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 数日後、杉元一行は目的地の屈斜路湖に到着した。今はフチの十三番目の妹の息子がいる屈斜路湖近くのコタンで過ごしている。盲目の盗賊たちは真っ暗な新月の夜に村を襲うと聞いたからだ。杉元一行は狩りや占いで路銀を稼ぎながら、都丹庵士狩りの時を今か今かと待っていた。



 ある日の朝、名前が目を覚ますと尾形の姿が見当たらなかった。今朝だけではない、最近はよくあることだ。名前が起きた頃には尾形は森や町に出てしまっている。名前には「俺から離れるな」というくせに、尾形は気ままな猫のように、ふらりとどこかに消えてしまうのだ。
 尾形は路銀稼ぎで忙しい。名前が側にいては邪魔になるだけ。そうは思っても、いつも嫌というほど近くにいた尾形がいないと少し違和感のようなものを感じてしまう。

 そして今朝は尾形どころか誰もいなかった。寝坊した自身が悪いのだが、ひとり寂しく身なりを整える。すると出入り口に人の気配を感じ、そこへ視線を向けると杉元とアシㇼパが中に入ってきた。

「名前さん、おはよう」
「よく眠れたか?」
「杉元さん、アシㇼパちゃん、おはようございます。すみません、いつも呑気に寝てしまって……」
「いいよいいよ」

 ゆっくりできる時はしっかり休息を取るべきだと、ふたりは申し訳なさそうにしている名前に言った。

 杉元たちに話を聞くと、ほかの皆はすでに出払ってしまったようだ。谷垣たちは町へ情報収集そしてインカㇻマッの占いで路銀を稼ぎに、白石も同じく町へ情報収集……と言いつつ女遊びに。尾形とキロランケはおそらく各々山で狩猟をしているのだろうとのこと。
 さて、ひとりになってしまった名前は何をすればいいのだろうか。山に行っても狩猟はできないし、ひとりで町に行っても何か起きたらと思うと不安だ。となると、チセでひとり退屈に暇を持て余すしかないだろう。

「私たちはこれから山に仕掛けた罠を見に行く。名前も一緒に行くか?」
「え、いいんですか!」

 アシㇼパからのまさかのお誘いに、名前は嬉々としてパッと顔つきを明るくさせた。足手まといになるだけかもしれないとも思ったが、不安よりも興味がまさった。尾形と行動することが多かった名前は、アシㇼパと杉元に同行したことがなかったからだ。名前はお言葉に甘えて、嬉々としてふたりについて行くことにした。

 ◇

 アシㇼパと杉元はコタン近くの森の川沿いに罠を仕掛けたらしい。名前は先導するふたりの後ろを慎重に歩いていく。

「鹿垣だ。名前、気をつけろ。アマッポある」
「アマッポ?」
「熊や鹿などを捕るための仕掛け弓だ。ヒモに触れると毒矢が飛んでくる」
「ひえっ」
「俺も気づかず引っかけそうになった時に、アシㇼパさんの叔父さんに教えてもらったんだよね」

 立ち止まったふたりの後ろから足元を見てみると、ピンッと紐が張っていた。紐を辿ると、アシㇼパが言う通り矢がついた仕掛け弓が設置してあった。

「矢にはトリカブトの毒がついている。刺さると即死はしないが、長く苦しむことになる」
「ひえ……っ、恐ろしい……」

 アシㇼパの説明を聞き、名前は震え上がった。名前が元いた時代でも、トリカブトには解毒剤や特効薬はない。刺さったら死のみ。そんな危険な罠が森に仕掛けてあるだなんて思ってもみなかった。

「ダメ元で聞きますが、もし矢が刺さってしまった時の対処方法は……?」
「アイヌの矢毒に解毒方法はない。だが、すぐに毒を肉ごと取り除けば助かることもある」
「う、とてつもなく痛そう……だけど、死ぬよりはマシかな……?」
「……だが、腹に入ってしまうと肉ごと取り除くことができない。熊岸長庵は腹にアイヌの毒矢が刺さり、死んでしまった」
「そう、だったんですね」

