「あとは内臓ごとチタタㇷ゚にする」
「出〜〜た〜〜っ、チタタプ!!」
「チタタプ?」
「……チタタプ、とは?」
謎の『チタタプ』とやらに声を張り上げる杉元。この『チタタプ』はアイヌかアシㇼパの定番料理なのかもしれない。どんな料理なんだろうと考えていると、アシㇼパは「チタタㇷ゚っていいながら叩いてください」と言って牛山にマキリと銃剣を手渡した。どうやら刃物で叩いてミンチにするらしい。牛山が「チタタプチタタプ」と言いながらヤマシギを叩き、肉がどんどん細切れになっていく様子を名前は眺めていた。
「そろそろ替われ、尾形! チタタㇷ゚は皆で叩くんだ」
アシㇼパに言われ牛山から刃物を受け取りヤマシギの肉を叩き始めた尾形だが、『チタタプ』とは言わずに無言でトテトテ叩くだけだった。これでもいいのだろうか?
「アシㇼパさん、尾形がチタタプって言ってません!」
まるで先生に言いつけるように腕をピンと伸ばして杉元がアシㇼパに報告する。やはり『チタタプ』と言わなければならないようだ。アシㇼパはやれやれと言いたげにフ〜〜とため息を吐いた。
「尾形ぁ〜、……どうした?」
「…………」
アシㇼパが笑顔で圧をかける。それでも尾形は『チタタプ』と言うことはなかった。名前的には素直に手伝ってくれただけ御の字だと思う。
「次は名前だ」
「あ、うん」
尾形から刃物を受け取り、ヤマシギの前に座る。男ふたりで叩いた肉は、すでに名前には充分だと思えるほど細かくなっていた。名前もやる必要があるのか少し疑問に思ったが、アシㇼパは「チタタㇷ゚は皆で叩く」と言っていた。きっと『皆』で叩くことに意味があるのだろう。
「えっと、チタタ、プ、チタタプ……」
言いなれない言葉は言いづらいと思いつつ、アシㇼパに言われた通り『チタタプ』と言いながら手を動かす。すでに男の手で骨も砕けた肉は、名前の軽い力でも簡単に叩くことができた。
「いいぞ! 名前! 良いチタタㇷ゚だ!!」
「お、名前さん上手だね」
「さすが名前だなぁ〜、尾形とは違うなぁ〜〜!」
尾形が言う通りにやらなかったのもあってか、ただ肉を叩いているだけなのに名前を褒める言葉が飛び交う。止まぬ声になんだか恥ずかしくなってきてしまい、だんだんと顔が熱くなっていくのを感じる。名前は次第に『チタタプ』と言う口も刃物を動かす手元もおぼつかなくなり、ついには刃物を置いてしまった。
「わあぁぁ、なんでそんな褒めるんですかぁぁあッ!」
名前は羞恥に耐えきれず顔を抑えて丸まった。隠しきれなかった耳は真っ赤になっている。
「恥ずかしいッ、こんな簡単なことで、褒められるなんて初めてで! ど、どうしたらいいかわからないッ!!」
いままでいくら頑張っても満足に褒めてもらえなかった名前は、褒められることにめっぽう弱かった。なのに『チタタプ』と言いながら肉を叩くだけの簡単な作業でべた褒めされて、名前はキャパオーバーしてしまったわけだ。どうしようもなく恥ずかしい。
そんな名前の様子を見て、アシㇼパと杉本は顔を見合わせるとニンマリと笑った。
「名前〜! すっごく上手だったぞぉ〜〜!!」
「初めてとは思えないチタタプだったね!」
「そうだな、杉元! これはと〜ってもヒンナなオハウが食べれそうだな〜〜?」
「エ〜〜ッ! 名前さんのおかげで、最ッ高にヒンナなオハウがッ!? スゴーーイッ!!」
「よしよし、よくやったぞ名前〜〜!!」
アシㇼパと杉本はいい笑顔でこれでもかというほど名前を褒めちぎった。アシㇼパは名前の頭を撫でまわし、杉元はパチパチと拍手を贈る。
「うあぁぁあもう無理ッ! や、ヤメテッ、ヤメテってばッ!! 褒めないで、褒め殺さないで!! こんなの誰でもできるじゃんッ!? 無理ッ、もうやらないから次……杉元さんねッ!!」
名前は刃物を杉元に手渡しその場から離れた。カッと熱くなった頬を押さえ、無意識に尾形の元へ逃げるとすぐさましゃがみ込んでしまった。尾形が顔を覗き込もうとしてくるものだから、慌てて顔を逸らして手で視線を遮る。
「やだ、駄目ほんと、見ないで」
「…………フッ」
尾形は微かに笑うと、名前の頭をポンポンと叩いた。
◇
「さあ食べよう! ヤマシギのチタタㇷ゚を煮込んだオハウだ」
こうして無事にヤマシギのオハウ、つみれ汁のような鍋料理が完成した。
「いただきます」
「ハフハフ……美味いッ!!」
「フー、……ん、確かに美味しい!」
息を吹きかけつみれを口にすると、名前は目を輝かせた。美味しい。ジビエ特有の臭みはあまり感じられない。なんだろう、味付けはシンプルなのに濃い。噛むたびに深い旨味が感じられる。丸ごと叩いてミンチにしたからだろうか、細かくなった骨の食感も面白くて良い。アシㇼパは「脳ミソが美味い」と言っていたが、脳ミソの良さがわからなかった名前にはオハウのほうが食べやすくてとても美味しく感じられた。
「名前のおかげで美味しいオハウができたな」
「あの、本当にもうやめてください……」
確かに美味しかったのだが、それは名前のおかげではないだろう。また褒め殺されそうになって、名前は困り顔で少し俯いた。
みんなが美味い美味いと食べる中、尾形はひとり黙々とオハウを食べている。隣にいる尾形をチラリと盗み見ると、一瞬目が合った。
「……うまいな」
名前にだけ聞こえるくらいの声で呟かれた言葉を聞き、名前は箸を落としそうになってしまった。……勘弁してほしい。
名前が慌ててつみれを頬張り「あつっ」と口を押さえるのを見て、尾形は目を細めて微笑んだ。
「アイヌの神謡にはヤマシギのカムイが出てくるお話がある。クマゲラのカムイとの恋のお話、題して『ヤマシギの恋占い』だ」
それを聞いた杉元の顔が少女になる。トゥンク……と心ときめく音が聞こえてきそうだ。
「恋のお話? 聞かせて……」
アシㇼパはその恋の話を話し始める。要約すると『小さな恋人に逢いたくて山に行き、恋人に逢えるならオオウバユリが千切れずに引き抜けるはずと言いながら抜いたら上手く抜けて、恋人と逢えて手を取り出かけた』というお話だった。
「なんてカワイイお話……」
杉元と牛山は顔を見合わせニッコリしている。興味がなさそうに黙々と食べ続ける尾形の横で、名前も食べながら小首を傾げていた。花占いみたいなものだと思うと、たしかに可愛いお話なのかも、しれない?
