土方一派に加わりしばらく経った頃、今まで関わることが少なかった土方にチョイチョイと呼ばれた。なんだろう、何かしでかしただろうか。
土方と関わることが少なかったのは、威厳に満ち満ちた風貌と『新撰組』『鬼の副長』という肩書きに近寄り難さを感じていたからだ。上に立つ人間は、そこに居るだけで恐ろしい。
また、尾形が常に近くにいたものだから、土方一派の人と交流する機会自体が少なかった。尾形曰く「利用価値のある未来人を取って食われたら困るだろ」とのこと。やや不服ではあるが、おっかない人達から距離を取ることができるのは有り難かったので、名前も尾形の側に居続けた。
そんなまともに話したことがない土方に、名前は呼ばれた。おっかなびっくり、名前はこわごわ土方に対面する。
「手を出しなさい」
そう言われておそるおそる両手を差し出すと、手のひらに小さな巾着袋が置かれた。チャリ、と音が鳴る。名前はよくわからず小首を傾げた。
「あの男は気が利かないだろう? これで必要な物を買ってきなさい」
土方の言葉を聞き巾着袋の紐を解くと、中には紙幣と硬貨が数枚入っていた。ハッと顔を上げると、名前が何か言う前に土方は笑って「遠慮しなくていい」と言った。と言われても、という様子で名前は巾着袋の中を見つめる。なんとなく、価値はわからずとも結構な大金が入っている気がしたのだ。だが、ここで断って土方の面子を潰すようなことをするのもどうかな、という気持ちになる。
「おい、コイツは金の使い方もわからんぞ」
尾形が口を出す。『気が利かない』と言われたのが癪だったのかもしれない、やや不機嫌そうだ。相変わらず火鉢の前を陣取る尾形は、腰を上げてふたりに近づくと名前と巾着袋を交互に見た。その視線に居た堪れなくなって、巾着袋を返すために紐を結び始めたその時。
「俺も行く。弾の補充をするから金を寄越せ」
尾形はそう言い、土方に手のひらを差し出した。とんでもなく図々しい。名前はじと目で尾形を見た。
◇
そんなこんなで、土方から駄賃を貰った尾形と町を歩いている。尾形の銃弾は早々に買い、あとは名前の買い物だけなのだが、そこからが長かった。必要な物をと突然言われても、何も思い浮かばなかったのだ。
とりあえずふらりと薬種問屋に寄ってみたものの、明治時代の薬は何が何だかさっぱり。でも手ぶらで帰るわけにもいかないと思い、現代でも売られている見知った製薬会社の置き薬をいくつか見つけ出し、必要だと思った物を少しだけ買った。価値がよくわからないまま買ったものの、巾着袋はまだまだ厚くて重い。
「そういうのじゃねえだろ」
薬種問屋を出ると、尾形が呆れた様子でそう言った。
「女ならもっと必要なもんがあんじゃねえのか」
「え、女? おんな……ああ、化粧品とか?」
尾形は何も言わずに名前を見つめているが、否定しないということはそういうことなのだろう。いつの時代も、婦女子はみな、化粧が好きだと思われているのだろうか。尾形から視線を外して歩き出すと、尾形もすぐ横を歩いた。
「白粉も口紅も興味はないんですけど……」
けど、と思いながら名前は辺りをキョロキョロ見渡し、外套のフードを深々と被った。
「ちょっと、視線が気になるんですよね」
「そりゃ、髪だろ」
髪。その一言で名前は納得した。結髪が当たり前な明治時代、おろし髪で出歩く名前は少々浮くのだ。
「でも、紐で髪をまとめるのは苦手なんですよね」
平成の世ではヘアゴムでまとめるのが一般的だったし。元々持っていたヘアゴムは酷使してゴムがぶつぶつ切れて使い物にならなくなっていた。名前が今は欲しくても手に入らないなんてことのないただのヘアゴムに思いを馳せていると、尾形に突然腕を掴まれグイグイと手を引かれた。半ば引きずられるように歩かされ、たどり着いたのは小間物屋。
