ごちゃ倉庫

02/10

◎僕の優しいお義兄様



大好きだった人がいた。
誰よりも…パパ≠謔閧熏Dきな人。本当に好き人。
誰よりも大好きな人。

とってもとっても大好きで、僕はいつもその人を追いかけた。
とってもとっても大好きだったから、誰よりも好きだったからその人も僕の事が好きだと、馬鹿らしく、信じていた。

愛してくれるって、信じていたんだ。
僕が好きだから、愛してくれるって。
捨てたり、しないって。

だって僕は、彼女の子供だったんだから。
僕の大好きな、親だったんだから。


僕のママ
僕を生んでくれた、世界に一人のママ。


『さよなら…鈴音』

にっこりと、ママが笑う。
遠ざかる背中。

いやだ…―――。
置いていかないで。
いい子にするから。置いていかないで。

ママの去る背中を僕は泣きながら走った。
それでもママは振り向いてくれなくて。
僕は、泣きながら、ママの名前を叫んだ。
遠ざかる背中に向かって。
何度も転んで、何度も立ち上がって、それでもママの消えていく背中を追っていった。



「ママッママッママ―――」


【僕の優しいお義兄様】「鈴音ッ」
「っ…はっ…」


嫌な記憶。

心配そうなお兄ちゃんの顔がいきなり視界に飛び込んできた。
パジャマを着て、お兄ちゃんの布団に横になっている僕。
心臓がバクバクとなっている。
体からは嫌な汗が、ぶわっと吹き出ていた。
呼吸もまるで全力で走った後のように乱れている。
焦ったように、走る心。


「ここは…」
はぁはぁ、と荒い呼吸のまま視線を動かし周りを見回す。
隣には僕の大好きな義理の雄一お兄ちゃん。
近くにはお兄ちゃん愛用のギターと、それから勉強机が見える。
どうやらここはお兄ちゃんの部屋、らしい。


さっきまで見ていたあの女≠フ姿はなく、僕はお兄ちゃんの太い腕に抱かれていた。

「大丈夫か?鈴…君」
心配そうに、揺れるお兄ちゃんの瞳。
部屋の窓を見るとまだ、カーテンから朝日は刺してなく、今は真夜中らしい。
お兄ちゃんはわざわざ僕が魘されたので起きてくれたようだ。
先ほどから僕の額に自分の手を乗せたり、背中をさすったりしてくれている。
優しいお兄ちゃんらしい。
確か寝る前、僕が無理やりお兄ちゃんの部屋で寝たいって駄々こねて寝せてもらったのにこうやってうなされたら、看病してくれるんだから。

ほんと、世界一のお兄ちゃんなんだよ!
優しいしカッコイイし。美形だし高身長だし。声ですらカッコイイし。
何より、下半身がリッパだし。
あ、変な意味じゃないよ。
逆三角形の体系でリッパって事だよ。
僕、木村鈴音(きむらすずね)は今まで一人っ子だった。いわゆる父子家族。
確かママ…あの女が出て行ってから、小学5年生くらいまでずっと、パパと二人暮らしだったんだ。
パパはママがいない分、仕事が大変なのに僕を甘やかしてくれたよ。
そりゃもう、でっろでろにね。
ママがいない分、パパはママの分まで僕を愛してくれたんだ。
だから僕はパパが大好きでファザコンになっちゃったんだけど。


ある日、僕とパパが二人暮らしをしていた日に、突然パパが覗うように僕にこう言ってきたんだ。

『鈴音、パパに好きな人出来たら寂しい?』って。


当然僕は寂しいって答えたよ。
だって、僕にはもうパパしかいなかったから。
僕にはママもいないし、本当に信じられるのはパパしかいなかったから。いつも一緒にいられるのがパパしかいなかったから。
パパが僕の唯一のママでパパだったから。

丁度その頃、パパはよく一人の女を家に連れてきていたからなんとなくその女が好きなのかな?って僕は感づいていた。
その女の人は僕にも気さくに話しかけていて、度々手料理をご馳走してくれたし、何を思ったか服も作ってくれたこともある(スカートだったけど)。
豪快で少しがさつで前のママとはまったく違うはきはきとしたヒト。
ある意味では男らしい、すかっとした人。
パパはこの人を家に呼ぶときいつも嬉しそうな、はにかんだ笑顔を見せていた。

だからパパの好きなヒトなのかな?ってなんとなく気付いていた。
何より、二人の合わさる視線が、恋するものの瞳だった。
僕はパパの前でも猫被っているけど、いわゆるマセガキ≠チてやつでそういう恋愛事情をちゃんと小学生でも理解していたから。だから二人が恋人同士≠ゥお互いが好き会っている≠ニ気づいた。