「名前さんも何か恋のお話、知らない?」
「え、恋ですか……?」
ウットリしている杉元に突然話を振られて名前は少し戸惑った。恋と言われても、簡単に話せるような恋物語はあるだろうか。……童話、よくあるお姫様と王子様のお話なら『恋』と呼べるだろうか。
「……そうですね、もしかしたら知ってる話かもしれませんが、有名な童話を話してみましょうか」
杉元が期待の眼差しで名前を見てくる。期待に添えるような恋の話をできるだろうか……。お椀と箸を置き、コホンとわざとらしく咳払いをして名前は語り出した。
「昔々あるところに、灰被りと呼ばれる少女がいました……」
◇
「そして、灰被りは王子様と結婚し幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
「うっ、灰被りが幸せになってよかった……」
杉元がわざとらしく眉間を摘んで言うものだから、名前はつい笑ってしまった。名前が語った『灰被り』の物語はお眼鏡に適ったようだ。
恋のお話をしている間に杉元たちは食べ終わったようで、食器や鍋の片付けを始めてしまった。名前は食べる手を止めて話しを始めてしまったから、まだ食べ終わっていない。慌ててお椀と箸を手に取り、少し冷めたオハウを口に運んだ。
「くだらん」
声がした方に視線を向けると、尾形がつまらなさそうに頬杖をついて名前を見ていた。愛だの恋だの、惚れた腫れたの話に興味はなさそうだと思ってはいたが、本当に興味がなさそうにしている尾形を見て名前は苦笑いをした。咀嚼していたつみれを飲み込み「そうですね」と切り出す。
「尾形さんにだけ、教えてあげましょうか」
「何をだよ」
「先程のお話の継母は、実は二人目の継母なんです」
尾形は真顔で名前を見つめている。続きを聞く気があると思った名前は、話を続けた。
「この『灰被り』の物語の元になった『灰被り猫』という話では実母と先程の継母とは別にもうひとり、一人目の継母いたんですよ。この一人目の継母はどうしていなくなったと思います? ……ふふ、一人目の継母にいじめられていた灰被りが殺してしまったんですよ」
「……へえ」
尾形が口角を上げた。もしかしたら、尾形はこういう話なら面白がってくれるのでは? と思い話し始めてみたが、どうやら当たりのようだ。
「一人目の継母に『衣装箱にしまってある服を出してください』と言って、箱に首を突っ込ませて探させたんです。そして重たぁ〜い蓋を支えていた灰被りがパッと手を離して、継母の首の骨をへし折ったんですよ。のちに二人目の継母となる家庭教師の入れ知恵でね、ふふふ」
意地悪な継母を殺した灰被りは悪人なのだろうか。いや、決して正しいとは言えないのだろう。だが、悪いのは灰被りだけなのだろうか。……灰被りだって幸せになるために必死だったのでは? 誰だって、幸せを手にしたいと思うものだろう。誰だって、幸せになれる権利はあるはずなのだ。
「人殺しが一国の姫になって幸せに暮らすって、なんだか夢がありません?」
「はッ、悪くねえな」
尾形の笑う顔を見て、名前もつられて笑ってしまう。
オハウを食べ終えた名前は空になった器を尾形が使用した器に重ね、ふたり分の箸と器を片手で持って立ち上がった。そして尾形の方を見て口元に人差し指を立てる。いつもの内緒のサインだ。
「シィ、ですよ? 杉元さん達に語った部分が世間一般的に語られている灰被りのお話です。嘘はついてません。これは恋物語ですし、綺麗な真実だけ語り継いでいけばいいんですよ」
「臭い物には蓋をしろ、ってか」
「ふふ、そうですね。きっと灰被りも蓋をしたまま墓まで持っていったんでしょうね。さすが一国の姫になる人間は違いますね、恐れ入ります」
そう、都合の悪いことは言わなければいいのだ。ふたりは物騒な内容に不釣り合いな楽しげな笑みを浮かべながら、片付けをするアシㇼパ達の元へ向かった。