28

「で、お嬢さんは何を買ってきたんだ?」
「卵と牛乳とお砂糖、とか」
「え……?」
「甘いもんが食いたいんだとよ」

 隠れ家に戻り、明治時代ではまだまだ庶民には馴染みがない食材を広げる名前を、牛山と尾形は訳もわからず見つめていた。

「尾形さん、飯盒を貸してもらえませんか?」
「何を作る気だよ」
「えっと、プリン」

 ぷりん、と男ふたりが反復する。『プリン』という名称に馴染みがないのかもしれない。そう思った名前は『プディング』『ブリュレ』と似たものの名称を言ってみたものの、どれも一切かすることもなかった。

「甘い茶碗蒸し」

 名前が諦めてそう言うと、牛山は顔を顰めた。そんな顔しないでほしい。



 飯盒でプリン、名前も初挑戦で適切な作り方はわからない。が、混ぜて蒸して固めればとりあえずプリンにはなるだろう、という気持ちで挑むことにした。

 火加減は弱めがいいだろうと火鉢に大きな鍋を乗せ瓶牛乳を湯煎で温めながら、やや無理矢理借りた尾形の飯盒にどんどん卵を割り入れていく。え、ボールや別の入れ物に入れて混ぜる? いや、めんどくさい。それなりに高級な食材を豪快に扱う様子を牛山がなんとも言えない目で見ているが、卵が高いと思っていない名前はその視線に気付くことなく卵を菜箸でひたすら混ぜていた。
 しっかり混ざったら、そこに温めた牛乳と砂糖を入れてさらに混ぜる。最後に気泡をチャッカマンで熱して消して蓋をして、あとは蒸すだけだ。え、液を漉したほうがいい? いや、それもめんどくさい。
 瓶牛乳を湯煎するのに使用した鍋に、飯盒をドンと入れて蓋をして蒸す。蓋に布巾を巻いた方がいい? いや、やっぱりめんどくさい。飯盒に蓋したしいいでしょ。あとは一時間くらい放置すれば固まるだろう。多分。



 ここで一息、ブレイクタイム。余った瓶牛乳に砂糖を少量混ぜて飲んでいると、牛山がこれまた渋い顔で名前を見ていた。温めた牛乳を飲むだけでも未来人の奇行に見えるのだろうか。

「お嬢さんの目は牛乳を飲んだから青くなったのかい?」
「……へ?」
「牛乳を飲むと、外人のように目が青く、髪は赤くなると聞いたことがあってな」
「……………………?」

 ぽかん、と、名前は目も口も開いて固まった。見開かれよく見えるようになったその瞳は、茶褐色に青や緑が混じる不思議な色合いをしている。家永が「向日葵のよう」と言った瞳は、現代では『アースアイ』とも呼ばれているものだ。まだらに混じる瞳の色を、牛山は後天的な色の変化だと思ったらしい。そう結論づけた名前は、思わず吹き出してしまった。突然クツクツと笑い出した名前を牛山と尾形は少し驚いた様子で見ていた。

「あーすみません、笑っちゃった。ふふ、牛乳を飲んでも瞳の色は変わりませんよ。というか、何を飲み食いしても後天的に瞳の色が変わることはありません、私の記憶では。加齢や病気で変わることはありますけどね」
「じゃあ、お嬢さんのその目は」
「生まれつきですよ、ちょっと珍しい色ではありますが。九州にはヘーゼル……淡い褐色の瞳を持つ人が多いと聞いたことがあって、場所的に貿易かなんかの影響で異国の血が混じった可能性もあるかな、と」

 そう言いながら、すが入らぬよう鍋の火加減を見るために火鉢に近づくと、火鉢の前を定位置とした尾形と目があった。黒曜石みたいな真っ黒な瞳。ここまで黒いのも逆に珍しい。素敵な色をしていると名前は思う。まじまじと見過ぎだのか、尾形の眉間にじわじわ皺が寄っていく。

「なんだよ」
「……あ、うん、牛乳。様々な栄養が含まれていておすすめ。積極的に飲むべきです。これはほんと。この時代だと腐りやすいのが難点かなとは思いますけど」

 名前は牛乳片手に早口で言うと、尾形が瓶牛乳を名前から取り上げた。あ、と思った時には一口飲まれていて、尾形は「あめぇ」と不満そうな声で言って牛乳瓶を名前につき返した。



 一時間経ち、スマートフォンのアラームが小さく鳴った。焚き火の時に使う断熱グローブをつけて飯盒を取り出し、わくわくしながら蓋を開けるとつるんとしっかり固まったプリンがお目見えした。ちょっと感動し、ついつい「おおー」と声が出る。しかし名前はここで重大なあることに気付いてしまった。

「しまった、カラメル作ってない」
「はッ、あんだけ高え食材を買ったくせに失敗したのか」
「失敗してない、別の方法があります」

 尾形の苦言にムッとしながら、名前はお馴染みのチャッカマンを手に取り見せつけた。

「便利だな、それ」
「ヤなこと思い出すからやめてくれません?」
「ははッ、最高だったぜ?」

 じとっと尾形を睨みつけたが、どこ吹く風だ。チャッカマンでやったことは笑い事じゃないんだぞ。犯罪者に一歩足を踏み入れてしまったんだぞ。

 気を取り直し、粗熱が冷めた頃につるつるなプリンの表面に砂糖をかけてチャッカマンで熱する。砂糖が焦げて、甘い匂いが漂う。本当はカラメルを底に入れてお皿にひっくり返してデカデカプリンを披露したかったのだが、まあこれはこれで美味しそうだ。
 名前のプリン作りという奇行と甘い匂いに釣られて、気付けば一同集結。プリンの表面を炙る名前の背を見て家永は声をかけた。

「あら、簪を買ったんですね。お髪によく似合ってます」
「え、あ、はい……」

 簪、という言葉にまたしても心臓が跳ねた。しっかりとまとめられた髪と簪に無意識に手が伸びる。自身の手が首を掠めて、尾形の指と「似合っている」という一言が思い起こされる。……せかせかとプリンを作って頭の隅に追いやっていたのに。

「俺が買ってやったからな」

 家永と同時に声がした方に視線を向けると、尾形がしたり顔で笑って髪をかき上げていた。そんな尾形の様子を見て、名前ははたと気付いた――というより誤解した。
 なあんだ、「似合ってる」という言葉は名前に向けたわけではなく尾形自身の趣味の良さに向けた言葉だったのか、と。つまり、俺の趣味が良いから「似合ってる」と言ったのだ。ああ、そりゃ尾形もドヤ顔にもなるわけで。変に照れて意識した自分が馬鹿だった。名前はそう自己解決した。

「そうなんです、趣味の良い人に選んでもらえて大変助かりました」

 名前がいつもの調子で向日葵が咲く目を細めて言うと、尾形はスンと黙ってしまった。あれ、何かおかしかったかな。牛山は少し不機嫌そうな尾形の肩をポンと叩いた。



 ちなみに無事に完成した十人前はありそうな飯盒プリンは、なんだかんだ好評ですぐになくなってしまった。いつの時代もプリンは日本人を魅了するらしい。
 土方から貰った巾着袋はまだまだ厚くて重みがある。また食べたくなったら作ろうかな、今度はパンケーキかな、飯盒でケーキっぽいものを焼くのもいいかも、と名前は想像を膨らませながらプリンの最後の一口を頬張った。
- hakushi -