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 尾形と名前は茨戸を離れ、土方一派の隠れ家に来ていた。尾形と同じく刺青人皮を探している彼らと手を組むことになったのだ。

 土方一派の隠れ家の茶の間に入ると、柔道着を着た大男がお粥を片手に立っていた。奥の部屋には怪我をしている女性が横になっている。どうやら看病をしているようなのだが、大男は名前を見つめたままその場から動こうとしない。

「可憐だ」
「……はい?」

 大男は名前に近づく。色を含んだ目で名前を見ている。その視線に何か身の危険を感じて名前は一歩後ずさった。

「そこの軍人さんとは『そういう』仲なのか?」
「そういう……? とは、どういう仲なんですか……」

 大男が近づく。名前が後ずさる。

「うぶなところもイイ。抱かせてくれ」
「ひッ」
「駄目ですよ、牛山様」

 間髪を入れず、怪我をした女性が大男を制止した。ぴたりと大男の動きが止まる。名前が声を振り絞り「お粥が冷めてしまいますよ」と呟くと、大男は「そうだな」と言って怪我をした女性のもとに向かった。
 ……助かった。胸を撫で下ろし怪我をした女性に目を向けると、視線がバチリと合った。

「向日葵のような、美しい瞳をお持ちですね」
「え、あ、ありがとうございます……?」

 先程の大男とは違う、恍惚とした表情で舌舐めずりをしながら名前のことを見ている。これまた危険を感じて名前は体をこわばらせた。

「ぜひ味見だけでも……」
「ひいッ」
「駄目だぞ、家永」

 間髪を入れず、大男が怪我をした女性を制止した。大男が「お粥が冷めちまうぞ」と呟くと、怪我をした女性は口を尖らせ運ばれてくるお粥に口をつけた。

 ……なんなのっ! コワイっ!! 怯えた名前がこの場で一番安全で一番マシだと判断した尾形にピタリとくっつくと、尾形は無表情で自身の髪を撫で付け続けた。

 ◇

 火鉢の前を陣取るように座る尾形の横に名前は座る。他に座れる場所はあったが、大男と怪我をした女性から距離を取りたい且つ安全だと思う人の側にいたくて尾形の左横を選んだ。

「こっちにある刺青の暗号は、この俺……牛山辰馬と、ここにいる家永、土方歳三、油紙に写した複製の暗号が二人分」

 牛山辰馬と名乗った大男が、家永と呼ばれた女性の口に粥を運びながら話す。いやまて、家永にも刺青があるということは、彼女……いや、彼は男……? 尾形越しに家永をチラ見しようか迷ったが、こわくてやめた。

「そして尾形百之助が茨戸で手に入れた一枚……。合計六人分だ」
「変人とジジイとチンピラ集めて、蝦夷共和国の夢をもう一度か?」

 名前が牛山と家永にビビっている間に話は進んでいく。――蝦夷共和国、のっぺらぼうはアイヌ、アイヌの葬式、副葬品の傷、極東ロシアのパルチザン、独立戦争、樺太。どうやらアイヌの金塊は北海道に収まる問題ではなかったらしい。知れば知るほどスケールが大きくなっていく話に、名前はげんなりとした。

「名前、お前が知る北海道は『北海道』なのか?」
「……さて、どうでしょうね」

 未来を知る名前に尾形が問う。土方が夢見る蝦夷共和国がどうなったか、ということなのだろう。名前は適当にはぐらかした。廃藩置県があったじゃないですか〜それでですね〜と事実と織り交ぜてそれっぽく言うこともできだろうが、この場にはおそらく切れ者が何人もいる。己の嘘のつけなさは己が一番知っているのだ。これ以上聞かないでほしいという気持ちを込めて「本州で生まれ育ったのでよくわかりませんね」と言い捨て口を瞑った。

 ◇

「で、そちらのお嬢さんは?」
「……え、あ、はい!」

 茨戸で女物の着物を着ていた白髭の男――信じられないことに永倉新八だと名乗る男に問われ、尾形以外の人物が名前に注目する。

「名字名前と申します! 名字が嫌いなので『名前』と呼んでください!」

 突然話を振られ勢い任せに名乗ってみたが、そういうことじゃなかったんだろうなあ、と皆の視線を浴びて感じた。だが、どこまで話していいものか。チラリと尾形に目線を送ると、はぁ……とため息を吐かれた。

