「速攻であんあん鳴いちゃって…、もう少し強がってくれなきゃ…なぁ…」

誰ともなしに呟いて、注文していた珈琲に口をつける。
探偵事務所のビルの下の喫茶店『メテオール』
ここには隆盛が愛してやまない恋人・千歳が切り盛りする喫茶店で、弟である光正もよく利用していた。

千歳が入れてくれる珈琲は、ここいら近所では贔屓目なしに1番美味しく、味にうるさい光正をも唸らせるほどだった。
しかし、ここ数日。
千歳がいれる珈琲の味が変わっていた。
そして、店内もここ数日混み合っている。


(…ん?また、違う…??)

すんすん…と珈琲の香りを嗅いで、光正は首を傾げる。

(しかも、美味いし…)
香りといいコクといい、今までの珈琲より格段に光正好みの珈琲になっている。


(千歳ちゃん、豆でも変えたのか…?
呑みやすいし、マイルドでいい味だな、おい)

光正は珈琲を飲み干して、勘定を取る。
千歳に挨拶を…と思い店内を見回したが、あいにく千歳の姿は店内には見えなかった。

(兄貴のとこか?それとも買い物か…。はたまた迷子にでもなっているか…)

度がつくほどの天然な兄の恋人を脳裏に思い浮かべ光正は苦笑する。
超がつくほどの理論派で頭がキレる名探偵の兄に対し、恋人の千歳は頭は悪くはないのだが天然でおひとよしで人の言葉を疑わない、嘘もつかないという聖人である。
名探偵という職業柄疑い深い隆盛に対し、千歳はとことん相手を信じるタイプである。
ひねくれた名探偵もこの恋人には頭も上がらない様子で、千歳を前にすると独占欲丸出しになったりところかまわずいちゃつくなど普段クールな名探偵はどこへいったんだ?と突っ込みたくなるほど人が変わる。

ただ、千歳はド天然なので、そんな名探偵の気持ちの10分の1も気持ちは伝わっていないようではあるが。

まるで中学生か…!と突っ込みたくなるような二人のやりとりは、はたからみると面白い。けして当事者にはなりたくないが。


「お客様…」

千歳のことを考えてぼんやりとしていた光正に、甘いハスキーな声がかかった。
うお…っと思わず声をたててしまうくらいの美声である。
聞いているだけで背中がゾワゾワとしてしまうくらいの、甘い声であった。
声がしたほうをみやれば、これまた美声の声にピッタリなイケメンが立っていた。


「お会計ですか?」
「あ、おう…」

にっこり微笑みかける彼は、喫茶店の黒いベストの制服をきていた。
どうやら、従業員のようである。

(最近はいってきたのか?
こんな美形、俺と違って一度あったら忘れねぇはず…)

目の前の男は、モブとはかけ離れた美形であった。
キャラメルを溶かしたような、飴色の髪に優しそうな甘いマスク。
王子様が絵本から出てきたらこんな感じ、そんな想像が具現化したようなイケメンがそこに存在していたのだ。
隆盛に負けず劣らないイケメンである。


(日本人…なのか?えらい美形だな、おい)
身長は、光正と同じくらいだろうか。
さすがにガタイは光正のほうがいいが、目の前の男も高身長である。
が、華奢というわけでもなく、極々一般的な男性の身体つきをしていた。

(そういや、最近女が多くなったのはこいつのせいか…。こんなモデルみたいな王子様がいたら、そりゃ、見にくるわな。
くそ…落ち着く喫茶店を奪いやがって)

つい、恨みがましい視線を男に送ってしまう。

光正はゲイであり、恋愛対象は男だ。
女はどれだけいようが目の保養にもならないし、うるさい女は苦手なのである。特に女子高生は大敵といっていい。

光正の眼光に、男は一瞬、息をのんだ。

(やべ…、従業員怖がらせちゃ、千歳ちゃんに怒られちまうな)
光正は小銭をだしレジにおくと、そそくさと立ち去ろうと男から視線を外し、店の扉に手をかける。
が、

「…お客様」
男に呼び止められ足を止めた。
男はジロジロと、光正を観察するような視線を向けている。


「な、なにか…?」
「いえ、すみません。僕の気のせいでした。
探している人間に似ていまして。
およびだてしまって、申し訳ありません」
「は、はぁ…」

(探してるって、まさかこいつも探偵か?
いやいや、まさかな…)

