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 杉元一同は無事に下山し、今は釧路の湿地にいる。食料調達は杉元とアシㇼパに任せ、名前は白石と尾形と一緒に湿地近くで腰を下ろしてふたりの帰りを待っていた。

「おなかすいたね」
「…………」

 両膝を抱えて座る白石が呟く。尾形は何も言わないどころか白石と目を合わせることすらしない。そのことに苦笑いをこぼしながら名前は飴の入った缶を取り出した。カラコロと軽い音が鳴る。もう残り少ないかもと思いながら手のひらに向けて振り出すと、飴が一粒だけコロンと転がり出てきた。最後の一個、白石にあげようと思ったところで尾形が横からスッとつまみ取り自身の口に放り込んでしまった。な、なんということだ。呆気に取られて尾形を見つめても、尾形はどこ吹く風だ。白石に申し訳なさげに音の鳴らない缶を振って見せると、白石はクゥーンとしょぼくれた顔をした。

 ふと足音が聞こえ視線を上げると、杉元が白い大きな鳥を抱えてアシㇼパと帰ってきた。

「あ!! 良かった帰ってきた」

 白石はふたりに気付くと、嬉しそうに駆け寄った。



 杉元が抱えていたのは丹頂鶴らしい。鶴、どんな味がするのだろう。アイヌの定番料理であるオハウを作るアシㇼパのテンションがやや低いのが気になる。

「う〜〜ん……」

 杉元は丹頂鶴の肉を咀嚼しながら煮え切らない反応を見せる。いつもなら何を食べても見事な食レポを披露してくれるのに、言葉がなかなか出てこないようだ。
 不安になりながら名前も一口かじってみたが、肉質が硬い。噛みきれなくて肉を一切れすべて口に含むと、クセのある臭みが口中に充満した。これは、うん、なんとも言えない……。

「泥臭いようなムッとする変な匂いだろ?」

 アシㇼパの的確な言葉に名前はしかめ面で控えめに頷いた。アシㇼパは丹頂鶴が美味しくないことを知っていたのだ。どうりでテンションが低かったわけだ。名前はアシㇼパの様子に納得した。

「なんで丹頂鶴なんか獲ったんだ!」
「普段は獲らないけど、杉元が『北海道の珍味を食べ尽したいんだ』といつも言ってたから……」
「言ってねぇだろ。俺はそんな目的で北海道を旅してるんじゃないんだよ!」

 プンプンと可愛く怒る白石と言ってもないことを言うアシㇼパに、杉元はジト目で返した。
 そんな三人を名前は噛み切れない肉に悪戦苦闘しながら見つめていた。すると視界にスッと箸が入り込み、名前のお椀から肉がひとつ消えた。アッと思って肉がつままれた箸を目で追うと、横にいた尾形がそれをパクリと食べてしまった。またかっ。食いしん坊かっ。肉を飲み込めずにいる名前は何も言えなくて、尾形をジッと見つめた。

「杉元は……どうして金塊が欲しいんだ?」
「まだ言ってなかったっけ」

 アシㇼパが杉元に問う。その問いに名前は少し驚いた。杉元とアシㇼパの出会いや旅のきっかけはわからないが、目的くらいはお互い知っているものだと思ったのだ。
 そして名前もはたと気付いた。……自身も共に過ごしている尾形の金塊を追う理由を知らないじゃないか。名前は尾形を一瞥し、会話の中心である杉元に視線を戻した。

「……戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れてって、目の治療を受けさせてやりたいんだ」

 そう語る杉元は、どこか懐かしそうで切ない優しい目をしていた。渡米費と治療費を手に入れるためとはいえ、こんな危険な金塊争奪戦に参加するくらいだ。きっと一言では語りきれない何かがあるのだろう。そこまでして治してやりたい親友の嫁とは、杉元にとってどんな人物なのか。

「『惚れた女のため』ってのは、その未亡人のことか?」

 予想外に言葉を返したのは尾形だった。尾形は髪を撫で付けながら不敵に笑う。白石も驚いて「え、そうなの?」と言い杉元を見つめるが、杉元は俯いて何も言わない。普段なら尾形と喧嘩になってもおかしくないというのに、沈黙は肯定ということだろうか。

「フン! トリ! フン チカㇷ゚!!」

 沈黙を破るように、アシㇼパはアットゥㇱの裾を持ち上げバサバサと振りながら歌い踊り始めた。突然のことに皆が驚きアシㇼパを見つめる。

「アシㇼパさんどうしたの……?」
「サロルンリㇺセ、釧路に伝わる踊り」

 どうやら鶴が羽ばたく様子を表したアイヌの舞らしい。ヒグマととても仲の悪い鶴は羽をバサバサして喧嘩するので、この舞をするとヒグマが逃げてくと言われている。そう語りながらアシㇼパは裾を振って舞い続けた。

