軍都、旭川。ここまでくれば第七師団兵営はすぐそこだ。問題はこの広大な第七師団の敷地のどこに白石がいるのかだ。敷地内に入るのは簡単だが、建物を一軒一軒探して回るわけにもいかない。第七師団のほうから白石を差し出させるため、近くのコタンで作戦を練ることとなった。
……のだが、先日の話し合いの時に眠るアシㇼパを膝に乗せる土方を見て、杉元は白石が土方一派と内通していたことに気がついてしまったようだ。白石が裏切りが発覚することを恐れてこの集団から離れようとしたとなると、前回の奪還作戦が上手くいかなかった要因に合点がいくらしい。
白石は今後の作戦に必要不可欠、そのため内通が発覚しようと白石を助けることには変わりないようだが、「一度裏切ったやつは何度でも裏切る」と言う杉元は白石をどうするつもりなのだろう。「殺さなくて済む人間は殺すな」というアシㇼパの意見に、名前は心の中で同意した。
近くのコタンの家屋で、第七師団兵営の地図を広げながら話し合いを進める。キロランケは「白石を連行した連中の肩章の番号が27だった」と言い、27聯隊の兵舎の場所を指差した。……ん? にじゅうなな? その数字どこかで……と思いながら尾形の肩に視線を向けたが、外套に隠れて確認することができなかった。
「ちょっと待て、27聯隊?」
「どうした尾形」
「いや、お前らアホか」
「あ、やっぱり」
尾形が外套を捲り上げ見せてきた肩章には『27』と記されていた。やはり名前の記憶違いではなかったようだ。
ということは、鶴見中尉も同じ聯隊ということだ。「白石は27聯隊が密かに確保している可能性が高い」と尾形は語った。
◇
かくして、二度目の白石奪還作戦が開始された。
犬童に扮した鈴川と怪しい目出し帽を被り看守のフリをした杉元が第七師団司令部に訪問し、偽札を餌に熊岸と白石を交換する作戦だ。彼ら以外は数人ずつに分かれて近くに待機している。名前は司令部近くの木の上で待機している尾形の横にいた。木登りなんてしたことなかったが、気合いで登った。尾形と使いたいものがあって、どうしても尾形の横で待機したかったのだ。
「はい、これ耳につけてください」
「なんだこれは」
「杉元さんのポケットに盗聴器の親機を入れてもらったんです。で、これは受信機。このイヤホンを耳につければ中の会話が聞こえます」
「……へえ、なるほどな」
盗聴器、これが尾形の横にいたかった理由だ。尾形に有線イヤホンの片方を手渡し、もう片方のイヤホンを自らの耳に装着した。盗聴器の受信機のスイッチを入れると、中の会話がノイズ混じりに聞こえてきた。ポケット越しで聴き取りづらさを感じるが、これだけ聞こえれば充分だろう。今のところ、順調に作戦通りに話は進んでいそうだ。
「盗み聞きする道具ねえ……。未来の連中は当たり前に持ってるもんなのか?」
「いやいや、そんなわけないじゃないですか。持ってるほうが稀ですよ、稀」
「じゃあなんでそんなもん持ってんだよ」
「なんでって…………」
名前がどうして盗聴器を持っているのか。そんなの女性ひとりでのソロキャンプは危険だから護身のためにとか、学生の時に授業内容を録音したくてとか、どうとでも言えただろう。だが、イヤホンから聞こえてくる内容に傾注していた名前は尾形とのやりとりがやや疎かになっていた。……だから口を滑らせてしまった。
「それは、父を社会的に殺すために使いました」
「……は?」
「あ! 白石さんの声が聞こえましたよ尾形さん!!」
「…………チッ」
イヤホンから白石の声が聞こえ、名前は興奮した様子で話をぶった斬った。あいかわらず中の会話を傾聴している名前は、尾形が眉を顰めたことにまったく気が付かない。
白石の声が聞こえたということは、この作戦も終盤に差し掛かっただろう。上手くいきそう、そう思ったところで事態は急変した。
「鯉登少尉が慌てて入っていった」
「え、鯉登さんって……!?」
「まずいぞ、これは。やつは鶴見中尉のお気に入りの『薩摩隼人』だ」
「鶴見中尉……」
鯉登が駆けつけてきたということは、おそらく鶴見にバレた可能性が高い。イヤホンから鯉登が「鶴見中尉が……」と話す声が聞こえてくる。これは今回の白石の身柄確保に鶴見が関わっていると確定したと言っていいだろう。
鯉登が薩摩弁で鈴川に話しかける。コテコテの薩摩弁だ、母が鹿児島出身の名前にもまったく意味がわからない。だが、鈴川はこの短い期間でしっかりと対策してきたようで鯉登とスムーズに会話をし始めた。さすが天才詐欺師、罪人ながらあっぱれ。これなら騙し切れるか……? そう思ったところで銃声が二発聞こえ、名前は驚いて勢いよくイヤホンを外してしまった。……誰かが撃たれたのだ。杉元は、鈴川は無事だろうか、と急に不安になる。
「お、尾形さん!」
名前が慌てて尾形を見た瞬間、ガシャンッ!!とガラスが割れる派手な音が耳に飛び込んだ。杉元と白石が窓を突き破り司令部から脱出したようだ。瞬時に尾形が木から飛び降りる。え、ちょっと待って!!