探偵だったら、こんな喫茶店で従業員なんてやっているわけないだろう。
光正は今度こそ、喫茶店から出ようと扉に手をかける。

「お客様」
「んだよ、まだなにか用…」

なにか用かよ…、という言葉は全て言い終わることなく、止まる。
男が光正に伸ばした手によって。


「やっぱり、いい形してますね。最高です」
ふにゅ、ふにゅっと男はシャツ越しに光正の胸を揉んでいた。

「…あ…あ…?」
「シャツ越しでもわかりますよ、ここに形のいい乳首があること…」
「は?な…なん…?」

なんで、こんな初対面の男に胸なんて揉まれているんだ?
それも昼間から喫茶店で…。


「変態野郎が…」
バリタチで男を啼かせるのが趣味という自分のことを棚にあげて、男の手をはたき罵れば男は晴れ晴れとした顔でニッコリと「お褒め頂き光栄ですよ」と笑った。


「素敵な乳首がそこにあったので、触らなければ失礼にあたるかと思いまして。
こんなエッチな身体しているあなたがいけないんですよ」
「俺は悪くねぇ。それに素敵な乳首なんてしてねぇ」
「ああ…そうですね。直に触ることができなくて残念です。もっとしっかり触らせてくれません?」
「誰がさせるか…。それに初対面の人間にそんなこといってるといつか捕まるぞ」
「幸い捕まったことはありませんね」

あいにく、顔はいいもので。
男は悪びれもなく、微笑む。

「千歳ちゃんには手出すんじゃねぇぞ。あと客にも。
もし出したら出るとこでるぞ。変態野郎」
「変態野郎とは僕のことでしょうか?」
「お前以外に誰がいるんだ。
ったく、千歳ちゃんもなんでこんな変態採用してんだか…」

悪態をつくが、男は飄々としている。
あとで千歳に言いつけてクビにしてやる。
そう決意し、男に背を向ける。


「ああ、お客様。ひとつ、忠告があります」
「あ?忠告?」
「ええ。上には上がいる…、変な自信は己を滅ぼすだけだと」
「ああ?どういう意味だ、こら」

俺より上?
やっぱりこいつは探偵なのか?
喧嘩腰に光正が問いかければ

「そのままの意味ですよ。ああ、あくまで忠告ですので。気に障ったのならすみません。
聞き流してくださって結構ですよ」

男は不敵に笑うと、ひらひらと手を振った。
 
頼まれていた男の尾行を終えて、光正が探偵事務所に帰ると、室長であり兄の隆盛が恋人の千歳といままさにセックスしようと襲いかかっているところであった。

千歳の細腰に手を回し身体を密着させており、隆盛のペニスは臨戦態勢ですぐにでも千歳の中に挿入されそうな状態であった。太ももはどちらともない白濁で濡れている。
果たしてこれが、何度目の交わりなのか。
はたまた、前戯の時点でヒートアップしてしまったのか…。


「…っあ、ああ、りゅ、りゅうせい…!
みつくんが…」
「いいよ、光正なんて…」

弟が見ていても隆盛は動じることなく、そのまま続行しようと千歳の太ももにペニスをこすり付ける。

「だ、駄目…んん…」
「見せつければいいだろ…」
「や、やだ…」

身体まで真っ赤に染め上げてイヤイヤと首を振る千歳を見て、隆盛はエロオヤジよろしくニヤニヤと笑っている。
光正はケッと呟くと、
「はいはい、お盛んですこと〜。何、兄貴3pご希望なの?」
と揶揄う。


「可愛い千歳を他の男になんか触らせるか…。見せるだけだ」
「あ、見せるのはいいんだな…。やべ…千歳ちゃんのプリケツ可愛いなぁ。
ペニスも小ぶりで可愛い…」

光正が素直な感想を口にしていたら近くにあった雑誌を思い切り投げられた。


「なにしやがる、兄貴…」
「千歳をそんな下品な目で見るな。俺の千歳だぞ」
「知るか。見せつけてきたのは兄貴だろ。だったら大事に監禁でもしとけ」
「監禁か…」

冗談で言ったのに、光正の言葉に隆盛は監禁もいいな…などと物騒な言葉を呟いた。
千歳はそんな隆盛にちょっと引き気味で、そろそろと身体を離す。
隆盛大好き!な純粋な千歳だが、基本常識人である。
なので時折こういった隆盛の過激な発言にひいている節もときもあった。


