ごちゃ倉庫
◎幻
2016-3-16 14:30
幻
僕は彼が好きだった。
とても。
僕のすべてと言えるほどに。
彼を、愛してしまった。
それは、多分禁断の恋だったと思うけれど。
いけない、恋だったと思うのだけれど。
愛。幻想。
それは、泡沫の、幻…―。
とても儚く、緩い飛沫のような、儚い夢。
ガラスケースのような、儚き置物に置かれた物語。
例えばそれは、砂のように消える、幻の蜃気楼。
形のない、幻想の夢。
全ては幻。
幻
常に汚れた欲望が、僕の中を渦巻く。どろどろ、と、形容しがたい、汚い欲に塗れた感情。
色で表すと、其れは黒い色に近いかもしれない。
一般的には到底理解されない、異常な感情。
異常者。異端者。其れが僕を手っ取り早く現す言葉だ。
世間一般的には、僕のような人間は理解されないのだろう。
僕は黒い欲の塊に押し潰されながら、必死に右手を動かしていた。
ひたすらに、自分の妄想をぶつけ、空想し右手を動かす。
妄想のまま、止まることのない、右手。
頭の中の、卑猥な妄想。
繰り返される、擬態な幻。
ただそうする事で欲をはく事、その行為こそ、僕の空しい自慰(じい)的行動でもあった。
それ以外、僕には自分の感情を片付けるすべはなかった。
僕の、薄汚い欲望を鎮めるすべは。
この汚い欲を鎮めるすべは。
自分がペドである事を自覚したのは26の時であった。
ペド。
通称・「ペドフィリア」
ペドフェリア、というのは幼児に性的興奮や、振る舞い、衝動を起こす人間の事で、今日の精神医学においては、性嗜好障害とされている。
つまり、自分よりも幼い人間にどうしようもない性的欲求を持ってしまうタイプの人間を指す。
幼児にイケないことをしたくなる、人種。幼児を自分の欲求で傷つけてしまう犯罪者。
それが僕の事。
今風の言葉で言ってみれば、『ロリコン』『ショタコン』
それを更に病的に言うのが『ペドフィリア』だ。
僕は自分のこの小児好きという感情が、ただの《好き》ではない事をちゃんと理解していたし、ただの《子供好き》で片付けられない事もわかっていた。
小児が好きだ。
それも、ただの小児じゃない。同性の小児。
同性の、12歳くらいの子供。
つまり、男の子に僕は性的興奮を覚えてしまうのだ。
僕の名前は日下聡一(くさかそういち)。32歳。
独身。こんな僕だから今までもちろん彼女はいない。
というか、20過ぎた人間はどうも駄目だった。
生々しい人間の気配がして、手を出したくない、というのが本音だろうか。
大人にあるにつれて、人間は様々な事を学習していく。
でも、其れは時に汚い事すらも覚えていく。
僕の大人嫌いというのは、いわゆる思春期の年頃にあるセックスを嫌悪するのに似ているかもしれない。
汚い考えを持って育ってしまった大人、と考えると駄目だった。
もちろん、僕自身も大人になった自分に嫌悪していた。
出来れば、子供のままでいたかった。
まるで、ピーターパン症候群のようだけれど。
僕は、何も知らない欲のない子供のままでいたかったのだ。
僕は一度、刑務所に入った事がある。
僕の病気が発病し、男子幼児に手を出してしまったのだ。
確か、手をだしたのは小学校2、3年の可愛い男の子。
近所に住んでいた子だったと思う。
朝、僕がゴミ捨てにいくといつだって挨拶してくれたから。
無邪気で穢れのない瞳で、僕を見てくれた。
無垢で、真新しい干したての布団のようなふわふわとした笑顔。
まるで、何も知らないその姿は、地上に降りた穢れを知らないままの天使に似ていた。
―可愛い。
可愛い、と思ったら、もう駄目だった。
抑えられない欲求が爆発し、いつのまにか僕は彼を家に連れ去っていた。
所謂、誘拐、だ。
そして気づいたときには手にお縄がついていた。
その時は、ただ可愛い天使を手に入れた事に舞い上がっていて。
自分がしでかしたことがよくわからなかった。
法を違反した、犯罪者。悪い大人。
ニュースなんかでも、僕の事を大々的に報じられていたと思う。
連れ去った少年にはとても悪いことをした。
トラウマになっていないだろうか。
そう思う反面、
僕は抑えられない欲を常に胸に抱いていた。
悪い事をしたんじゃない。
ただ、好きなだけ。
ただ、幼児が好きなだけ。
病的に、愛しているだけ。
なのに、どうして受け入れてくれないんだ?
