝手にここを離れたら「勝手な行動はするなと言っただろう」と言われるのが目に見えてる。他にやることもいい暇つぶしもないので、二羽目の鴨を捌いた反省を反復しながら昨日撮った動画をまた繰り返し見てひとりの時間を過ごした。次こそは完璧に……それが無理でもせめて及第点程度には捌けるようになりたい。
◇
「鍋」
「見りゃわかるだろ」
「鍋……と長ねぎ……」
しばらくして尾形が戻ってきた。手には鉄鍋と長ねぎ。それを受け取ると想像以上に重く、鉄鍋の蓋を開けてみるとその他食材や調味料などが入っていた。
「これどうしたんですか? まさか盗んで……」
「んなわけねえだろ。鴨と交換した」
「にしては量が多い……北鎮部隊さまさま?」
「…………」
「ふふ、今夜は鴨鍋ですねえ」
鴨がねぎを背負ってきたもとい軍人が鴨鍋一式持ってきた面白さと、今晩は美味しいものが食べれるかもしれないという期待感で頬が緩む。嬉しそうな名前を見て、尾形は満更でもない様子で自身の髪を撫でつけていた。
「あれ、でもしいたけがないですね」
「………………」
薄く削ぎ切りした鴨肉、焼いた長ねぎ、花型の人参、一口大の葉物野菜に豆腐、そして十字に飾り切りをしたしいたけが入った鍋を想像していたが、しいたけだけがなかった。顔を上げて尾形に視線を向けると、ふいっと目を逸らされてしまった。せっかく貰ってきたのにケチをつけられたと機嫌を損ねてしまっただろうか……。
「いいから残りの鴨を捌け」
「あ、はい!」
これ以上尾形の機嫌を下げるわけにはいかない。場の空気が悪くなるし、いま頼れる人は尾形しかいないのだ。そう思った名前は、尾形に言われた通りすぐさま三羽目の鴨を捌き始めた。