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 ここは塘路湖近くのコタン。無事に目的のコタンに到着した杉元一行は、フチの二番目の姉の息子のチセで夕飯の仕度をしていた。

 昼にアシㇼパと杉元が収穫したペカンペと呼ばれる菱の実も調理するようだ。マキビシのような鋭いとげがあるこの実は村同士で争いが起きたほど貴重な食べ物で、秋になり実が熟したらどっさり採って冬の保存食にするらしい。そんな貴重なペカンペを、今日は塩茹でにしてご飯に混ぜて食べるようだ。アシㇼパが言うには栗みたいで美味しいとのこと。

「もうすぐペカンペの収穫時期だが、採っても『奴ら』に全部
奪われるかもしれない。みんな不安に思っている」
「『奴ら』って、他のコタンの人たち?」

 深刻そうな面持ちで言うフチの姉の息子に、杉元が問う。『奴ら』とは、最近この辺りに現れる盗賊のことらしい。真っ暗闇の中を松明も灯さず森を抜けて襲ってくるそうだ。
 夜でも光が溢れる未来とは違い、この明治の夜は明かりを灯さなければ一寸先もろくに見えない。そんな中、何も灯さずに襲ってくる盗賊達はいったいどんな奴らなのか。

「なにもんだ? そいつら忍者か?」
「奴らは全員目が見えない、盲目の盗賊たちなのだ」

 白石が驚いたように呟いた疑問に、フチの姉の息子は言葉を返した。だが、盲目だからといって暗闇の中で人を襲うなんてことができるのだろうか。名前には、にわかに信じがたかった。

「襲われた時に、ラッチャコの灯りで姿を見た者がいる。……そいつら盗賊をまとめている親玉の身体には、奇妙な入れ墨がある」

 奇妙な入れ墨。その言葉を聞いて皆は真剣な顔つきになる。そんな中、杉元は帽子のつば越しに笑みを浮かべていた。それを見た名前は自身のスカートの裾をギュッと握り、息を呑んだ。

「盲目の盗賊たち……。親玉は網走脱獄囚二十四人のひとりか」
「白石、なにか心当たりはあるか?」
「ああ、噂には聞いてるぜ。おそらく手下の盗賊も全員網走監獄の囚人たちだ。『暗号の刺青持ち』は親玉ひとりだけどな」

 アシㇼパに問われ、白石が盲目の囚人について話し始めた。噂と言っていたが、かなり詳しい。普段はおちゃらけた遊び人のようだが、網走の囚人の情報については白石がピカイチだろう。何かと頼りになることも多く、苦労して助けた甲斐があったと思える。

 白石が言うには、親玉の刺青脱獄囚以外は硫黄山で苦役させられた囚人だろうとのことだ。硫黄、苦役、盲目。そのワードだけで名前にはこの先の話が見えてきてしまい、名前は眉間に皺を寄せて床を見つめた。

 そこに派遣された囚人は無事に戻って来れない。そう噂されていた硫黄山はかつては全道一の産出量だった。火薬などの原料として採掘されると重要な資源だった、のだが……。

「でもな……あたりから絶えず吹き出す亜硫酸ガスってのは採掘者の目を侵すんだ」

 硫黄採掘にかり出された囚人たちは失明する者が続出し、明治二十九年に囚人の採掘が中止されるまでたった半年間で四十二人もガスで死んだそうだ。
 おそらく囚人なんぞに適切な防護具などは支給されなかったのだろう。まず防護具がいらないくらい安全な環境であれば、わざわざ囚人を派遣する必要もないのだ。囚人とはいえ人間を使い捨てにするような行為に、あまりに凄惨な行為に、名前の心は痛んだ。

「盗賊の親玉はその時の生き残りさ。失明してからのっぺら坊に入れ墨を彫られた。男の名前は都丹庵士」

 硫黄山は明治二十九年に閉山されたはずだったが最近また密かに操業再開されていて、鉱山の経営者に犬童典獄が囚人を貸し出して働かせているらしい。白石が網走監獄にいた頃は失明した者だって戻ってこなかったと、硫黄山で殺されたんだと、白石は語る。

