「用心して他の人間とは出来るだけ接触せずに月形の樺戸監獄まで移動した方がいい。土地の人間の目撃証言などをつたって追跡されるからな」
人目に付かないよう、杉元率いる寄せ集め集団は山道を行く。尾形は最後尾で双眼鏡を使い追っ手がいないか辺りを見渡し、用心深く警戒しながら進んでいる。そんな尾形の近くで名前はひょこひょこと慣れない山道を歩いていた。
「見ろ杉元、トゥレㇷ゚タ チㇼがいる。ヤマシギだ」
アシㇼパの言葉につられて名前も茂みから覗き見ると、鳥が数羽とてとてと歩いていた。長いくちばしを地面に刺してエサとなる虫を探しているようだ。
「美味いの?」
「脳ミソが美味い」
杉元が問い、よだれを垂らして「脳ミソが美味い」と言ったアシㇼパを名前は二度見した。食べるのか、脳みそを……。
尾形はスッと小銃をヤマシギに向ける。しかし、すぐさまアシㇼパに制止されてしまった。
「なんでだよ、食うんだろ」
「一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまう。ヤマシギは蛇行して飛ぶので、その銃の弾じゃ当てるのは難しい」
ヤマシギの習性を利用した罠ならみんなの分も獲れる、とアシㇼパは語る。そしてアシㇼパの言う通りに銃を使用せずに罠でヤマシギを捕まえることになった。
「尾形さんの腕でも難しいんですかね……」
「フン……」
単発の小銃では難しい言われた尾形は、少し機嫌が悪そうだ。尾形ならできる気がするのに。彼の腕の良さを知る名前は、そう思いながらも黙ってアシㇼパが罠を作るのを眺めていた。目の前で沢山の輪がついたくくり罠がどんどん作られていく。
「名前も罠を仕掛けるのを手伝ってくれ」
「うん、いいよ」
アシㇼパに呼ばれてそちらに向かうと、尾形も当たり前のようについてきた。もはや尾形が常に近くにいることに違和感を感じなくなってきた。
「尾形さんもやりましょう?」
「いや、俺はいい」
いいってなんだよ、いいって。やはり先ほどのアシㇼパの言葉が尾形のプライドを傷つけたのだろうか。杉元と牛山も手伝う中、尾形だけは枝もくくり罠も手に取ることなく名前の手元をただただ見つめていた。
名前はしゃがみ込み、アシㇼパの説明通りに枝を組んで作った通路にくくり罠を伝わせて置いていく。これだけの量と長さの罠を使えば、アシㇼパの言う通りみんなの分のヤマシギが獲れる気がしてきた。
黙々と罠を仕掛ける名前の横顔を、アシㇼパはジッと見つめていた。
「名前の耳には沢山の飾りがついているんだな」
「ん? ふふ、そうなの。アシㇼパちゃんも素敵な耳飾りがついてるね」
名前は親指と人差し指で輪を作り、耳に当ててジェスチャーをする。その時に名前の左耳につく複数のピアスがチャリチャリと小さく鳴った。
「これはニンカリというアイヌの耳飾りだ。私たちはニンカリを左右一対でつける。名前は左耳にだけ飾りをつけているんだな」
「あー……、うん」
ぎくり。名前は歯切れの悪い返事をした。その声色は少し暗い。そのことに自身でも気付き、慌てて明るい声で話を続けた。
「あ、そのね、未来では耳飾りはそんなに珍しいことじゃなくて! 左右非対称なのもお洒落でね! でもアシㇼパちゃんみたいな大きな耳飾りをつけるなら、右耳にも穴が欲しい、かも」
あははと空笑いしながら弁解するように話していると、突然右耳を摘まれた。驚いて視線だけ右に向けると、そこには無表情の尾形。クイクイっと名前の穴のない右耳を引っ張る。
「なんだ、もう穴だらけだってのに、こっちの耳にも穴を増やす気か。何の意味がある」
「あ、いや、そんな大層な意味はないですし、まず右耳は左耳に場所がなくなったら考えるというか、痛いから耳引っ張るのやめてくれませんか!?」
「左耳はまだ穴開ける気あんのかよ」
「あ、左耳は引っ張らないで! 穴裂けちゃうッ!」
尾形に両耳を引っ張られひーひーしている名前を見て、アシㇼパは「尾形と名前は仲が良いんだなあ」と笑って言った。
◇
翌日。疲れて寝過ごしてしまった名前が飛び起きた時には、すでに罠を確認しヤマシギを捕獲が済んでいた。すごい、本当に獲れてる。名前は自身も仕掛けるのを手伝った罠猟が成功したことに少し感動した。
「ヤマシギが罠で獲れた!」
「でも……」
杉元の手には二羽のヤマシギ。
「みんなで食べるには足りないかも」
杉元がそう言うと、アシㇼパは杉元からヤマシギを一羽をふんだくり、勢いよく羽をむりし始めた。杉元の顔の近くにむしった羽が舞い、彼は手を振りペッペッと羽が口に入りそうになるのを防いだ。
「たくさん罠を仕掛けたのに、二羽だけだからご機嫌斜めだな」
