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 倉庫を物色してみたものの隠し部屋と思わしきものは見つからなかった。建物の外観と内観を脳内でざっくり照らし合わせてみても、部屋になりそうな空間はおそらくないだろう。……やはり番屋のほうかあ。入るしかないのかあ。それは嫌だなあと思いながら倉庫の戸をゆっくり開けると、突然腕を掴まれ物陰に引きずりこまれた。
 見つかった、殺される、逃げないと。そう思ったところで体は硬直してしまいうまく動いてくれない。気が動転して声も出ない。せめてもの抵抗に微かに身を捩ってみたものの、後ろから羽交締めにされ口を塞がれた。

「俺だ」

 一言、耳元で囁かれる。聞き覚えのある声に、名前は抵抗とは言えない抵抗をぴたりと止めた。

「く……おがた、さん」

 口を覆う手をはぎ取り声がした方に振り向くと、予想通り尾形の顔がそこにあった。先程まで憎いと思っていたその顔に、名前は安心して肩の力が抜けた。尾形だ、よかった。

「驚かせないでくださいよ……」

 へなへなと尾形に少し身を預けると「なんだ、また腰が抜けたのか」と軽口を言われ、慌てて姿勢を正した。ふらつきながらも、足元を見ながらどうにかひとりで立つ。

「お目当てのものは見つかったんで……す、か」
「……? どうした」

 一点を見つめ固まる名前を見て、尾形は小首を傾げた。
 お目当てのもの――つまり刺青人皮が見つかったのか、名前がそう問いながら視線を地面から尾形に向けた時、外套に染みついた赤い色が目に飛び込んだのだ。

「……が、外套にっ! 血がついてるじゃないですかっ!!」

 ぐわっと、勢いよく尾形の外套を掴んだ。返り血と思うには不自然についている赤い汚れをよくよく見る。外套に穴が空いている。「撃たれたんですか」と呟く名前の声は小さく、弱々しかった。

「大したことない。弾は貫通してる、問題ないだろ」
「撃たれて、何も問題ないわけないでしょう……っ」

 軍人である尾形本人が「問題ない」と言うならきっと大丈夫なのだろう。だが、銃の知識も被弾した際の医学的知識もない名前には何も問題ないとは思えなかった。
 身体を覆い隠す外套のせいで、どこを撃たれたのかわからない。外套をめくろうとすると、尾形に腕を掴まれてしまった。掴まれた腕に視線を向けると、外套が薄汚れていることに気付いた。
 尾形は狙撃手だ。長距離射撃を行うならば、おそらく物見やぐらや鐘塔に登るはず。……撃たれて高所から落下したのではないのか? 先程聞こえてきた鐘の音を思い出す。
 外套を離すこともなくピクリとも動かない名前を見て、尾形はハァと息を吐いた。

「たかが一発撃たれたくらいでなんだ」
「っ、たかが一発で心配してはいけませんか!?」

 尾形は目を丸くして黙った。腕を掴む力が弱まる。
 その隙に外套をめくると、尾形の左腕に布がきつく巻かれていた。止血が済んでいる。腕が動くということは骨は無事なのだろう。でも、痛むはずだ。けど、名前にこれ以上できる処置はない。

「……他に痛むところは」
「あっても何もできんだろ」
「…………」

 心配だけするだけして、何もできない。無力感を名前は感じてこれ以上何も言えなくなってしまった。



「……刺青人皮」

 名前がぽつりと呟く。尾形の怪我に気を取られてしまったが、あれはどうなったんだろう。尾形が持っているようにも見えない。抗争は日泥が勝利したのだろうか。

「あの場にあったのは空箱だ。刺青人皮は今も番屋の隠し部屋にある」

 え、嘘でしょ。隠し部屋を見つけ出せなかった名前は少し焦った。「隠し部屋は見つかったのか」と尾形に問われ、名前は無言で首を横に振る。続けて小さな声で「すみません」と謝罪した。何か嫌味のひとつふたつ、それかため息くらいは吐かれるかと思っていたが、尾形は「だろうな」とだけ言った。良くも悪くも元々そんなに期待されてなかったらしい。それはそうか。

「なら、女将に刺青人皮を出してもらうしかねえな」
「出してもらうって、どうやって……?」
「なぁ、名前。お前、火をつけるのが得意だったよな」

 火を、つける?