「こいつは百年後の未来から来た女だ」

 尾形のド直球で簡潔な説明に、一同騒然となる。名前もマジか、と思った。牛山には哀れみの目で見られる始末。慌てて尾形の顔を覗き込むと、お前がどうにかしろという顔。ぐぬぬ……と顔をしかめた名前は、リュックのポケットからガサガサと何かを取り出した。

「未来から来ました〜助けてください〜って鶴見さんにね、こう」

 引き攣る笑顔で新聞の一面記事をヒラヒラ〜と広げる名前。聡明な鶴見には印刷技術のすごさが一目でご理解頂けたのだが、この場ではイマイチ伝わらなかったようだ。しばし間。

「もっと変なもん持ってんだろ」
「文明の利器を変な物って言わないでくれます?」

 尾形の発言にムッとしながら、名前はリュックの中を漁り出した。バースデーランタン、狂うことなく時を刻み続ける壊れない腕時計、一瞬で火がつくチャッカマン、エトセトラエトセトラ。
 皆が皆、なんとも言えない表情をしている。突然未来から来たと言われても、そら信用ならないだろう。当たり前だ。

「信じられんとは思うが、信じざるを得ないとも思うぜ」

 尾形は日泥の倉庫に火をつけたチャッカマンを手に取りながら呟く。

「その上、鶴見中尉の元にいる間にコイツは金塊のことを知り過ぎた。金塊とこの先の未来を知る名前を、鶴見中尉が放っておくわけがない。捕まったらどうなることか……。つまり、第七師団に追われているコイツは金塊争奪戦から手を引くにはもう手遅れなところまで来ちまってるってわけだ」
「……おっしゃる通りで」

 というか、手遅れなところまで情報を与えたのは尾形だろう。と、思いつつも名前はお口にチャックをした。
 どちらにせよ、名前が鶴見率いる第七師団に追われていることも、捕まったらただじゃ済まないだろうことも事実なのだと名前は思う。名前は逃げ続けるしかないのだ。そして、明治での生活力が皆無な名前は誰かに側に置いてもらうしか生きる方法はないのだ。

「……コイツは俺の恩人でもある。使い物にならねえが、置いてやってくれ」

 本心はわからないが、尾形は名前のことを『恩人』だと言った。その言葉を聞いて、名前は目を丸くした。初めて会った時、川に落ちた尾形を助けた時のことだろうか。助けたと言っても川から引き上げて最低限の応急処置をしただけだ。恩人だと言われるほど大それたことはしていない。
 しかし、嘘でも『恩人』だからと、自分に自信がない名前の代わりに「置いてやってくれ」と言ってくれて、名前はとても有難いと、嬉しいとも思った。……のだが、ひとつ言いたいことがある。

「使い物にならないは余計です」
「事実だろ」
「はい、おっしゃる通りで」

 物申してみたものの、何も言い返せなかった。

 ◇

 様々な文明の利器とともに取り出した財布を手に取った時、ふと名前は思い出した。

「尾形さん、五百円硬貨はまだ持っていますか?」

 入院中の尾形に見せて、まだ返してもらえていないあの五百円硬貨だ。色々ありすぎて今の今まで忘れていた。百年先の技術が詰まった物が手元から離れ、知らないところで何かあったらと思うと少し恐ろしいのだ。まだ持っていると言うのなら、できれば返してもらいたい。

「あー、軍袴の隠しにあるかもな」
「かくし」
「衣嚢」
「いのう」
「……ポケットだったか?」

 『隠し』も『衣嚢』もわからなかったが、尾形が捻り出した『ポケット』という言葉を聞いた瞬間、名前は迷いなく尾形の軍袴の両ポケットに両手を突っ込んだ。ポケットの中をくまなく弄ってみたのだが……。

「……ないッ!!」

 何も入っていなかった。嘘をつかれた。ばっと顔をあげ尾形を見上げると、尾形がニヤリと笑った。

「助平」
「っ! ぎゃあああーー!!」

 尾形の不名誉な発言に驚き、名前は汚い悲鳴をあげて尾形から飛び退いた。
- hakushi -