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「で、このガソリンランタンは私の誕生日と同じ年月に製造されたものなんです。これです、この底にある数字が製造年月です。バースデーランタンといって、愛好家にはよく知られている文化なんですよ」

 底に刻印されている『3』と『98』の文字を見せるようにランタンを持つと、鶴見はそれを興味深く覗き込んだ。



 鶴見に助けを求めたあの夜、その後名前は小樽の兵舎に連れてこられた。……そう、北海道の小樽だ。鶴見からここが北海道の小樽であることを聞いて、名前はとても驚いた。本州にいたはずなのに、時代どころか場所まで違うところに来てしまったらしい。
 兵舎では有難いことに個室をあてがわれ、そこで一晩過ごした。しかも晩ご飯と朝ご飯まで頂いてしまった。なんとお礼を言ったらいいのか。頭が上がらない。

 そして今、名前は執務室で鶴見と、信頼できる部下だと紹介された月島と宇佐美という兵士に所持品を見せている。自分が未来人である証明などしたことがないので、何が証拠になるのかがわからない。なので、持っていたものを机に広げて手当たり次第紹介している。

「この腕時計、とっても丈夫なんです! 試しに思いきり床に叩きつけてみてください」
「え、いいの? 壊れても絶対に弁償しないからね」

 象が踏んでも壊れない、かの有名な腕時計だ。と言いつつ、壊れちゃったらどうしようと少し心配な気持ちで腕時計を宇佐美に手渡す。次の瞬間、宇佐美はなんの躊躇いもなくものすごい勢いで腕時計を床に叩きつけた。すごい音がした。こわ。さすがに壊れたのではないかと冷や汗が流れる。名前がおっかなびっくり飛んでいった腕時計を拾って確認すると、投げる前と変わらず針はカチコチと時を刻んでいた。

「たまげたな」
「えッ! 僕、本気でやりましたよッ!?」
「名前くん、これは一体どういう仕掛けなんだい?」

 驚いて次々と声を上げる三人を見て、自分が発明したわけでもないのに自分のことのように嬉しくなってしまった。

「詳しい構造はわかりませんが、中で部品が浮いてるような状態になっているらしいです。鞠つきしている子どもを見て閃いたそうですよ」
「鞠つきか……。ならばこれは日本人が発明したということかな?」
「そう、ですね」

 嬉しさからか、つい多弁になってしまった。余計なことをベラベラと喋りすぎてしまっただろうか。少しヒヤッとする。日本の発明品だと知ったからか、鶴見はくるくると腕時計を隅から隅まで観察していた。分解すると言い出したらどうしよう。そう不安になったが、腕時計はそっと名前の手の上に戻された。ほっと一安心する。

 他にも撥水生地にお茶を溢してみたり、ポラロイドカメラで写真を撮ってみたり、チャッカマンでカチッと火をつけてみたり、財布に入っていたお札や小銭や免許証を見せたり、あれこれ手に取っては紹介した。彼らが驚く様子を見るたびに、名前は某猫型ロボットになったような気分になった。

「……という感じなのですが、どうでしょう?」
「ふむ、どれもこれも見たことのない奇天烈なものばかり。どうやら我々は名前くんが未来から来たと信じざるを得ないようだ」

 フッと微笑む鶴見の発言に名前は肩の力が抜けた。とりあえず敵国のスパイだとか危険人物と思われることはなくなったはずだ。おそらく。命の危険がなくなったのならば、これ以上は私がいた時代のことは話さないようにしよう。そう思いながら、名前は最終手段として隠していたスマートフォンをスカートのポケットの上からこっそり触れた。
 しかしハッと気付く。名前はすぐさま確認するために声を上げた。

「あのっ! これって没収されちゃったり、します……よね?」

 途中から、普通なら没収するだろうと思い尻すぼみになった。しおしおと不安げに縮こまる名前を見て、鶴見は手と首を横に振る。

「いやいい、君が持ってなさい」
「……えっ!!」
「我々にはおそらく宝の持ち腐れだ。それに名前くんが大切にしている物や、動力や数の問題で残りの使用回数が限られているものもあるだろう。君が大事に使うといい」
「ありがとうございます……!」

