ごちゃ倉庫

09/05

◎あついあつい夏


2015-12-15 10:14

あついあつい、夏




 “ソレ”が、何処まで続くのか、幼い僕には理解が出来なかった。


濡れ落ちる水音。
滴り落ちる汗。
濡れた唇


ハァハァとした、荒い呼吸。夕焼けがかかり、オレンジの色を映した瞳に眉をしかめたセクシーな顔。
戯れるように動く撫でやかな指先。


カチカチと妙に大きくなる時計。
暗い室内は、まるで僕と雅也しかいない世界のようだ。
無音の、この状況が、堪らなく心地よい。


 濡れる甘やかな音が、この室内を大きく支配している


「辛いか?」
「へーき」


へらりと笑う。
それを確認した雅也は、自分勝手に動く。雅也らしい。気を抜けば持っていかれそうだ。
少し僕も彼に合わせて動く。
その不規則な彼が奏でるリズムに。


 ハァハァと胸がお互いに上下運動している。
お互いにじっと、お互いを見やる。
雅也の瞳に僕が映り、多分僕の瞳にも雅也が映っているだろう。


僕、意外には今は誰も彼の瞳には映っていない。
この瞬間は雅也は僕だけのもの。
僕だけの、雅也なのだ。
僕は唇を尖らせ雅也に口づけをねだる。
雅也はそんな僕にふっと口の右端をあげ、笑いながら僕の口に丁寧に口づけを施していく。
最初は軽い啄むような口づけから、僕の全てを奪うような激しい口づけまで。
歯列までも、その舌先でなぞられた時は思わず背筋がゾクリとした。
雅也を求め枯渇するような、感覚が後から後から湧き出てくる。
 外では相変わらず蝉がミンミンと鳴いていて五月蝿い。未だに残暑厳しいこの気温だと、服を着てなくても後から後から汗が流れ出る。


「蝉…、」
「あ…」
「鳴いているね…」
「あぁ…」


 わざとらしい相づち。
聞く気も、ない癖に。
曖昧な返事。

まるで僕等の関係のようだ。

砂のような崩れ落ちる絆に、真夏のようなあっというまに終わる瞬間。

雅也の瞳には、僕が確かに映っている。


けれど僕等の未来は見えなかった。


こうして、誰よりも近くにいるのに誰よりも身近に感じるのに…


雅也が堪らなく、遠い。
まるで空虚で無感的
虚空で何もない


雅也は、どこか自由で空気のようだ。
掴めなくて触れなくて見えなくて。
だから、堪らなく僕は不安になる。

長い長いレールを独りきりで歩いているような感覚に陥るのだ。

先が見えないレール。

いつ後ろから電車が来るかもしれない、人生のレールに。


 ポタポタと雅也の汗が僕に降りかかる。
雅也の輪郭を滑るように落ちるそれは、ちょうど僕の胸に滴り落ちる。

じんわり、と落ちてきた生ぬるい汗は僕の体に染み込むよう。

僕の汗と混ざり合う。
僕のものか雅也のものかわからないぐらい、ぐちゃぐちゃに。


「泣きたいのかな…」
「あ…?」


少し身じろぎながら、僕の言葉に顔をしかめる雅也。
僕は何も言わずに雅也の背中に腕を回し、その綺麗な背中に爪を立てた。


「いっ…」


ぐっと背中に食い込む爪。
少し睨むように怒りを孕んだ雅也の目。
きっと数日間は爪痕となって残るだろう。
僕の、爪痕が。
こうして雅也を裸にし僕が残した、後が

そう考えると少し気分がよくなり、思わず口端をあがる。


雅也は突然微笑んだ僕を怪訝そうに見つめ、自分の唇の端を舐める。
きっと、雅也にはいつまで経っても僕のこの気持ちなんてわからないだろう。
わかろうと、しないのだから。