「おそらく都丹庵士の手下どもは、最近殺される前に硫黄山から逃げた囚人だろう」

 そうして杉元一行は盲目の盗賊から村を守るため、盗賊の親玉である都丹庵士の刺青の暗号を手に入れるため、北へ六十キロ移動し屈斜路湖へ向かうこととなった。



 塩茹でしたペカンペの皮を剥きながら、名前は考えていた。いや、考えていたというより、先ほどの話が頭にこびりついて離れなかったというのが正しい。
 名前は都丹庵士率いる盲目の盗賊に同情してしまっていた。劣悪な環境で働かされた挙句に失明してしまうなんて、囚人とはいえあまりにも可哀想だと思ってしまったのだ。今さら治療をしたところで視力は戻ることはないだろう。考えたってどうにかなる問題ではないというのに、名前の頭の中は彼らの悲惨な過去でいっぱいだ。

 ペカンペの殻は硬く、鋭い棘があって剥きづらい。アシㇼパに教えてもらった通りに左右を切り落とし殻をめくると簡単に実を取り出すことができたが、それでも数を剥くのは労力を要する。ペカンペはまだまだたくさんあるのに、だんだんと手が痛くなってきてしまった。
 苦労して取り出したハート型の可愛らしい実を手のひらにのせてしばらく眺めていると、横からスッと実をつまみ取られてしまった。視界に入った三本線の軍服の袖。あっ、と思いつままれた実を目で追うと、その手の主……尾形がパクリと実を食べてしまった。もう、どうしてこの人はいつも横から取って食ってしまうのか。

「浮かない顔をしているな」
「あ、ちょっと、手が痛くなってきてしまって……」

 尾形の一言にドキリとした。悪人である囚人に同情するだなんて、なんだか悪いことを思っているような気がしていたからだ。気持ちを悟られたくなくて、名前はナイフを置き、痛む手をぷらぷらとさせて誤魔化した。

「奴らは囚人だ。同情する必要はないんだぜ」
「だ、だから、手が……」
「違うな」
「………………」
「ははァ、お優しいこった」

 誤魔化してみたものの、名前が囚人に同情していることなんぞバレバレだったようだ。そして尾形はその感情を良しとしていないのかもしれない。あざけるように笑う尾形に、なんだか責められているような気がしてくる。

「奴らは囚人だから硫黄山に派遣され盲目になった。罪を犯さなければ視力を失うなんてことはなかったはずだ。それでもお前は奴らに情けをかけるのか」
「…………っ」

 でも、と言いかけて名前は口をつぐんだ。彼らは罪を犯した囚人で、人を襲う盗賊。それは事実だ。
 尾形は名前の顔を覗き込む。彼の感情の読めない真っ黒な瞳に名前はたじろいだ。

「その優しさがいつか命取りになるぞ」

 尾形はそう言うと、名前の頭をそっとひと撫でした。一瞬触れて離れる手。名前が撫でられたことに少し驚いて固まっていると、尾形は殻付きのペカンペと剥いた実を分けて入れたふたつの器を持って立ち上がった。名前が止める間もなく、尾形はスタスタと歩き去ってしまう。

「硬くて手が痛い、だとよ。あとはお前らでやれ」

 器をアシㇼパ達に押し付けるように渡すと、尾形はチセから出てしまった。ポカン……とその様子を目で追い、ハッとしてアシㇼパの元に向かう。尾形は名前がやるべきことをアシㇼパに押しつけたのだ。

「ごめんなさい! 私もまだやるからっ!」
「いやいい、あとは私だけでも大丈夫だ。たくさん剥いてくれて助かった」

 アシㇼパはそう笑って言ったが、それは申し訳ない。名前は慌てて殻のついたペカンペをひと粒つまみ取り、せっせとペカンペの殻を剥き始めた。
- hakushi -