「早く来い!」
「まって、ちょっと、ムリかも!!」
「さっさとしろッ!」
「〜〜ッ!!」
こわい、この高さはこわいッ!! だが降りるしかない。尾形が珍しく焦った表情でこちらを見上げている。は、早く降りないと……! 迷ってる暇はない、名前はすぐさま覚悟を決めて、ワン・ツー・ツリー! と心の中でカウントし勢いよく木から飛び降りた。
――ドシンッ! となんとか無事着地に成功したものの、ビリビリと脚に衝撃が走りなかなか動き出せない。カシャン、と金属が落ちる音がして髪が頬を掠める。衝撃で簪が落ちてしまったようだ。名前は慌てて地面に転がる簪を拾い、ひとまず上着のポケットにねじ込んだ。
尾形は外套のフードを目深にかぶると、名前の頭にもフードをかぶせた。そしてすぐさま名前の腕を掴み走りだす。名前はいまだ痛む足が絡まりそうになりながら、手を引かれるまま必死に走った。
杉元らが飛び降りたと思われる場所へ向かうと、遠くから杉元と白石が走ってくるのが見えた。鈴川は、いない。杉元の衣服がところどころ赤く染まっているのが見えて、名前は血の気が引いた。杉元は被弾している。
「杉元さんッ! 血が……!!」
「杉元が撃たれちまった!」
「不死身なんだろ? 死ぬ気で走れッ!」
「無理だッ、こんな傷の杉元が走り続けられるわけねぇッ!」
杉元は白石に支えられ、走るのもやっとの様子だ。白石に言われなくてもわかる。だが、先ほどの銃声であちこちから兵士達がわき出てきている。逃げるには、走り続けるしかない。今は他人を気にかける余裕はない。
尾形に言われるがまま南へ必死に走り続けると、気球や飛行船のような白い飛行物体が視界に飛び込んできた。
「何だありゃあ!!」
「気球隊の試作機だ!!」
「あれだッ、あれを奪うぞッ!」
奪うって、この少人数でどうやって!? そう思ったところで別の名案が瞬時に思い浮かぶわけもなく、名前は黙って必死に走り続けた。
「銃をよこせッ」
「全員下がれッ、もっと離れろ!」
名前の心配とは裏腹に、気球を奪うのは思いのほか容易だった。どうやら気球に使用されている水素は引火性が高いため、爆発を防ぐためにほとんどの兵士が銃を携帯していなかったようだ。杉元が奪い取った小銃で兵士を脅してエンジンを始動させると、気球はゆったりと浮上を始めた。
「乗れッ!」
周りを牽制し続ける尾形に言われ、名前は細い骨組みに足をかけて気球に乗り込んだ。
「邪魔だ、早く奥に行け!!」
「は、はいッ」
名前は慌てて奥へと進もうとしたが、どうしてもスカスカな足場に足がすくむ。脚がドキドキ心臓ガクガクだ。真下を見るから怖いのだと思って視線を少しあげる。エンジンが乗る中央部分と先端付近は足場がわりとしっかりしていそうだ。ひとまずそこ目がけて足を動かし始めると、兵士達が気球の足場にしがみつき船体が傾いた。杉元と尾形が銃底を叩きつけ兵士を落としていくが、兵士達は絶えず這い上がろうとしてくる。名前は揺れる機体と兵士達に恐怖を感じ、中央間近で骨組みにしがみ付き動けなくなってしまった。
兵士達の手が離れ、機体が安定しそこそこ浮上した頃、ポンと背中を叩かれ名前の体がビクリと跳ねた。
「おい、大丈夫か」
尾形だ。フードを目深にかぶる尾形と目が合い、名前の緊張の糸がプツリと切れた。気の抜けた表情で情けなく笑うと、尾形は少し驚いたような表情をした、気がする。
突然グンッと機体が揺れ動いた。ぎゃあッ! と可愛げのない悲鳴をあげて尾形の外套にしがみ付いてしまった。……だめだめッ、この場で尾形の身動きを封じるのはよくない、早く手を離さないと! そう思いつつも、細い足場から遠く離れた地面が見えてしまい、こわくてこわくて手を離せない。
顔面蒼白で慌てる名前が、どうにも落ちてしまいそうで危なっかしい。そう思った尾形は名前の背にそっと手を回して支えた。
「鯉登少尉……!!」
そう呟く杉元の声が聞こえ、名前はバッと顔をあげる。――視線の先には軍刀を構えた鯉登がいた。