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「オホホホホーイ!」
「オホホホホーイ!!」

 キラウㇱと村の男がヒグマの頭がついた毛皮を神輿のように持ち上げ声をあげている。これはオココㇰセという叫びで、火の神様に熊が獲れたことを知らせる意味もあるらしい。杉元も真似して「オホホーイ!!」と声をあげる。

 キラウㇱが村長に谷垣が犯人ではなかったことを伝えると、遠くからでも村長が笑ったことがわかった。どうやら無事に誤解は解けたようだ。



 その後、カムイホプニレというヒグマを送る儀式をし、日がとっぷりくれた頃に酒盛りが始まった。

「酒飲んで仲直りしようぜ、シサムの旦那たち!!」

 トノトという穀物から作られたアイヌのお酒が振る舞われた。度数がそれなりに強いのか、はたまた量を飲んだのか、すでに出来上がっている村人も多い。場は笑いで溢れとても賑やかだ。
 杉元は最初に殴り倒した村の男に「娘を嫁に」と言われ、谷垣はキラウㇱに「疑って悪かった」とトノトをひたすら飲まされている。

 そんな中、名前は少し緊張した面持ちで酒が入った小さな器を見つめていた。

「お酒、初めて飲みます」
「は? 飲んだことねえのか」
「私はこの時代に来てから二十歳になりました」
「だからなんだよ」
「……あ、まだ未成年者飲酒禁止法がないんですね。先の時代では二十歳未満の未成年はお酒が飲めないんですよ。二十歳未満の飲酒は脳や身体に悪影響を及ぼしたり、依存症になりやすかったりするんです」

 名前はそう言いながら、おそるおそるトノトをちろりと舐めた。あ、美味しい。米の甘みと、ほのかに乳酸飲料のような酸味を感じる。思っていたより飲みやすい味だ。続けてこくこくと飲んでみる。美味しい。この味、なんだか覚えがある。

「……甘酒?」
「まあ、近いかもな」

 尾形も酒を口に運ぶと、眉をひそめて名前を見た。

「おい、思ってたよりきついぞこれ。飲み過ぎんなよ」
「……あ、へへ」

 尾形が忠告した時には、すでに名前の器は空になっていた。それを見た尾形がため息をつく。
 いやあ、美味しくて、つい。名前は笑って誤魔化しながら「気をつけまぁす」と言って、空の器にトプトプとおかわりを注いだ。



 アシㇼパは大嫌いなヘビを触ったようで、手が臭くないか色んな人にニオイを嗅いでもらっていた。アシㇼパは名前の前にも手を向ける。

「いっぱい洗ったけど、臭くないか?」
「ええ、ぜぇんぜん臭くないですよ〜?」

 名前はへにゃへにゃ笑いながら大丈夫大丈夫〜と至極気楽そうに言った。続けてアシㇼパは尾形にも手のニオイを嗅いでもらっているようで、手を尾形の鼻に向けながら谷垣を助けてくれて見直したと尾形に伝えていた。よかったねえ、尾形さん。ウンウンとひとりで頷きながら器に片口を傾ける。けれど何も出てこなくて名前はあれれ〜? と首を捻った。

「いい飲みっぷりだな。気に入ったか?」
「キラウㇱさぁん、出てこな〜い」
「待ってろ。今持ってくる」

 谷垣に酒を飲ませていたキラウㇱが名前の酒がなくなったことに気がつき、おかわりを持ってきてくれた。名前は「イヤイライケレ〜!」と元気にお礼を伝えて受け取った。
 尾形がアシㇼパ達と会話をしている隙に名前はガブガブと酒を飲み、気付けばぐでんぐでんに酔っ払ってしまっていた。

 そして酔った名前が何をしたかというと、尾形にひたすらだる絡みをし続けた。酔った名前には尾形の顔色を伺えるわけもなく、仏頂面の尾形の横で名前は陽気に話し続ける。

「あ、尾形さぁん。尾形さんって、きのこ派ですか? たけのこ派ですか〜?」
「意味がわからん」
「山か里かですよぉ? 私ィ、ふふ、実はたけのこ派なんです。へへ、言っちゃった!」
「そうかよ」
「え、もしかしてェ、すぎのこ派ですか!?」
「なんだよそれ」
「村です村」

 あまりの意味のわからなさに尾形が眉をひそめると、名前は怪訝そうに尾形の顔をあおり見た。そしてせわしなく頭を動かしさまざまな角度から尾形の顔を見ている。さすがに尾形の顔色を察したのだろうか。

「あれ、あれれ? ンン〜〜?」
「……なんだよ、うっとおしい」
「へへ、正面で見ても〜横から見ても〜下から見ても〜? イイ男! で、困っちゃ〜う! うふふ、ふふ」
「うるせえ……」
「あはは、ははッ!」