 まさか全て手元に残るとは思っていなかった。これらは名前がいた時代から持ってくることができた貴重な品々、唯一の財産なのだ。同じ物はこの時代には存在しない。それを変わらず手元に置いておけるのがとても嬉しくて、名前はひとつひとつ丁寧にボックス型のリュックにしまい込んだ。



「さて名前くん、君はこれからどうするつもりなんだい? 行く宛や、未来に帰る手掛かりがどこかにあるのかな?」
「あ、いや……。ないですね……」

 今この瞬間生き残るために必死だった名前はこの先のことを全く考えていなかった。右も左もわからぬ明治時代の北海道。宿は? 食事は? お金は? 少し悩んだ末に住み込みで働ける場所がないか聞こうと声を出そうとした時、鶴見が名前の言葉をさえぎった。

「それなら我々第七師団に君を保護させてほしい」
「……えっ」
「君は私に『助けてください』と言ったじゃないか。しばらく昨夜寝泊まりした部屋で過ごすといい。食事は運ばせよう」
「えっ!!」

 行く宛のない名前には大変有難い提案だったが、そんなに甘えていいものなのかととても焦った。タダより高いものはない。あわあわと「生活費や食費はどうすれば!」「どこか働き口はありませんか!?」と鶴見に詰め寄るが、何を言っても鶴見はゆっくりと首を横に振り「そんなことは気にしなくてもいい」と名前の肩をぽんと叩き諭すように言った。

「流石にそこまでしてもらうわけには……!」
「ならば、時間がある時に私と話しをしてくれないか? 君の話には金に変えられない素晴らしい価値がある。どんな些細なことでもいい。名前くん、私は君と話しがしたい」
「話、ですか」

 ――ああ、この人は未来の情報が欲しいんだ。名前は瞬時に気付いた。その瞬間、鶴見の真っ黒な瞳がまるで悪魔のように見えた。ゆっくりと瞬きをする。目の前には優しく微笑む鶴見がいた。

「でも……」
「ならば私の養子になるのはどうだ? 家族なら何も気にせず甘えられるだろう? こんな可憐で聡明なお嬢さんなら大歓迎だ!」
「養子……!?」

 さも名案だと言わんばかりにパチンとウインクをして鶴見は言った。突拍子のない発言にどう返したらいいかわからず視線を泳がせる。月島はギョッとしているし、宇佐美はなんか、やばい。目がこわい。

「……その、えっと、考えておきます」
「ふふ、前向きな返事を期待してるよ」

 今のところ養子になる気はないが、当たり障りのない返事をしてお茶を濁した。そしてもう一件。

「あの、保護の件なんですが――」
「何か不満があるのかい?」
「……いえ、ございません」
「ならば何も問題ないね?」
「……はい」

 名前の手を取り鶴見は微笑む。いいように流されたかもしれない。が、冬の小樽にほっぽり出されるよりかなりの高待遇でいいじゃないかと自身に言い聞かせる。高待遇すぎてこわい。

 ◇

「名前、これから仲良くしようね」
「え、あっはい、宜しくお願いします……?」

 宇佐美はいい笑顔でずいっと顔を近づけた。この人、『養子』と聞いた瞬間におそろしい顔をしてたのに、なんで……? わけがわからず名前の顔が引き攣る。宇佐美はふふふと笑う。

「この先、鶴見中尉殿の養子になったお前と結婚すれば、僕も鶴見中尉殿の息子になれるってことだろう?」
「………………」

 頬を染め恍惚な表情をする宇佐美の様子に若干引いた。若干じゃないかもしれない。ドン引きである。名前は宇佐美はやばいやつだと確信した。

「てことで、別にお前のことは好きじゃないけど、他に奴に取られちゃうと困るし。これから宜しくね! 名前!」
「あっはい、そうですね〜」

 宇佐美さんとは宜しくしたくないな〜極力関わりたくないな〜と思いながら、名前は宇佐美をにこやかにあしらった。お互いふふふと笑い合う様子は側から見たら奇妙かもしれない。鶴見はその様子を微笑ましく、月島はめんどくさそうに眺めていた。
 
- hakushi -