河港の街、茨戸。ここに足を運んだのは、尾形が刺青人皮の噂を偶然耳にしたというからだ。
近頃この宿場町ではゴロツキが集まって毎日殺し合いをしているらしい。現世ではありえないほど物騒で、平成の世を生きていた名前には理由がなければわざわざ出向きたいと思えない場所だった。
とはいえ、おそらく凄腕の上等兵が何かあってもどうにかしてくれるだろう。してくれるはず。そう信じて殺伐とした宿場町を尾形と共に歩いている。が。
「お前は第七師団にしか弾除けにならないただの女だ。チンピラどもに未来から来ただのぬかしたところで頭がイカれてるとしか思われんぞ」
「…………」
「死にたくなきゃ大人しくしてるんだな」
「……刺青人皮やアイヌの金塊を信じるチンピラどももなかなか頭がイカれてると思いますけどね」
「はっ、威勢のいいこった」
前言撤回。名前を弾除けとしか見てないこの男が未来人だからといって守ってくれるわけがない。売り言葉に買い言葉で強がりを言ってみたものの、気分は最悪だ。
しばらく町の通りを歩いてみたものの、良くも悪くも人と出会うことはなかった。それもそうだろう、こんな物騒な町を自らすすんで出歩く人なんているわけがない。閑古鳥が鳴いている寂れた町では情報集めは難しい。
さて、どうしたものか。ふたりが町の通りで立ち尽くしていると、カラカラと扉を開く音が聞こえてきた。
「あんたらも用心棒で稼ぎにきたのかい?」
声がしたほうに視線を向けると、ある理髪店からマスクをした男が顔を出しこちらを見ていた。
「……まあ、そんなところだ。話を聞かせてくれ」
少し伸びた髭を撫でながら尾形はその理髪店に入っていく。その背を名前は慌てて追った。
◇
たかが理髪店でどの程度の情報が収集できるのかと思っていたが、まあよく喋る喋る。噂を広めているのはこの人なんじゃないかと思えるほど理髪店の店主はおしゃべりだった。
話を要約するとこうだ。元々ひとつだった賭場を日泥の親分が息子に譲り、一番の子分だった馬吉が怒って近所に賭場を開いたのがことの発端。そして警察署長が馬吉に突然肩入れしてきたが、日泥は札幌本署のお偉いさんに賄賂を渡していて直接手出しができないらしい。
なんともまあ、面倒でややこしい無法地帯ができあがっているものだ。名前は話を聞きながら呆れ半分でため息をついた。
「署長は馬吉にこの宿場町の賭場のナワバリを奪い取らせて、賄賂をいただこうって話かい?」
「それがな、狙いはそれだけじゃなさそうなんだよ」
――署長は日泥が持っている何かが欲しい。
店主が言ったその『何か』は、おそらく、そういうことだろう。確信は持てないが、噂の出どころまであと少しのところまで来ることができたと思えた。
「腕のたつお侍さんってのはどこにいる?」
カラカラカラ……と扉が開かれ、いかにも偉そうな洋装の男が理髪店に入ってきた。理髪店の店主が「これはこれは署長さん……!」と青い顔で頭をペコペコ下げながら対応している。なるほど、この人が噂の『何か』が欲しい警察署長。これまたナイスタイミングで現れたものだ。
「そこのチンピラも初めて見る顔だな?」
奥にいる尾形と名前に気付いた署長が声をかけてきた。名前はよそ行きの微笑を顔に貼り付け軽く会釈をする。
「俺の宿場町に来たばっかりなら悪いことはいわん、馬吉の所へ行け。日泥の用心棒に混ざっているのを見つけたらタダじゃおかんぞ」
ザ・高圧的な態度。署長の言動がとても不快に感じ、名前の貼り付けた笑顔が一瞬でそぎ落ちた。こういう上からな男はどうにも気に食わない。署長から話は聞きたいが、そのまま言う通りに馬吉につくのも個人的にはなんだか癪。そう思いつつも名前には決定権はないので、口出しもせずにただただ黙って話を聞いていた。
さて、どうするのか。チラリと尾形に視線を向けると、名前はギョッとした。今まで共に過ごしていて一度も見たことない良い笑顔でコクコクと頷きながら署長の話を聞いていたのだ。こ、これは、イヤな予感がする。
そして、間髪をいれずに尾形は署長の縦に割れた顎に鋏の刃を突き立てジョギリと勢いよく切ったのだ。イヤな予感的中である。
「ういいッ!」
本当にふたつに割れてしまった署長の顎を見て、自分が切られたわけではないのについつい顔をしかめて自身の顎を押さえてしまった。見てるだけで痛い。尾形はもう少し穏便に話を進めようって気はないのか……。
「北鎮部隊ッ!?」
尾形が立ち上がると掛けられていたクロスがバサリと落ちた。制服を見た警官達が驚き声を上げる。形勢逆転、だろうか?
「ケツアゴ署長に聞きたいことがある」
凄む尾形の形相を見て、警察署長への気持ちは一気に同情に変わった。……けどちょっとスカッとした、かもしれない。
尾形が署長の髪を鷲掴み理髪店から出ると、店の前には人集りができていた。さっきまで人っ子ひとりいなかったのに、どこから湧いて出てきたのか。名前は尾形の後に続き、そろりと店から出て辺りをキョロキョロと周りを見渡した。人混みの後ろの、少し離れたところにいた長髪白髪の少し目立つ風貌の男に目が留まる。
尾形は何を思ったのか、突然小銃を構えて発砲した。長髪白髪の男に気を取られていた名前は突然のことに驚き身を縮こまらせる。カァァン! と、すぐさま遠くから鐘の音が聞こえ、音のしたほうに視線を向けると遠くに小さく鐘が見えた。尾形が続けてもう一発撃つと、また鐘の音が鳴る。ははッ、と尾形が得意げに笑った。
「なんてウデしてやがんだ!」
周りが騒つく中、名前はただただ遠くのやぐらの鐘を見つめていた。……尾形はあんな遠くのやぐらの鐘に当てたのか。二度も命中させたのだ、まぐれではないだろう。
この瞬間、この時代なら当たり前だと思っていた尾形の銃の腕前が、実はとんでもない凄腕だったと名前は気付いた。
「先生!! こちらです」
鐘に発砲騒ぎで気付かなかったが、いつの間にか居た馬面の男が頭をペコペコと下げながら尾形に声をかけてきた。多分この人が馬吉なのだろう。尾形は得意げに笑って馬吉についていく。名前はスッと尾形の隣に並んで歩き、耳打ちした。
「尾形さんって本当に狙撃の腕がよかったんですね」
「お前は今まで何を見ていたんだ」
「その、みら……いえ、私が元々いたところでは身近に銃を扱う人がいなかったので、比較対象がいなかったというかなんというか……」
「…………」
プイッと尾形は顔を逸らしてしまった。え、怒らせた? 拗ねてしまった? 名前は感心して褒めたつもりだったのに、またもや失言になってしまったようだ。もしかしたら自分は言葉選びがすこぶる下手なのかもしれない。名前は慌てて弁明する。
「えっ、その、褒めてますからね? 尾形さんスゴーイ!! って話ですよ?」
「………………」
「も〜〜本当ですってば! あんな遠くのやぐらの鐘に瞬時に、しかも二発連続で命中させたの常人技ではないと思いましたし、周りの反応を見て狙撃兵だからってこれは普通じゃないんだなって思ったですよ? お、尾形さんスゴーイっ!!」
「……………………」
名前が褒めちぎろうが拍手をしようが、尾形はそっぽを向き続けた。