 あの時それどころではなかった名前は、熊岸長庵の死因を知らなかった。熊岸は解毒方法がない毒に長く苦しみながら死を待ったのだろう。アマッポの存在を知らないまま森を歩いていたら、いつか名前も熊岸と同じように苦しみながら死んでいた可能性があったのかもしれない。

「アイヌのコタンの近くにある森は不用意に歩かないほうがいい」
「そ、そうですね……。教えて頂けて助かりました」

 それから名前は、アシㇼパと杉元が歩いたところは安全だろうと思い、ふたりの足跡を踏むようにおそるおそる森を歩いていった。



 しばらく森を進み川沿いを歩いていると、遠くからバサバサと鳥類が羽ばたくような音が聞こえてきた。

「やったぞ杉元!! コタンコㇿカムイが罠に掛かってる!!」

 羽音が聞こえる方へ早足で向かうと、そこには罠にかかった大きなフクロウがいた。本当にでかい。初めて間近で見るフクロウは罠から逃げようと羽ばたいているのもあって、ものすごい迫力だった。

「これまたでけえフクロウだな」
「羽を広げたら杉元より大きい」

 アシㇼパと杉元は臆することなく近づいていく。名前はあまりの迫力にビビってしまい、少し離れたところからふたりを見守っていた。
 杉元がフクロウを抱えて罠を外し始めると、あんなにも暴れていたフクロウがスンッとおとなしくなった。

「慎重に罠を外せ、杉元」
「大丈夫……なんか大人しい」
「気をつけろ杉元。コタンコㇿカムイの目を傷つけるな」
「なんで?」

 そして杉元が罠を外すと、それまでおとなしかったフクロウが杉元の耳に噛みついた。

「いててっ! 耳ちぎれる!!」
「あッ!! 逃げられるぞッ!!」
「うわっ! フクロウ飛んでっちゃった!!」

 突然の痛みに緩んだ杉元の腕から勢いよくフクロウが飛び去った。瞬時に杉元が小銃を構える。フクロウが遠くへ逃げる前に撃ち落とす気なのだろう。
 アシㇼパは再度「目には当てるな!!」と叫んだ。そして銃声が鳴り響き、フクロウが落ちていくのが見えた。弾は命中したようだ。三人はすぐさま落ちた方へ向かう。

「よかった、当たった」
「お見事!」

 杉元は地面に落ちたフクロウを見て、嬉しそうにガッツポーズをしている。その横で名前も嬉しそうにパチパチと拍手をした。

「杉元、大当たりだ。目を撃ち抜いてる」
「ごめん、目玉しゃぶりたかった? 残ってる方はアシリパさんにあげるから」
「もしかして、フクロウの目を傷つけちゃいけない理由があったの?」

 するとアシㇼパは屈斜路湖に住むアイヌの言い伝えを語り始めた。
 ある村長が獲ったコタンコㇿカムイを解休している時に、小刀で目を傷つけてしまい、次第に目が見えなくなったそうだ。コタンコㇿカムイを怒らせると、そいつの目から光を奪う。……という、なかなかに恐ろしい内容だった。

「まあ迷信だから気にするな」
「と、言われても、アイヌの言い伝えって迷信とは言い切れない気がするんですよねえ……」

 淫魔しかり、大蛇しかり。アシㇼパの語るアイヌの言い伝えは教訓や事実なことが多かった。とはいえ、フクロウの目の傷と失明に直接の関連性はないようにも思う。ああは言ったが、今回は本当に迷信なのだろう。そう思いながらチラリと杉元を見ると、血の気が引いた顔をして固まっていた。あらま。

「それにしてもよりによって目に当てるとはな……。うまいんだかヘタなんだか」
「尾形にはナイショだよ?」
「……ンンッ、ふ……ふふっ」

 杉元の表情と発言がおかしくて、名前は笑いが堪えられなかった。瞬時に『軍で何を学んだんだ、一等卒』と馬鹿にする尾形が思い浮かぶ。言いそう、すごく言いそう。

「……名前さん、尾形にはナイショだよ?」
「くっ、わかりました、わかりましたからっ!」

 なんとも言えない表情でもう一度言われ、名前は観念したようにナイショにすることを約束した。
- hakushi -