──火起こしなら任せてください!!

 ああ、なんかそんなこと言った覚えがあるし、得意げに火を起こしたことがあったな。さして遠くもない記憶に思いを馳せる。ここでなんで火? とすっとぼけられるほど名前は馬鹿ではなかった。「はい」とも「いいえ」とも言えず、曖昧に笑って首を傾げる。

「喜べ、弾除け以外にもお前の使い所が見つかったぞ」

 尾形にいい笑顔で肩にポンッと手を置かれてゾッとした。その『使い道』とやらに見当がついたからだ。

「倉庫に火をつけろ」
「……………………はい」

 悲しきかな、いつだって名前には拒否権はないのだ。

 ◇

 チャッカマンで倉庫に火をつけ、ふたりは番屋の二階に身を隠した。名前は尾形の背後でチャッカマンを握って呆然としている。
 火をつけた際、尾形が「それ、便利だな」と言うのを聞いて、乾いた笑いしか出なかった。放火って、明治時代でも罪になるのだろうか……。

 パチパチと倉庫が燃える音が大きく聞こえるようになった頃、日泥親子が番屋に駆け込んできた。ひどく慌てた様子で、二階にいる尾形達にはまったく気が付かない。旦那と息子が金目のものを運び出す中、女将は奥の部屋に入ったきり出てこない。そこに隠し部屋があるのだろうか。
 しばらくすると、女将を探しにきた息子と共に部屋から出てきた。その手には小さな木箱が握られている。

「おっ母……もうそんなもん捨てちまえ」

 金塊の暗号なんて、と話は続く。女将が持っているのは刺青人皮で間違いないだろう。

「尾形さん」
「……まだだ」

 次の瞬間、女将は旦那にこまざらいで頭を殴られた。倒れた女将の頭に向かって、旦那は何度も何度もこまざらいを振り落とす。
 名前が叫んでもおかしくない状況なのに、変に静かだ。尾形は名前がいる背後に視線を向けると目を見開いた。

 名前が、額を押さえてうずくまっていた。

 体は小刻みに震えていており、カッ、カッ、と軽くも重くも感じる打撲音が聞こえる度に肩が跳ねる。そんなに嫌なら耳を塞げばいいのに、名前は額を押さえたままだ。……この怯えかたは異様だ。
 額の傷は『ちょっとしたヘマ』で怪我をしたということしか尾形は知らない。同様の理由で豪快に顎を外したことがあると名前は言っていた。この様子だと、額の傷には相当な理由があるのだろう。
 尾形は名前の背中に添えた。トン、トン、と軽く背を叩いてやりながら、旦那と息子の会話に耳を傾ける。