 困っちゃうのは尾形のほうだ。さすがに尾形も頭を抱えた。片手で額を押さえ、重たいため息を吐き出す。

「だから飲み過ぎるなと……」
「ええ〜まだまだですよ、まだまだ〜ぁ!」
「おい、もうやめとけ」

 尾形は酒をあおろうとした名前の手を掴み、その手から器を取り上げた。返して返してと伸ばす名前の手から遠ざけるように器を持ち上げる。

「やらぁ〜返して〜ぇ、もっと飲みたぁい〜」
「ふざけんな、やめとけって言ってんだろ」
「そこをぉなんとか尾形じょおと〜へ〜どのお」
「……なら、口移しでも飲むか?」

 尾形がニヤリと笑って顔をずいっと近付けると、名前はきょとんとして目をぱちくりとさせた。そしてうっそりと笑ってこう言った。

「いいですよ、くちうつし」
「……っ」

 赤らんだ顔で目を細めて微笑む名前を見て、尾形は目を見開きひそかに動揺した。ちょっと揶揄ってやるだけのつもりだったのに、なんてことだ。だが『据え膳食わぬは男の恥』という言葉もある。尾形は取り上げた器から酒を口に含み、ゆっくりと名前に顔を近付ける。そして名前は――尾形の膝の上にベシャリと崩れ落ちた。

「…………は?」

 尾形は行き先を失った酒を飲み込み名前の肩を揺らしたが、反応はない。呼吸はしている。名前は尾形の膝を枕にしてスースーと眠っていた。

「この女……っ」

 人のことを散々振り回した挙句、呑気に寝やがって。文句を言ってやりたかったが意識のない人間に何を言ったって無駄だ。尾形はイラつく気持ちを飲み込むように、残りの酒をグッとあおった。



 村の男達が酔い潰れて寝入った頃、谷垣はフチが『孫娘と二度と会えない夢』を見て塞ぎ込んでいることをアシㇼパに伝えた。たかが夢とも言えるが、古い考え方のフチは夢占いを信じている。杉元は「一度帰ろうか」と提案したが、それでもアシㇼパは知るべきことを知るために旅を続けると言った。

「ところで、名前はなんで尾形の膝で寝ているんだ?」
「知るか。本人に聞け」
「寝ているから聞けないだろ」

 アシㇼパの問いに、尾形はしれっと答えた。名前は尾形の膝にもたれてすやすやと眠っている。尾形は時折り名前の背を撫でながら話を聞いていた。酒のおかげか名前はすっかり寝入っているようで、起きる気配はまったくない。

「そのままだと尾形の足が痛くなるだろ」
「尾形の足はどうでもいいが、名前さんが寝づらそうだから床に寝かしてやれよ」
「ハッ、役得だろ。妬くなよ杉元一等卒」
「ば、妬いてねえよッ!」

 尾形は杉元を煽るように笑って髪をかき上げた。そんな冗談を言いつつも、名前をふと見る尾形の目はなんだか優しい。
 そんな尾形と名前の様子を見て、アシㇼパは勢いよく指差し「おまえら結婚しろ!」と叫んだ。

 ◇

 次の日、名前の目覚めは最悪だった。頭はガンガン、胃はムカムカ。今まで感じたことのない調子の悪さだ。

「うぅ……頭が痛くて重い、胃痛がする……」
「二日酔いだな」
「私そんなに飲んでましたか……記憶にないです……」

 名前は頭を抱えた。アシㇼパの手のニオイを嗅いだことはギリギリ覚えている。だが、その先の記憶がすっかり抜けている。気がついたら朝だった。

「……俺にしたことを忘れただなんて、ひどい奴だな」
「え゛……私、何したんすか」
「おいおい、俺に言わせる気かよ……」

 尾形が眉をハの字にして言うものだから、名前は顔面蒼白になった。一体なにをやらかしたんだ、昨日の自分ッ!! 名前は痛む頭を何度も下げて尾形に謝罪した。

「すみませんすみませんッ! 何をしたかわからないけど、すんもはんッ!!」
「オイ薩摩弁はやめろ」

 ドスの効いた声で凄まれて、名前は震え上がった。ひゃっ、こわい、どうしよう。何をやらかしたのかわからない名前は謝ることしかできない。必死に思い返しても、なぁんにも思い出せそうもない。酒、おそろしい。
 痛む頭を抱えて考えていると、尾形に「名前」と名を呼ばれて視線を上げた。……もう怒ってなさそうだ。尾形の真っ黒な瞳がこちらをジッと見つめている。

「名前、俺がいないところではもう酒は飲むな」
「……尾形さんがいればいいんですか?」
「返事は」
「はい」

 記憶が飛ぶほど酒を飲み何かやらかしたのはおそらく事実なので、名前は大人しく返事をしてこれ以上追求するのはやめた。尾形がいようといまいと、もう飲まないようにすればいいだけだ。それだけだ。
 尾形は名前の返事を聞くと、視線を逸らし静かに小銃の点検を始めた。
- hakushi -