天使を、僕のものにしてはいけないんだろうか。
僕以上に、天使を愛している奴はいないのに。
翼を折っていないのに、どうして僕は咎められないといけないんだろう。
ただ、愛しただけ。
ただ、愛してしまっただけなのに。
この世界は、生きていくには実に苦しいものだった。
僕が好きなものが、好きとは言えない。
好きといえば、軽蔑されて、汚い豚小屋に追いやられる。
吐きたいくらい、この世界は秩序正しく回っていて、汚い世界だった。
綺麗に見せているだけの、胸糞悪い、世界だった。
だから、この世界には僕が好きな天使はいないのだ。
大人になると、しんでしまうのだ。
この汚い世界に染まって。
いっそ、何度も自分の思考に絶望し、しんでやろうかと思った。
死んだら、きっと楽になれるから。この息のし辛い世界から解放されるから。
でも、天使もいないかもしれない。
僕の愛する天使も。
激しいジレンマに襲われて、毎日毎日、繰り返されるテープレコーダのような毎日を過ごす。
それは実に、堕落的で刺激のない、つまらない人生だった。
同じ物語を何度も強制的に見せられているような、何の変化も面白くもない毎日だった。
あるとき、通院していたカウンセリングの先生が僕に言った。
妄想の世界でかけばいい。っと。
妄想ならば、どんな事をしても自由だから、と。
それに従い、僕は何作も何作も少年愛についての作品をかいた。
今まで、文書を書いたこともなかったのに、いざ少年のことを書こうとするとパソコンを打つ指が驚くほど動いた。
まるで操られたように。
僕の脳みそは、欲を吐き今までの鬱憤を吐くように妄想し、幻想の世界を作った。
それは、まるで乾いた木々に水をあげるようなもので、僕の脳はうねりを上げていけないと封じ込めていた妄想を描いた。
カウンセラーの先生にいくつか作品を見せ、たまたまカウンセラーの先生の友達の目に止まったのか…僕の作品は運よく書籍化することになった。
それだけじゃない。
僕の作品が目新しかったのか、はたまた先生の友人の売り方が良かったのか。
僕の作品はたちまちベストセラーとなり、今度、大物俳優たちを使って映画化されることになった。
僕は満足していた。
転落し犯罪者になった自分がここまで上がってきたことに。
いくら妄想しても、駄目だと言われない日々に。
これ以上ないくらい満足していた。
未だに僕を奇異な目で見ているやつもいるけれど。
でも、大半は全て小説家という鬼才≠ナ片付けられた。
もう僕を非難する人間はいなくなった。
人生は上々だ。
満足しているつもりだった。
心はいつも枯渇したように何かを求め、切望していても。
今の現状に満足しているつもりだった。
いや、満足していると思いこませていたのかもしれない。
「……」
ある日、家に帰ると…一人の少年がいた。
雪のように肌の白い、血の気の通ってなさそうな生気のない、少年。
少年は、これまた白いまるで透き通ったような着物を着て、僕の部屋の真ん中でうずくまっていた。
まるで生気のないその少年は…、座敷童のような、雪の子みたいなそんな非現実なもののようだった。
そして、瞳をあっけなく奪われるくらい、とても綺麗だった。
触れれば消えてしまう、儚い雪のように。
「君は…」
息を、呑む。
また僕の病気が知らぬ間に再発して、誘拐でもしたものかと思ったから。
いけない誘惑に負けるくらい、その子は確かに僕の理想そのものの子供だった。
「こんにちは」
少年は無表情で、僕に言った。
何故、少年がここへ?いや、少女か?
どうして、僕の家へ?
