「やっぱりどうも様子がおかしいぞ」
「まだ言うか、尾形!!」
アシㇼパらしくない無礼な振る舞い、誰もわからない『ムㇱオンカミ』の意味、『ウンカ オピウキ ヤン』という叫び声、日本語しか話さないエクロㇰ。怪しいところは沢山あるのに杉元はまだ彼らを疑おうとしない。杉元はアシㇼパやアイヌに恩でもあるのだろうか。それにしても盲信し過ぎだと名前は思った。
「よし分かった!! さっきそこの『シントコ』の裏に落ちてるのが見えたんだが……」
そう言うと杉元立ち上がり、『シントコ』と呼ばれた置き物の裏から見たことのない三叉の棒を拾い上げた。な、なんなの、その変な棒は……?
「これを使ってみせてくれ。ほんとのアイヌなら使い方を知ってるはずだ」
この布が巻かれた三叉の棒の使い方を杉元は知っているらしい。手に持つ謎の棒を見つめながら「ちなみに俺は、アシリパさんほどうまく使えなかった」と言った。その棒をエクロㇰに渡すのかと思いきや……
「まずは牛山、やってみろ!」
そう言って杉元は謎の棒を牛山に差し出した。
「え? 俺? なんで俺が……」
杉元に謎の棒を差し出され、牛山が動揺している。この瞬間、名前はモノボケ大喜利大会が始まったと思った。密かに冷や汗をかく。……どうか、順番は和人とアイヌの交互であってくれ。そして、順番が回ってくる前に正解が出てくれ、と名前は密かに願った。
牛山は謎の棒をくるくる回して触りながら考えている。絶対に使い方を知らない和人に実演してもらう必要はあるのだろうか? このくだり、本当に必要なのだろうか?
「あたい未亡人……。戦争で夫を亡くしてひとりぼっち。でも体は正直でうずくのよ」
悩んだ末に、牛山はハアンッと息を吐きながらまさかの寸劇を始めた。それ、本当に必要? 次にやる人のハードルを上げてない……?
「でも、そんな時はこれがあれば満足出来るの」
え、まさか、牛山さんッ!? 未亡人になりきりクリクリと謎の棒をいじくる牛山を見て名前は色んな意味でドキドキした。も、もしかして、ここで、下ネタに走るのか……!?
「はあ〜かゆい所に手が届く」
「全然違うッ!!」
ポリポリと謎の棒で背中を掻く牛山を見て、杉元はすぐさま叫んだ。どうやら不正解だったらしい。当たり前か。そして名前は、一瞬でも下ネタだと思ってしまった自信を恥じて手で顔を覆った。
「はい、次は名前さん!」
「へっ!?」
顔を上げると、目の前には謎の棒。まさか早々に順番が回ってくるとは思っていなかった。動揺して謎の棒とそれを持つ杉元を交互に見つめるが、謎の棒は引っ込むことなくほらほらと押し付けられ続けてられている。……断れる雰囲気ではない。冷や汗をかきながら渋々それを受け取り、使い方を考え始める。……無理だ、使い方なんて全然わからないし、モノボケなんてできっこない。
でもやるしかない、考えろ名前。杉元よりアシㇼパのほうが上手にできそうなこと、なんでもいいから答えなければ……! 名前は短い時間で答えを絞り出し、外套を脱いで丸めてそれを横抱きにした。
「あ、あ〜〜子どもが泣き止まなくて困っちゃうな〜ぁ? そう、そんな時はこの棒で、ねんねんころりよ〜なぁんてあやせば、泣き止む、とか……?」
意を決して丸めた外套を赤子に見立てて謎の棒をふりふり回して子守唄を歌った。が。
「う〜〜ん、残念だけど不正解ッ!」
当たり前だが不正解だった。そりゃそうだ、三叉に分かれただけの棒で子どもの機嫌を取れたら苦労しない。優しく不正解を告げてくれただけ牛山より良かっただろうか。それでも恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。
杉元に謎の棒を返すと、小さな声で「でもちょっと惜しかったかも」と言われて名前は密かに驚いた。惜しかったのか、あれが。
「じゃあ次! レタンノ エカシ。いまのやり取りで、何して欲しいかわかりますよね?」
なるほど、いままでのモノボケは日本語が通じない村長に意図を伝えるためのものだったのか。どうやら必要なくだりだったらしい。名前は納得した。
