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翌朝。
光正が探偵事務所に行くと、頬に大きな引っ掻き傷を作った隆盛に遭遇した。
隆盛は難しい顔をしながら、デスクに踏ん反り返っている。
「どしたの、それ…」
「子猫にやられた…」
「子猫…って、ああ、千歳ちゃん?なんだってまた…喧嘩でもした?」
「ああ、お前のせいでな…」
ジロリ、と隆盛が光正を睨みつけると、光正は「たはは…」と情けなく頭をかいた。
あの後、どうやら喧嘩はヒートアップしていたらしい。
あんな顔して千歳ちゃん以外にやるなぁ…、なんて喧嘩の引き金をひいた張本人の光正は他人事のように思いながらお気に入りのソファに座った。
「でも、俺は報告しただけじゃん?兄貴に黙って雇ったのは千歳ちゃんだし。案外、兄貴に飽きて…、って嘘だって。冗談だって、千歳ちゃんが兄貴以外に目を向けるわけないだろう?」
「千歳が俺を好いていても、相手が勝手に千歳に惚れる場合もあるだろう。
俺が見ていない間に、千歳にアプローチされたらどうする。
あまつ、いたいけな千歳に邪な手を伸ばしたら…」
「妄想のしすぎだって。その妄想は推理だけにしとけってば…。
それに邪な手って…、散々千歳ちゃんのこと抱いているんだし、たまにはいいんじゃないの?他のやつと共有するのも…」
名案だとばかりに光正が提案すれば、隆盛は白い目で光正を見つめた。
「脳みそガバガバの貞操観念なしのヤリチンめ…、誰が愛する恋人を共有したいと思うか」
「はいはい。どうせ貞操観念ガバガバだよ。んでも、特定の恋人いないんだから、別によくねぇか?誰にも迷惑かけてねぇし」
「病気うつってもしらんぞ」
「そこは気をつけてるって…。
それに、最近誰かさんがあんまり仕事くれないから、俺干からびそうなんだけど…」
「仕事…?やっているではないか…」
「あんな張り込みの仕事じゃなくてさ…」
ぶつくさを愚痴をいう光正は、体力はあるのだが、あまり張り込みや尾行が好きではない。
隆盛から光正に回される仕事は大抵、張り込みだったり尾行が多かった。
「兄貴様は名探偵だから華々しく事件解決してるけどさー。
俺がやっていることってストーカーみたいじゃねぇか?」
難事件を解決するのは、隆盛。そして、その隆盛の足となるのが光正である。
類い稀なる頭脳の隆盛は、幼い頃はアメリカで過ごしており、アメリカの警察学校を出ている。
元々、隆盛は探偵ではなく警察官だった。
その頭脳で、迷宮入りの難事件をいくつも解決に導いていたが、あまりに優秀すぎて上からやっかみを買い、とある事件を機に警察をやめて探偵になったのだった。
今でも隆盛をやめさせた警察のお偉さんから目をつけられているものの、隆盛の同期だった刑事が時折難事件解決の為隆盛に依頼をするのだった。
昨日隆盛に任された張り込みも、警察から事件真相を依頼されたもので、隆盛の指示を受けて光正はひたすら刑事でもないのに張り込みをしたのだった。
「探偵の仕事は本当は地味なもんだ。所詮、人の秘密暴きなんだからな。
ここ最近は何でも屋みたいな探偵も多いらしいぞ。
それを考えたらちゃんと探偵としての仕事があるんだから文句をいうな…」
「って、いってもな…」
「ちゃんと、お前がにだってメリットがあるようにしてやっているだろ。お前が好きなクズ男≠紹介しているんだからいいじゃないか…」
「それを言われると痛いな…。確かに美味しく頂いている…」
だが、昨日の仕事は本当につまらなかったのだ。
張り付いているタイプも光正のタイプと大きく離れていたから尚更である。
光正は放り出されっぱなしの机の上の調書を見て苦々しく顔を顰めた。
「クズ男…か。そういえば…、クズで思い出したんだが…」
ふと隆盛は、思い出したように口にすると「いや…やっぱり」と言葉を濁す。
「なんだよ、中途半端に言いかけて…、気持ち悪りぃな」
「いや、噂レベルで聞いた話だから…」
「…噂…?」
なんだよ、はっきり言えよ。
中途半端なのは身体に良くねぇぞ。
一度全部出してスッキリしろ、と光正がせっつけば、隆盛はしぶしぶ口を開いた。
「俺がアメリカにいた時流行ったやばいクスリが、どうやら日本でも流行り始めているらしいんだ。
ついこの間、警察関係のやつから聞かされてな」
「クスリ…?」
「違法ドラック…だと思う。
詳しいことは俺も知らないんだが、かなりヤバイらしい。
警察の上層部の連中が慌てて動くくらいだからな。
普通のドラックなんかに比べてかなり危険性があるようだ」
「ふぅん…」
光正は興味なさそうに相槌を打つと、ソファに寝転ぶ。
足を投げ出して、スマホを眺めているその姿は非常にだらし無い。
今、探偵事務所に客が来たらきっと眉を寄せてしまうだろう。
「他人事だな…。お前にも関係あるかもしれないことなんだぞ?」
「あ?ねぇよ。俺、クスリなんてそんな危険なもんつかわねぇし。SMちっくなことはするけど、健全なのよ?俺が使うのは食べ物くらい…」
「食べ物を粗末にするな…阿呆」
SMは健全なのか…というツッコミは、この兄弟にはないらしい。
「それに、お前は使わなくても相手が使うかもしれないだろう?