「二羽も獲れてすごい! ……って私は思いますけどね」
牛山の言葉に続き名前がパチパチと拍手をしていると、背後から足音が聞こえてきた。人の気配を感じて振り向くと、そこにはヤマシギを抱えた尾形が立っていた。そのヤマシギを投げるように手渡され、名前は驚きつつも落とさないよう慌てて受け止めた。ひい、ふう、みい……三羽。アシㇼパのくくり罠より一羽多い。
「わ、三羽! すごい!」
「三羽も……。今朝またいなくなったと思ったら、散弾じゃないのによく撃ち落としてこれたもんだ」
「さすが尾形さん!!」
ヤマシギから視線を上げると、尾形は髪をかき上げフンッとふんぞり返っていた。いつものように拍手をしたいところだったが、名前は両手一杯にヤマシギを抱えている。少々マヌケだが「パチパチパチ〜」と嬉しそうに声を上げた。
「チッ、アシリバさんに無理だって言われたから、ムキになっちゃってさ……。ハンッ」
「杉元は銃が下手くそだから妬ましいな」
「別に!!」
今度は杉元が不機嫌そうに羽をむしり、羽が宙を舞う。その様子がなんだかおかしくて名前が笑うと、抱えたヤマシギが落ちそうになり慌てて抱え直した。この三羽とアシㇼパの二羽、五人と五羽、ちょうどひとり一羽になる。抱えたヤマシギを見ながら、名前もこのヤマシギの下処理をしなければと思った。
「沢山あるから、尾形さんも羽むしってください」
尾形にも手伝ってほしくて抱えたヤマシギを尾形に向けると、何も言わずに一羽を受け取ってくれた。よかった、今回は手伝ってくれるようだ。それを見て牛山も名前の腕から一羽持っていく。手元には最後の一羽。名前はそれを大事そうに抱えて尾形の横に座った。
「尾形さんのおかげでみんなお腹いっぱい食べれそうですね。ありがとうございます」
名前は嬉しそうに顔を綻ばせて言った。尾形は何も言わずに羽をむしり続ける。それでも名前は楽しそう微笑んでヤマシギの羽をむしり始めた。
◇
「チンポ先生、ヤマシギの脳ミソです」
名前はアシㇼパの発言を聞きギョッとした。え、チン……えっ……? いや、重要なのはそこじゃない。アシㇼパはヤマシギの頭を縦に割りスプーンのようにして、それを牛山に差し出している。そう、ヤマシギの頭。そこに乗っているのは、もちろんアシㇼパが言った通りのヤマシギの脳ミソだ。固まる牛山の横で杉元が目をキラキラさせて脳ミソをジュルジュルとすすっている。異様な光景だ。
「チンポ先生、脳ミソは嫌いか?」
「食っていいものなのかい? それ……」
「杉元ぉ?ヒンナだよな?」
「ヒンナヒンナ!!」
アシㇼパも目をキラキラさせ、杉元は指をチュパチュパしながら脳ミソを食べ続けている。これこそヤバイものが入ってるんじゃないの……? 本当に食べていいものなのか、名前は牛山と同意見だった。あと『ヒンナ』って何……? 名前の眉間にみるみる皺が寄る。
目が輝いている者がふたり、困惑している者もふたり。己の感覚が明治的にずれてるのかそうでないのか、名前はわからなくなってしまった。尾形をチラリと見ると、彼は真顔だった。何を考えているのかわからない。尾形は食べるのか、脳ミソを……?
そんな中、牛山は根負けしてヤマシギの脳ミソを指ですくい口に運んだ。う、牛山が脳ミソを食べたッ……!!
牛山が脳ミソを食べたのを見て、アシㇼパは尾形と名前のほうに視線を向けた。バチリと視線が合ってしまったのは、名前。
「ほぅら、名前。ヤマシギの脳ミソだぞ」
「あっ、いや、その……はは」
アシㇼパが目を輝かせて名前にヤマシギの頭を差し出してくる。くっ、そんな目で見ないで……! 視線を上げれば上目遣いのアシㇼパ、視線を下げればヤマシギの脳ミソ。視線を逸らせば脳ミソを啜る杉元。その横には渋い顔をした牛山。助けを求めるように振り向けば真顔の尾形。
「名前〜〜?」
「は、はい……ヒッ」
アシㇼパの声を聞き振り向くと、ヤマシギの脳ミソがすぐ目の前まで迫っていた。つい小さく悲鳴を上げてしまう。ずいずいと差し出され、ついに脳ミソは口のすぐ近くまできてしまった。ヤマシギの頭で唇をツンツンとつつかれ、名前はついに観念して口を開き少しだけヤマシギの脳ミソを口に含んだ。
眉間に皺を寄せた名前が感想を述べる間もなく、ヤマシギの頭は尾形に差し出される。
「いや俺はいらん」
すぐさま手のひらを向けて断る尾形を見て、名前と牛山……そしてなぜか杉元も驚いていた。名前はなんだか裏切られた気持ちになった。
「拒否権、あったんですね」
「当たり前だろ」
「断れる雰囲気じゃなかったじゃないですか……」
「ハッ」
しかめ面な名前を見て、尾形はニヤニヤと笑った。