杉元は笑顔で謎の棒を村長に手渡す。受け取った村長は顔をこわばらせ冷や汗をかいているようにも見える。使い方がわからないのだろうか? わかるけど使うのが苦手なのだろうか? だが、使い方を知っている杉元がやらせるということは、村長にもできることなのだろう。
「早くやってくれよ、爺さん」
尾形が急かすと、言葉の意味を知ってか知らずか村長はクルクルとご機嫌そうに回って服につく埃を払った。どうやら寸劇が始まったようだ。
「ん? 綺麗好き? 綺麗好きなジジイ!」
「わかった! お気に入りの服だッ!!」
「お気に入りの服で、外にお出かけしてるッ」
杉元と牛山が村長の動きを読み解き解説していく。
「疲れたッ」
「腰が痛い」
すると村長は謎の棒を立てて三叉の部分に腰掛けた。これは正解なのだろうかと、皆がバッと一斉に杉元を見る。なぜかエクロㇰまで杉元に視線を向けている。
「なるほど…!! そういう使い方もあるのか!!」
杉元が驚き感心したようにそう言ったが、それは杉元が知るアシㇼパから教わった使い方ではなかったということだろう。つまり、不正解だ。
このモノボケ大会は無意味だった。きっと村長が何をしたって杉元は村長を疑うことはないと名前は感じ、ため息をついて片手で頭を抱えた。そう感じたのは尾形も同じだったのかもしれない。彼も呆れたようにハァとため息を吐いた。
「もういい、よこせ。俺が正しい使い方を当ててやる」
まさかの尾形のモノボケ大喜利大会参戦発言に名前は驚いた。尾形は三叉の棒をよこせと手を差し出す。
「尾形に分かるかな〜〜?」
杉元はニヤニヤと三叉の棒を渡す。それを受け取る尾形はとてつもなく良い笑顔だった。それを見て名前はギョッとした。この笑顔は一度だけ見たことがある。茨戸で、警察署長に向けたものだ。これは、とてつもなく、イヤな予感がする。
そして謎の棒を杉元から受け取ると、間髪を入れずに尾形は勢いよく棒を振り下ろした。棒は村長の足の小指に命中、名前のイヤな予感は的中した。
「痛たあっ!!」
村長があまりの痛みに反射的に叫んだ。その言葉は日本語だった。日本語が話せないはずの村長の叫びに、流石に杉元も驚いたようだ。
「この使い方が正しかったようだな」
狙いが当たり、尾形が得意げに髪をかき上げる。牛山の「ジイさん日本語話せたのか!?」という言葉に、痛みからか焦りからか村長は黙りこくって冷や汗をかいている。……だが、それでも杉元は彼らを庇う姿勢を崩さない。
「日本語を話せるアイヌなんて珍しくも何とも無いッ! 何てことをするんだ尾形ッ」
「ほんとにアイヌなら、痛い時とっさに日本語が出るもんかね?」
「そもそもこの人達がアイヌのふりをして何の得があるって言うんだ!? いい加減にしろ尾形ッ!」
ヒートアップしていく杉元と尾形の言い合いに、そろそろ止めに入ろうかと名前が腰を上げた時、アシㇼパの様子を見に行ったエクロㇰの弟が戻ってきた。
「そうだな、俺もぜひそこが知りたいね。ちょうど戻ってきた弟くんにも聞きたいことがあった」
「あれ? アシㇼパさんは?」
ひとりで戻ってきた弟は、エクロㇰだけに聞こえるように何かを話す。アイヌ語しか話せないという『設定』を崩さないためだろうか? 彼らがアイヌのフリをしているとしか思えない名前には、そうとしか思えなかった。
「ああ……。弟が言うには、あの娘は近所の女性に刺繍を教わって夢中になってるそうだ。まあ、こんなところは子供に見せない方がいいだろう」
その言葉を聞いた瞬間、杉元は三叉の棒で勢いよく弟を殴りつけた。ベキンッと三叉の棒が折れる音がして、名前の肩が跳ねる。
「アシㇼパさんが『刺繍に夢中』だぁ? てめぇ……あの子をどこへやった?」
おそらくアイヌ女性が刺繍をするという常識からの発言が地雷を踏んだらしい。杉元の態度が一変した。殴られて床に倒れた弟の脚に、アイヌとも暗号とも違う刺青があることに牛山が気付き指摘する。
「そうそう、さっきも出て行く時にちらっと足首に見えた気がしたんだよな。その『くりからもんもん』が……」
尾形はめざとく刺青に気付いていたらしい。どう見ても和人の、しかも『ヤ』のつく怖い人のソレを見られてしまっては、もう誤魔化せないだろう。
「ヤクザがアイヌのふりか」
尾形がそう言うと、杉元はこの世のものとは思えない恐ろしい叫び声を上げた。