このドラックが流行っているのは、夜の街…。ハッテン場とか、風俗とかそういった性を売り物にする店らしいしな。お前なんてよく男漁りにハッテン場にいくだろう…」
正光自身は薬を使わないが、確かに、その手のお店で薬を使わないか?と誘われたこともあるし、飲み物に盛られそうになったこともある。
稀に、正光のような男を犯したいと思う男もいて何度か危険な目にあったこともあった。
全て未遂で終わった為、未だに正光は後ろを使ったことはなく、抱かれる側の体験はしたことない。
「怖いからね、クスリは。らりっちゃって正常じゃいられなくなるし…」
「やっているかのような口ぶりだな」
「だから違うって。直で見ただけだって。
ドラックって、MAMDみたいなぶっとんじゃう系のやつ?」
MAMD…
違法ドラックであり、強い興奮や高揚感を得られるためセックスに用いられることがある。
尋常じゃない性欲になり、全身が性感帯になってしまったような快楽に襲われるらしい。
危険薬物であるが、クスリ服用時の幸福感を得られたいがために、薬物中毒になるものが多い。
「すっごく仲良くなれる薬だよ…って、使われそうになったけど…。あれ系のセックスドラックか?」
「さぁ…?詳しくは知らないが、それに近い中毒性はあるらしい。
警察の間ではスティンガー≠ニ呼ばれているらしいぞ」
「スティンガー…?」
「和訳すると、毒針だな…。」
「毒針ねぇ…。おっかない名前だな」
「名前通りのかなり厄介らしいな、その薬は…」
「物騒な世の中なもんで…。
ま、気をつけとくよ…」
ふああ、とあくびを噛み殺しながら言うと、ぐぐ、っと手足を伸ばしソファで伸びをする。
(絶対に、明日になったらこの単細胞の弟は忘れるだろうな…。話すだけ時間の無駄だったか…)
隆盛は、だらしなく寝そべる光正を一瞥し、ため息をついた
光正が探偵事務所に行くと、頬に大きな引っ掻き傷を作った隆盛に遭遇した。
隆盛は難しい顔をしながら、デスクに踏ん反り返っている。
「どしたの、それ…」
「子猫にやられた…」
「子猫…って、ああ、千歳ちゃん?なんだってまた…喧嘩でもした?」
「ああ、お前のせいでな…」
ジロリ、と隆盛が光正を睨みつけると、光正は「たはは…」と情けなく頭をかいた。
あの後、どうやら喧嘩はヒートアップしていたらしい。
あんな顔して千歳ちゃん以外にやるなぁ…、なんて喧嘩の引き金をひいた張本人の光正は他人事のように思いながらお気に入りのソファに座った。
「でも、俺は報告しただけじゃん?兄貴に黙って雇ったのは千歳ちゃんだし。案外、兄貴に飽きて…、って嘘だって。冗談だって、千歳ちゃんが兄貴以外に目を向けるわけないだろう?」
「千歳が俺を好いていても、相手が勝手に千歳に惚れる場合もあるだろう。
俺が見ていない間に、千歳にアプローチされたらどうする。
あまつ、いたいけな千歳に邪な手を伸ばしたら…」
「妄想のしすぎだって。その妄想は推理だけにしとけってば…。
それに邪な手って…、散々千歳ちゃんのこと抱いているんだし、たまにはいいんじゃないの?他のやつと共有するのも…」
名案だとばかりに光正が提案すれば、隆盛は白い目で光正を見つめた。
「脳みそガバガバの貞操観念なしのヤリチンめ…、誰が愛する恋人を共有したいと思うか」
「はいはい。どうせ貞操観念ガバガバだよ。んでも、特定の恋人いないんだから、別によくねぇか?誰にも迷惑かけてねぇし」
「病気うつってもしらんぞ」
「そこは気をつけてるって…。
それに、最近誰かさんがあんまり仕事くれないから、俺干からびそうなんだけど…」
「仕事…?やっているではないか…」
「あんな張り込みの仕事じゃなくてさ…」
ぶつくさを愚痴をいう光正は、体力はあるのだが、あまり張り込みや尾行が好きではない。
隆盛から光正に回される仕事は大抵、張り込みだったり尾行が多かった。
「兄貴様は名探偵だから華々しく事件解決してるけどさー。
俺がやっていることってストーカーみたいじゃねぇか?」
難事件を解決するのは、隆盛。そして、その隆盛の足となるのが光正である。
類い稀なる頭脳の隆盛は、幼い頃はアメリカで過ごしており、アメリカの警察学校を出ている。
元々、隆盛は探偵ではなく警察官だった。
その頭脳で、迷宮入りの難事件をいくつも解決に導いていたが、あまりに優秀すぎて上からやっかみを買い、とある事件を機に警察をやめて探偵になったのだった。