「へぇ……。どうして急に踊ったの?」
「別に……鶴食べたから」

 アシㇼパは疲れて息を切らしながら答える。体を動かしたからか、顔が少し赤い。尾形はそんなアシㇼパの様子を見てフッと笑った。尾形の反応を意外に思い、名前が尾形に視線を向けると目が合う。名前は少し悩みながらも口を開いた。

「……尾形さんは、どうして金塊を追っ」
「こっちに誰か来るぞ」
「え?」

 尾形の言葉を聞き振り向くと、知らないアイヌの女性と男の子がこちらに向かってきていた。男の子がアシㇼパの名を呼び、指差しながら駆け寄ってくる。

「チロンヌㇷ゚と……チカパシだ。なんでこんなところに!?」
「知ってる子?」

 どうやらアシㇼパの知り合いらしい。ふたりを知らない名前は軽く頭を下げて会釈した。

「遠くからアシㇼパが踊ってるのみえた! やっっと見つけた!!」
「私を探していたのか?」
「谷垣ニㇱパと小樽から探しにきた!!」

 男の子の口から予想外の人物の名前が出てきて、名前はハッと尾形に視線を向けた。尾形は感情の読めない表情で黙って彼らの話を聞いている。谷垣とは、よく知るあの谷垣なのだろうか。

――お前が玉井伍長たちを殺したな?
――ありえません!!

――ところで……不死身の杉元を見たか?
――いいえ。

 谷垣を探してアイヌの村に行った時のことを思い出す。あの時、名前は何が正しいのか誰が正しいのか判断できなかった。……谷垣は私たちの敵なのか、味方なのだろうか。今もわからない。
 名前は不安な気持ちで辺りを見回してみたが、肝心の谷垣はどこにも見当たらない。

「でも……谷垣ニㇱパが大変なことに!!」
「谷垣に一体なにが?」

 チロンヌㇷ゚と呼ばれたアイヌの女性の話によると、どうやら谷垣は昨日から追われているらしい。アイヌの女性と男の子を巻き込まないよう、はぐれて逃げているようだ。アシㇼパは「誰に追われてる?」と問いかける。

「この辺りで最近、家畜や野生の鹿を斬殺して粗末に扱う人間がいるらしく『カムイを穢す人間がいる』と……。怒った地元のアイヌは、谷垣ニㇱパが犯人だと誤解して殺気立ってます」

 アイヌの女性の話に身に覚えがあったのか、杉元とアシㇼパが顔を見合わせる。

「アシㇼパさん、さっきのオス鹿……」
「そいつ……許欺師の鈴川聖弘が言ってた囚人かも」

 鈴川聖弘が言った情報は、時間稼ぎの嘘ではなかったようだ。杉元一同は谷垣を助けるために刺青の囚人の可能性がある真犯人を探すこととなった。



「四日前のことです。私たちは地元のアイヌの男たちと出会いました」

 地元アイヌの男のひとりが、谷垣が持っていた村田銃の元の持主……二瓶鉄造という男のことを知っていたらしい。その村田銃の銃床には小さな七つの傷が刻まれているそうだ。
 うら悲しげに「あの出来事がその後まさかあんな事態になるとは……」と言うチロンヌㇷ゚もといインカラマッ。その後、北海道で動植物を調査している『姉畑支遁』という学者と出会ったと話を続けた。生き物に詳しい彼にチカパシがとても懐いて、油断してしまったらしい。

「その日は姉畑支遁と一緒に野宿をしたのですが、翌朝……男と共に谷垣ニㇱパの銃と弾薬が消えていました。おそらくその銃が新たな犠牲に使われて……」
「チッ、銃から離れるなとあれほど……」

 尾形は眉をひそめて苦言をこぼす。狙撃兵らしい言葉だ。名前は寝ている時も小銃の肩紐を掴んで離さない尾形の姿を思い出していた。

「囚人に学者がいるってのは聞いたことがある。あちこちで家畜を殺して回って、牧場主に見つかって大怪我させて捕まったとか」
「鈴川聖弘から聞いた情報と一致するぜ。そいつが入れ墨脱獄囚二十四人のひとりだ」

 白石と杉元が話す。家畜や野生の鹿を斬殺して粗末に扱う人間、家畜を殺し回った囚人、鈴川が話した囚人の情報。このことから姉畑支遁は刺青の囚人で間違いないと導き出された。

 姉畑は谷垣から奪った村田銃を持っている。はぐれたら釧路の街で待ち合わせると決め、手分けして捜索することになった。
 杉元とアシㇼパ、インカラマッとチカパシと白石。自然と分かれていくのを名前は眺めていた。となると、と思ったところで尾形に手首を掴まれた。

「行くぞ、名前」
「あ、はいっ」

 そうなりますよね、と思いながらも尾形と行動できることに安心感を感じた。ただ自身が足手まといになるのではと心配になりながら、名前は手を引かれるまま尾形と真犯人探しを始めた。
- hakushi -