それも、僕が愛して病まない、子供が…。
いくつもいくつも疑問が頭に浮かぶ。
黒いさらさらした髪に、毀れそうな大きな濡れた瞳。
僕の半分にも満たない、小柄な体躯。
女の子のような…ふっくらとした薔薇色の唇と頬。
それら全てが、僕のなけなしの理性を崩そうとする。
必死に、欲を抑えて、努めて平然と怖がらせないように子供に声をかける。
驚かせたらこの綺麗な子供はきっと僕から消えてしまう。
そう、思ったから。
「君は…」
「僕はね、幻だよ。貴方が生み出した、幻」
子供は、淡々と言った。
そして、
「貴方をね、奪いにきたんだ」
徐に、僕の唇に自分の唇を重ねた。
ふっくらとした、それは甘い、中毒性のあるキス。
酔ってしまいそうな。
幸福感を感じる、キス。
理性が焼けたように、舌先で子供の唇を割り、口内を味わう。
それからはもう駄目だった。
僕はまるで、獣のように子供を押し倒し、子供の肌を露わにした。
まるで魅入られたように、身体の動きが止まらなかった。
僕は、飢えた獣のように子供の肌を嘗め回す。
自我が利かないその姿は、けしていい姿ではなかっただろう。
しかし子供は何の抵抗もせずに、僕の背に手を回した。
「きてよ、早く…」
子供は、やはり男の子だった。
理想の少年がいる。
僕の、僕が夢にまでみた天使が。
僕だけの天使が僕に笑い、僕の傍にいる。
穢れのない、美しい天使が。
「ねぇ…」
「なんだい?」
「得体の知れない僕が怖くないの」
「怖くないよ…僕は君を愛してる」
それからの生活は、僕にとってまさに初めて訪れた幸福といっていいかもしれない。
僕の理想の彼がいて。
僕に笑ってくれて。
僕の話を聞いてくれて。
最初は淡々と僕の話を聞いているだけで何の表情も見せない彼だったけど僕が延々と彼の世話をするようになったら、彼はだんだんと僕に表情を見せてくれるようになった。
冗談を言えば笑ってくれて。
悲しいときには、泣いてくれて。
寂しいときは、傍にいてくれて。
彼はとても不思議だった。
彼ならば、きっと大人になってもずっといたいと思えるかもしれない。今までの人生は彼に会うためのものだったのかもしれない。
彼とならば永遠に傍にそいとげたかった。
僕の隣に永遠に。
彼さえいれば、後のモノはいらなかった。
そういえば、彼は泣きそうな顔で笑っていたけれど。
でも、ありがとう…と言ってくれた。そうなったらいいね、と。
そうなりたい、ではなく、そうなったらいいね。
彼は確かに僕の言葉を喜ぶのに、どこか最後の一戦は何かを守っているようだった。
其れは何かは知らないけれど。でも、彼にしてみれば大事な何かなんだと思う。
僕は無理には聞こうとは思わなかった。
よく、鶴の恩返しとかで秘密をばらしたら消えてしまう妖しのものもいるから。
秘密を暴いただけで、彼がいなくなるなんて僕なら耐えられない。
彼さえいればそんな秘密知ろうとも思わなかった。
僕の人生は上々だ。
理想の彼がいて、毎日が楽しい。
彼とは暇さえあれば、遊びに出かける。
行ったこともない場所を。見たこともない景色を沢山二人で見た。
とても充実した、幸せな毎日だった。
なのにここ最近どうも身体の調子が悪かった。
病気…じゃないと思う。症状もただ、だるいだけ。熱は出ていない。
だけど体重は減り食欲は失せ、顔は2年分くらい、やつれた。
時より彼は痩せた僕を見て苦しげな表情をしていた。
僕は、彼といられてとても幸せなのに。
その苦し気な顔を見るたびに、僕まで辛くなった。
彼の不安を取り除けるような人間になりたいのに。
まるで、僕の身を案じ離れていこうとする彼に、いつも不安を抱いていた。
どうして、僕は彼を笑わせるだけの存在になれないんだろう。
どうして、僕は愛する人一人幸せに出来ないんだろう。
自分の身体なのに、酷く嫌だった。
「辛い…?」
まるで、自分のことのようにやつれる僕を気遣う君。
「大丈夫さ」
息苦しい時も、彼さえいれば僕には至福の時となった。
彼さえいれば。
「ここは、どこだい?」
ある日、彼は僕の手を引き、見たこともないような川に、僕を案内した。
周りの空は、薄暗い紫かかった、赤。
そして目の前の川は真っ赤な血のような、川。
初めて見る景色だった。
少し異世界風な見たこともない場所で怖いとも言える場所でもあったが、不思議と彼と一緒にいるということで恐怖は薄れていた。
どうしてだか、ここ最近の不調がとれたように今日は気分が良かった。
足取りも軽い。
周りは何もなく、薄暗い空の赤と、赤い色の川が流れているだけ。
他にはひとつ、川に燃えるような朱色の橋が架かっているだけだった。
不思議な場所だ。
寒くもなく、温かくもない。
彼は、僕の繋いでいた手を解き、タッと、橋へ走る。
続いて僕も追いかけようとしたが。
「ここにいける?」
彼の言葉に、歩みが止まった。
「すべてを捨てて僕だけを愛せる?ここに、これるの?」
泣きそうな顔で、その橋を指す。
揺れる、彼の瞳。
コクリ、と喉が嚥下する。
「ここにきて、僕を抱きしめてくれるの?永遠に愛してくれるの?」
ここにこれるの?