「それより、人をアシにして自分は千歳ちゃんとお仕事もせずイチャイチャってどうなのよ、それ。室長として」
「なにか問題が?」
「問題だらけだ。
なんで俺に仕事させて、室長であるてめえは恋人と職場の探偵事務所でしけこんでいるんだ、コラ」
「オフィスラブは男の夢だ」
「男じゃなくて兄貴のだろ」
「客ならこない。ちゃんと、クローズの看板出しておいた」
「ちゃっかりしてんじゃねーよ!
って、もし客が玄関で聞き耳立ててたらどうすんだ」
「聞かせればいいだろう。もっとも、千歳に惚れたとしたら半殺しの刑だがな」

隆盛はそういうと、千歳を引き寄せて、光正に見せつけるように顔中にキスを降らせた。

「もう…ダメだよ…」
「ん…可愛い、千歳…」
「……」

光正も結構いい加減なところはあるし、かなりゴウイング・マイ・ウエイだが兄貴様には叶わないと思っている。
口でこの理屈屋の名探偵に勝てた試しがないので、光正はそれ以上とやかく言うのを辞めて、今日の仕事の聴取を机に放り投げた。


「ちゃんと尾行したからな。あとは勝手に推理でもしてろよ、推理オタク。
それから…俺を使って警察から頼まれていた調査をするのもいいけどな…。
肝心な恋人の周りを調査したほうがいいと思うぞ…」
「え…、みつくん?なにを…」
「…どういうことだ…」

光正の言葉に千歳は焦り、隆盛は一気に不機嫌な顔で尋問モードに入る。

「千歳ちゃんの職場に滅茶苦茶色男が入ってきたんだよ。
長身で、180はあるかな。サラサラの髪の毛の王子様って感じの。
ありゃ、ハーフかな。とにかく男前の男がいたぞ。女の子がほっとかないって感じの」
「王子様、だと…」
「兄貴よりも下手したらイケメンかもしれねぇ。
可愛い千歳ちゃんにはお似合いのイケメンだったな。
ま、変態度合いは同じくらいかもしれねぇけどな…」

なんせ、いきなり男の胸を揉んできたくらいだからな…。
まごうことなく、変態である。
そういった意味ではイケメン度合いだけじゃなく兄貴とも対抗できるのか…なんて光正がぼんやり考えていたら、隆盛と千歳は言い争いを始めた。

俺はそんなやつ知らないぞ、という隆盛に対して、だって僕のお店だから従業員くらい好きに選んでいいでしょ、という千歳。

昔の隆盛は、推理オタクで千歳のことなんて眼中にないとっても薄情な男だったのだが、一度千歳と別れて捨てられて以来、心を入れ替えたように千歳命の男になった。

その独占欲は結構なもんで、仕事中でもメールはしょっちゅうしているし、千歳色目を使う男がいたならば、その男を徹底的に調べ上げた上で、直接会いに行きあらゆる脅しをしてきた…らしい。

千歳が今働いているのは、探偵事務所の下の階の喫茶店なのだが、そもそも探偵事務所が入っているビル自体が隆盛のもので、恋人である千歳に1Fを貸し出しているのだった。なので、店長はあくまで千歳だがオーナーは隆盛である。

すっかり喧嘩モードに入った2人は裸のまま、言い争っている。
喧嘩の引き金をひいた光正のことなど忘れて。

ざまあみやがれ。
散々イチャコラを見せられた身分としては、少し溜飲が下がる思いで光正は舌を出す。
光正のような貞操感皆無なヤリチン男に、濡れ場は毒である。
人よりも性欲があると自負している正光は、昼間でも自分好みの男がいればすぐに下半身を熱くしてしまうような、男なのだ。


言い争っている2人をそのままにして、光正は探偵事務所から出て3Fへ階段であがった。
このビルの説明をすると、1Fが喫茶店そして2Fが探偵事務所で、3Fが仕置屋の事務所、そして4階より上が普通の住居になっていた。
百万回の愛してるを君に