「簪を見せてくれ」
尾形が言うと、店の亭主が「そこだよ」と指を指す。簪が並ぶ木箱の前まで連れて行かれると、尾形は一言「選べ」と言った。困惑して尾形に視線を向けると「いいから選べ」と再度言われた。拒否権は、どう見てもなさそうだ。
「そのお嬢さんに贈り物かい?」
「違う、無くしたから買ってやるだけだ」
「そうかいそうかい」
亭主がニコニコと意味深に声をかけてくるものだから、なんだか居心地が悪い。簪を買うことに何か意味でもあるのだろうか。
早く選んでしまいたいと思いつつ、焦れば焦るほど選べない。どれもこれも違う材質、色、形、装飾。量産品ではないからこその個性を放つ簪たち。破滅的に選ぶのが苦手な名前には、どれがいいのか全くわからなかった。
「早くしろ」
「……わからないんです」
「なにがだ」
「好きとか、そういうの。よくわからなくて」
簪ごときに思い悩む名前を見て、尾形はため息を吐いた。名前の肩が少し跳ねる。
「これ」
尾形が指差すと、亭主が値段をつげた。待ちくたびれて尾形が選んでしまったらしい。慌てて巾着袋を取り出したものの、あわあわとしているうちに尾形がさっさと支払いを済ませてしまった。簪を一本掴み取ると、尾形はそれを名前に投げやる。慌てて受け止め手元を見ると、金属製で小さな細工が彫られたシンプルな簪が手の上に乗っていた。
「それなら、そのトンチキな服にも合うだろ」
そう言い、尾形は簪を手に持ったままの名前を見つめる。名前が困惑して立ち尽くしていると、尾形は身をひるがえしスタスタと歩き出してしまった。
名前は慌てて尾形の追う。なんだかいつもより歩調が早い、気がする。突然慌てて動いたものだから、フードがバサリと落ちてしまった。構わずしばらく背を追うと、尾形は通りの端で足を止めた。
「使わないのか」
「え、あの」
「それ」
「あ、これ」
尾形と名前の視線の先には、先程買った簪。名前が困った様子で「使い方が……」と尻すぼみに言うと、尾形はチッと舌打ちをした。簪を奪い取ると、尾形は名前の背後に立ち名前の髪を掬った。
突然のことに名前は驚いたが、動くことができなかった。首元を尾形の指が掠め、なぜか心臓が跳ねて息が止まる。
「あの、簪のお金は」
「いらん」
簪を咥えているのか、声がくぐもっている。気を紛らわせるためにと声をかけたのだが、すぐに断られてしまった。しばらくして、ねじり上げた髪に簪がグッと挿されると、「ほらよ」とハッキリした声で言われて背を軽く押される。少しよたついてしまったが、おかげでやっと息ができるような気がした。
「後で教えてやる。お前なら三回で覚えられるだろう」
振り向き目をぱちくりとさせていると、尾形はまたスタスタと歩き始めてしまった。今日は置いてかれてばかりだ。今度こそ置いてかれないように、名前は追いつくとすぐに尾形の外套の端を摘んだ。くいっと引っ張られたからか、尾形は名前を見る。
「尾形さん、ありがとうございます」
「…………」
「あの、」
「似合ってる」
尾形が言わなさそうな言葉が耳に入り、名前は目を見開き勢いよく顔ごと視線をそらした。どういう風の吹き回しなのだろう。尾形の意図が掴めない。なんだか気恥ずかしくて、もう被る必要のない外套のフードを被った。が、秒で尾形に外された。居た堪れない。
「他に欲しいもんはねえのか」
「え、っと……」
「食いたいものとか」
「あ、甘いものが食べたい、ですね」
甘味でも買うのか、と思いきや、名前が足を運んだのは全く違う場所だった。