ここは…。
ここは、僕が知っているせかいじゃない。
僕が生まれ育った世界じゃない。
彼の、世界。
「僕と共に、いられる?全てを、捨てられる?」
悲痛な顔で彼は笑う。
頷けば、きっと僕は自分の世界に戻れはしないだろう。
そんな予感がする。その彼の真剣な瞳から。
でも、全てを捨てなければきっともう彼とも会えないだろう。
僕の理想とも言える彼と。
僕の、愛らしい天使とも言える唯一の、彼と。
彼の元にいけば、僕はもう元には戻れない。
彼を手に入れたいならば、全てを捨てなくちゃいけない。
人生の選択を迫られている。
「貴方といられて、楽しかった。でも、でも僕はね…貴方と違うんだ。
ずっと秘密にしていたけど僕は、人間じゃない。僕は…」
「泣かないで、くれ」
ぽろぽろと涙を零した彼に、言う。
「いられるよ」
僕は彼に向って、安心させるように優しく笑う。
彼がいれば、僕はどこにだっていられる。
どこだって、幸福になる。
例えそこが地獄でも。彼さえいれば。
全てを捨てたとしても。
「本当に?だって…」
「だって、君がいる」
「ぼ、僕…」
「君がいるなら、どんなところでもいけるよ」
そう、君さえいれば。
君さえいればどんな世界だって、僕にとっては綺麗なものになるんだ。
愛する、君さえいれば。
にっこりとほほ笑めば、彼は一瞬大きく目を見開き、ゆるゆると瞳に涙を溢れさせた。
―抱きしめたい。
衝動的に、彼を抱きしめるために腕が伸びる。
と、彼は僕が抱きしめる前に僕に背を向けた。
「僕に構わないで下さい」
ピシャリ、という彼。
その声は震えている。
今、どんな顔をしているんだろうか。
その顔が消えなくて歯がゆい。
「気付いているんでしょう?」
気づいているんでしょ?
うん、気づいている。
なんたって、僕は小説家。そして、妄想家。
非現実な事柄を考えるのは、職業病だから。
気づいているよ。ここが、現実じゃないことも。
君が、人間じゃないことも。
そして…。
「僕が案内した場所は…
この世ではない事を」
気づいて、いるんでしょう?
気づいて、いたよ。
ずっと、ずっと。
そんな君に惹かれてきたから。
ずっとずっと。
こんな日がくることも。
「僕に捕われたら」
「いいんだ…」
橋を渡り、ぎゅっと、少年を抱きしめる。
温かい。
とても…温かで。
その温かさは僕が望んでいた、唯一のものだった。
「僕の全ては君だから…」
君のいない世界は、其れは死んだものと一緒だ。
君を知ったら僕は…もう一人では生きていけない。
僕の世界は、君のモノ。
だから。
「君と、この世の終わりまでいたい。
それに僕は…−−」
―覚メナイ夢ヲ、
見テイタイ…。
「知っていまして?
あの小説家の話」
「あら、どんなお話?」
「あのベストセラー作家さんの話よ、最近映画になった」
「あぁ、あのミステリー作家さんの話ね。
少年愛やペドをかいた…、鬼才というか…。でも最近見ないわね」
「それがね、あの小説家さん、映画になった作品書いてからどうも可笑しくなっちゃったのよ。
虚ろな目をしてね。まるで魂がどこかにいったみたいに…
今も点滴で過ごしているらしいわ」
「怖いわねー。その作品に捕われちゃったのかしら」
「魂を持っていかれたのかもね。魅入られて」
―タトエバ、其レガ幻ノ世界デモ…。
其レデモ、幸セ。