「金に困ったら俺んとこに来いッ! モッコ背負いをやらせてやるぜッ!!」

 息子が叫ぶと、旦那は女将の身体の下にあった拳銃を手に取り――

 ダァァン!! と射撃音が番屋に響き渡った。撃たれたのは、拳銃を息子に向けた旦那だった。頭に的中し、ドサリと倒れる。

「親殺しってのは……巣立ちのための通過儀礼だぜ」

 息子が声のした方に視線を向けると、小銃を構えた軍人がそこにいた。尾形が、日泥の旦那を撃ったのだ。

「テメェみたいな意気地が無い奴が一番むかつくんだ」

 ジャキッとボルト操作をしながら、尾形は息子に言葉を吐き捨てた。

 ◇

 尾形は一階に降り、日泥の息子が捨てるように置いていった木箱を拾い上げる。紐を解き中身を確認すると、そこには刺青人皮が入っていた。自然と口角が上がる。

「……ずるい」

 二階からか細い声が聞こえ、尾形は上を見上げた。名前が二階からこちらを見下ろしている。その目は尾形を見つめているようで、どこか上の空だ。

「自分の手を汚さずに、他人に殺してもらって……」

 名前は自身の綺麗な手のひらを見つめて呟く。頭の中がぐちゃぐちゃだ。ずるいと、羨ましいと思ってしまった。どうしてだろう。私は父を、家族を、殺したいと思っていたのだろうか。誰かに殺してほしいと思っていたのだろうか。
 殺せなかった私は『意気地の無い奴』なのだろうか。

「私、尾形さんの言う『一番むかつく意気地無し』なんでしょうか。……でも」
「いいから降りてこい。落ちんじゃねえぞ」

 待ちくたびれた尾形によって名前の言葉は遮られた。尾形は名前をじっと見つめ、降りてくるのを待っている。「早くしろ」と急かすと、名前は梯子に足をかけた。落ちないように、慎重に、一歩また一歩と降りていく。少しずつ、冷静さを取り戻す。梯子を降りきり、足元に向けていた視線をあげると、梯子のすぐ下まで来ていた尾形と目が合った。
 自身を『意気地無し』かもしれないと言う名前は、親を殺せなかったのか? 尾形の頭に疑問が浮かぶ。鴨鍋を作りながら、笑いながら名前が言った言葉を思い出す。

「『残念ながらご存命』だったか?」
「……尾形さんのご期待に添えず『残念』でした、ですよ」
「ああ、死んでたら『意気地無し』にならずに済んだのにな。俺も残念に思うぜ」

 ニヤニヤと名前の背中をさすりながら尾形は言った。残念だと言いながらも、なぜか上機嫌だ。
 これは、茶化されている。馬鹿にされている。そう思った名前はばつが悪くなり顔を逸らした。不意に日泥夫妻の死体が目に飛び込む。ヒュッと息を呑んだ瞬間、すぐさま視界が閉ざされた。

「死体が見れないお嬢様には一生無理だろうな」

 尾形が耳元で囁く。名前は「ほんと最悪」と言葉をこぼし、わなわなと震えながら己の目を覆う尾形の手を握りしめた。

 ◇

 番屋に火が燃え移り煙で辺りが白くなり始めたが、尾形は漁夫溜まりに座り込んで動かない。早く撤退してしまいたいと名前は思っていたが、肝心の尾形が動かないのだ。仕方なく、名前は日泥夫妻の死体を視界に入れないよう尾形の横で膝を抱えて壁の一点を見つめ続けていた。

 コツコツと足音が聞こえ、音のした方に視線を向ける。そこには床屋の前で見かけた長髪白髪の男と、なぜか口紅を塗り女物の着物を着ている白髭の男がそこにいた。

「どんなもんだい」

 頭の上に乗せた刺青人皮を指差しながら、したり顔で尾形は言う。女装した白髭の男に「ヤレヤレ、危険な真似を」と言われても飄々としている。

「馬ではなく私の頭を撃ち抜くこともできたはずだ……何が狙いだ?」

 長髪白髪の男が問う。きっと、燃える番屋に居座り続けていた理由でもあるのだろう。

「床屋の前であんたらを見てすぐにわかった。俺は情報将校である鶴見中尉の下で動いてたからよく知ってるぜ。……土方歳三さん」
「土方、歳三……?」

 名前はありえないものを見るような顔で土方歳三と呼ばれた男を見た。だって、ありえない。土方歳三、新撰組副長、五稜郭の防衛戦で戦死しているはずだ。生存説はある、が、本当に生きていたというのか。
 長髪白髪の男は肯定も否定もしない。無言は肯定なのだろうか。その腰の赤い鞘に収まる刀は、かの有名な和泉守兼定なのだろうか。

「腕の立つ用心棒はいらねえかい」

 刺青人皮を差し出し、尾形は言った。
- hakushi -