今でも隆盛をやめさせた警察のお偉さんから目をつけられているものの、隆盛の同期だった刑事が時折難事件解決の為隆盛に依頼をするのだった。
昨日隆盛に任された張り込みも、警察から事件真相を依頼されたもので、隆盛の指示を受けて光正はひたすら刑事でもないのに張り込みをしたのだった。
「探偵の仕事は本当は地味なもんだ。所詮、人の秘密暴きなんだからな。
ここ最近は何でも屋みたいな探偵も多いらしいぞ。
それを考えたらちゃんと探偵としての仕事があるんだから文句をいうな…」
「って、いってもな…」
「ちゃんと、お前がにだってメリットがあるようにしてやっているだろ。お前が好きなクズ男≠紹介しているんだからいいじゃないか…」
「それを言われると痛いな…。確かに美味しく頂いている…」
だが、昨日の仕事は本当につまらなかったのだ。
張り付いているタイプも光正のタイプと大きく離れていたから尚更である。
光正は放り出されっぱなしの机の上の調書を見て苦々しく顔を顰めた。
「クズ男…か。そういえば…、クズで思い出したんだが…」
ふと隆盛は、思い出したように口にすると「いや…やっぱり」と言葉を濁す。
「なんだよ、中途半端に言いかけて…、気持ち悪りぃな」
「いや、噂レベルで聞いた話だから…」
「…噂…?」
なんだよ、はっきり言えよ。
中途半端なのは身体に良くねぇぞ。
一度全部出してスッキリしろ、と光正がせっつけば、隆盛はしぶしぶ口を開いた。
「俺がアメリカにいた時流行ったやばいクスリが、どうやら日本でも流行り始めているらしいんだ。
ついこの間、警察関係のやつから聞かされてな」
「クスリ…?」
「違法ドラック…だと思う。
詳しいことは俺も知らないんだが、かなりヤバイらしい。
警察の上層部の連中が慌てて動くくらいだからな。
普通のドラックなんかに比べてかなり危険性があるようだ」
「ふぅん…」
光正は興味なさそうに相槌を打つと、ソファに寝転ぶ。
足を投げ出して、スマホを眺めているその姿は非常にだらし無い。
今、探偵事務所に客が来たらきっと眉を寄せてしまうだろう。
「他人事だな…。お前にも関係あるかもしれないことなんだぞ?」
「あ?ねぇよ。俺、クスリなんてそんな危険なもんつかわねぇし。SMちっくなことはするけど、健全なのよ?俺が使うのは食べ物くらい…」
「食べ物を粗末にするな…阿呆」
SMは健全なのか…というツッコミは、この兄弟にはないらしい。
「それに、お前は使わなくても相手が使うかもしれないだろう?
このドラックが流行っているのは、夜の街…。ハッテン場とか、風俗とかそういった性を売り物にする店らしいしな。お前なんてよく男漁りにハッテン場にいくだろう…」
正光自身は薬を使わないが、確かに、その手のお店で薬を使わないか?と誘われたこともあるし、飲み物に盛られそうになったこともある。
稀に、正光のような男を犯したいと思う男もいて何度か危険な目にあったこともあった。
全て未遂で終わった為、未だに正光は後ろを使ったことはなく、抱かれる側の体験はしたことない。
「怖いからね、クスリは。らりっちゃって正常じゃいられなくなるし…」
「やっているかのような口ぶりだな」
「だから違うって。直で見ただけだって。
ドラックって、MAMDみたいなぶっとんじゃう系のやつ?」
MAMD…
違法ドラックであり、強い興奮や高揚感を得られるためセックスに用いられることがある。
尋常じゃない性欲になり、全身が性感帯になってしまったような快楽に襲われるらしい。
危険薬物であるが、クスリ服用時の幸福感を得られたいがために、薬物中毒になるものが多い。
「すっごく仲良くなれる薬だよ…って、使われそうになったけど…。あれ系のセックスドラックか?」
「さぁ…?詳しくは知らないが、それに近い中毒性はあるらしい。
警察の間ではスティンガー≠ニ呼ばれているらしいぞ」
「スティンガー…?」
「和訳すると、毒針だな…。」
「毒針ねぇ…。おっかない名前だな」
「名前通りのかなり厄介らしいな、その薬は…」
「物騒な世の中なもんで…。
ま、気をつけとくよ…」
ふああ、とあくびを噛み殺しながら言うと、ぐぐ、っと手足を伸ばしソファで伸びをする。
(絶対に、明日になったらこの単細胞の弟は忘れるだろうな…。話すだけ時間の無駄だったか…)
隆盛は、だらしなく寝そべる光正を一瞥し、ため息をついた