パパを取られると焦った僕は、パパに隠れてその女にヒトをまるで姑みたいにいびったよ。
わざと作ってくれたご飯食べなかったりとか、すねて返事しなかったりとか。
(作ってくれた服は貰ったけど)

とにかく、その女に友好的な付き合いはしなかった。
僕は何よりも女≠フ人が怖かったんだ。今でも正直女の人は苦手。
クラスの女の子ならまだいいんだけど。
あの女の事もあるし…パパから僕を奪う存在になるかもしれないから。
だから、パパに新しいママが出来たら、僕は誰のものでもなくなるって…
怖かったんだ。もう、捨てられちゃうのが。
さよなら、って遠ざかる背中が。

誰にもいらないって言われるのが。

僕は何よりもそれがこわかったんだ。『僕はパパに好きな人出来たら悲しい。だって、パパは僕だけのパパなんだから。
パパは僕のでしょ?ね?』
『そっか。そうだな…パパも鈴が大好きだよ…』

僕の一人よがりの独占欲。
無理に僕の我侭に笑ったパパ
くしゃ、と僕の頭を撫でてくれたパパ。
その言葉を言って以来、パパがよく家に連れてきていた女は来なくなった。

また、僕のパパとの二人の家になった。また、元の家に戻った。
ただ、戻っただけなのに。
それから、パパは僕に隠れて悲しそうな顔をするようになったんだ。


パパが愛した新しいママ
パパが本当に好きなヒト。
パパが僕よりきっと、好きなヒト。


悔しいけれど、新しいママなんて欲しくはないけれど、僕はパパが好きだった。
だから、パパが悲しそうな顔をするのが一番嫌だった。
だって、僕はパパの息子。
誰よりもパパが好きな息子だったんだから。
悔しいけれど、僕はパパの一番≠ノはなれない。
だって僕は子供で、男でパパは家に連れてきた女の人が好きなんだから。


だから、僕はこっそりパパの手帳にかかれていたよく家にくる女(現在のママなんだけど)の家に乗り込んでいったんだ。

『パパを幸せにしなきゃ許さないっ』って。

僕は泣きながら言った言葉になんでか新しいママも泣いていたよ。
そうしてこう言ったんだ。

『君のパパを、誰よりも幸せにします』って。
ママは泣きながら、僕を抱きしめたんだ。


それから、新しいママは、また僕の家に来るようになって…、そしてパパと結婚した。
そして今に至るんだ。
大好きなパパが再婚した時は本当に嫌だったけど、今はママの連れ子【雄一】お兄ちゃんがいるから結果オーライってところかな。
こうやってお兄ちゃんは僕をあまあまに甘やかしてくれるんだから。
それにしても、パパが新しいママと結婚してからあんな夢、見なくなったのに。
「どうした…?怖い夢でも見たのか?」
「…イヤな夢、見た」

ぎゅっと、お兄ちゃんの胸元にしがみつく。
心臓が自分でもわかるくらいに五月蝿いくらいになっている。
自分でもどうしようもないくらい、震える体。
もう、あんな夢みないと思っていたのに、僕は意外に女々しい男だったらしい。

さっきの夢は、僕の本当のママとの最後の思い出…。
僕の誰よりも好きだったママは…
僕とパパを捨てて他の男の元へ行ってしまった。
僕とパパをあっさり捨てて。
僕は怖いのだ。
愛も、女の人も、捨てられるのも。



「お兄ちゃん、ちゅうして」
「すきって言って」
「大好き、お兄ちゃんが、大好き」


ねぇ、お兄ちゃん。
普段は猫被っている僕だけど…たまに。
本当に、たまに。

不安になるときがあるんだ。

また、僕を置いてしまうんじゃないかって。
僕を一人に、してしまうんじゃないかって。

時々、思ってしまうんだ。

僕がパパからお兄ちゃんを好きになったのも、本当は誰よりも誰かの一番になりたくて、
誰よりもすきって言って欲しくって。
誰よりも捨てられたくなかったからじゃないかって。

縋るような絶対的な愛を、お兄ちゃんに、求めているんじゃないかって。

自分に一方的な、愛を。
縋るような、鎖のようながんじがらめな愛を。

支配される、愛を。


「お兄ちゃん」
「鈴音…君」

お兄ちゃんが僕の頬を両手で包む。
温かい。
優しいお兄ちゃん。


僕は目を閉じ、お兄ちゃんの口付けを待った。

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百万回の愛してるを君に