僕はそっと手前にある雅也の顔を両手で包みこんだ。
端正な唇にすっと高い鼻梁、涼しげな細い目。


その、全てが、僕を惑わせる。
まるで、麻薬のようだ。
彼の全てを欲しい欲しいと、常に彼に依存する僕は。


軽く、中毒なのかもしれない。


「泣きたいんだよ…蝉は」
「はぁ…」
「夏が…、終わる
命が…終わるって」



そう言うと僕はそっと雅也の肩を軽くあまがみした。
うっすらとした朱の鬱血が、そこにできる。


キスマーク。

所有の証。


雅也はあまりこういう行為をさせてはくれないけれど、僕は大好きだ。
雅也が僕のモノになったみたいで。



ダイスキ。



僕は目を閉じ、雅也に全てを委ねた。



ミンミンと蝉は鳴く。
誰も、蝉が鳴く意味なんか考えないし、ただ通り過ぎていく。
毎年毎年。
蝉は、地上に出てすぐに死ぬのに。
誰もが、その鳴き声に耳を傾けない。
ただの夏の風物詩として聞き流していくだけなのだ。
誰もが、その鳴く意味を知らないで。
ただ足早に夏を感じるだけ。









「ほら、水」
「ありがとう…」

雅也が僕に差し出したペットボトルを僕は礼を言って受け取った。
雅也はこういう所、マメなのだ。
終わった後は、さっさと帰らないし甘いピロトークはないにすれど、僕の隣にいてくれる。


今も。

雅也は夕焼けを見ている僕の隣に腰を下ろし、ペットボトルを片手に僕と同じように夕焼けを見ていた。


夕日が、雅也の顔に差し、彼の顔や髪がオレンジ色に染まる。どこか暖かみがあって懐かしいオレンジ色に。



「夏も、終わるね」
「…あぁ…」


軽く羽織っただけのYシャツからは雅也の厚い胸板が覗く。
あの腕に今まで抱かれていたと考えると、少し頬が赤くなる。

カチカチ…カチカチ
ミーンミン


時計と蝉の音が大きく部屋に響き渡る。

「雅也、」
「…なんだ」


この時間が堪らなく好き。


「この関係はいつまで続くんだろうね」


だけど、この関係は何の意味もなさない。


僕が男で、雅也も男だから。
生存本能でもなければ、子も宿らない。
欲が溜まれば吐き出し、体を重ねる。


僕等のこの行為はマウント、なのだろうか。
最近度々思う。

まるで、ただ性的本能だけで僕等はそばにいるんではないかと。
ともすれば、恋人でもない僕等がお互いに依存するかのようにそばにいるのもわかる気がする。


雅也は僕の問いかけに目線だけちらりと流し、ペットボトルを唇につけた。


上下する、喉仏。
口からはみ出し滴り落ちる、水。


口元を乱暴にシャツで拭う雅也。
やっぱり、何も僕が欲しい言葉を言ってくれない。


少し悲しくて床に視線を落とす。

雅也の綺麗に切りそろえられた爪が、視界に入ってきた。



ー何処まで続くの…?
この、不透明な関係は。
けして交わらない、レールのような関係は
誰も答えてはくれないし答えなんかしらない。
神様だけしか。




ミーンミン
カナカナカナ…

蝉と共にヒグラシも鳴く。
どこか寂しげな、儚い音。
 もう、夏も終わる。
終わるのだ。



「雅也…何処まで続くんだろう…
ずっとずっと、僕はいたいけど
きっと君はいてはくれないね」


臆病者の君だから。
そっと言葉を飲む。
変わりに無造作に置かれた雅也の大きな手に自分の手を重ねた。



「そばにいて…」

目を閉じ、口づけをねだる。

合わさった雅也の唇を感じながら、しきりに僕は蝉とヒグラシの音を聞いていた


 この、関係がどこまで続くのかわからなかった。
不安定な成長過程の僕達だから。
彼からの愛はない行為。
自慰的本能。


どこで終わるのかけして交わらない、レール
陽炎がユラユラと視界で揺れる。色のない炎が。


ソレが何処まで続くのか、いつまで続いくれるのか幼い僕には理解が出来なかった

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百万回の愛してるを君に