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隆盛からクスリの話を聞いた数日後。
その日は仕置屋の仕事もなく、かといって探偵事務所にも仕事が来ておらず、光正は一日フリーだった。
いつも些細なことで光正をこき使う隆盛も、朝から1人で何処かへいっているようだった。
パチンコでも打ちに行くか…とダラダラと事務所兼家のビルを出たところで、顔見知りに捕まった。
吉澤泰造《よしざわたいぞう》。
隆盛の警察時代の同期であり、今でも隆盛を慕い難事件を持ってくる刑事である。
吉澤は光正を見つけるなり、走り寄って、今暇か?と尋ねてきた。
クマのように大柄でのっそりとした動きが特徴の吉澤は、警察時代は隆盛とは相棒《バディ》のような関係であり、名コンビだったらしい。
単純明快でお人よしの吉澤と屁理屈の塊の隆盛は、真逆の性格であったが息があい、お互いにお互いを認め合っているようであった。
吉澤が警察を辞めた隆盛の元に難事件を持ってくるのは彼の頭脳を見込んでのことだし、隆盛も隆盛で吉澤の依頼を断らずに受けているのも彼なりに吉澤に心許しているからのようだった。
隆盛が警察を辞めて1番悲しんでいたのは、この相棒である吉澤だった。
「なに、泰造。兄貴に用か?」
革ジャンのポッケに手をつっこんだまま隆盛が尋ねれば、
「いや、お前に用だ」と答えた。
「俺?なんだ…?」
「ちょっと聞きたいことがある…。」
「聞きたいこと…?」
なによ…?と視線を投げかければ、吉澤はきょろりと辺りを伺い
「ここじゃなんだ…。近くの喫茶店で話さないか?」
といった。
「重要なこと…?」
「あんまり人に聞かれたくない」
「人に聞かれたくない話ね…」
どうやら、簡単に立ち話で終わる話ではないらしい。
(俺に話ねぇ…しかも聞かれたくない話、ってなんだ?兄貴じゃないのか…?)
吉澤と光正が知り合って何年も経つが、わざわざ畏まって話がしたいと吉澤の方から声をかけてくるのは稀だった。
いつもは声をかけるのは光正の方だった。
わざわざなんの用だろう?と気になったが、どうせ他愛ない世間話だろう、と光正は呑気に考える。
「んじゃ、千歳ちゃんの店、いく?」
「千歳…って、隆盛の恋人の店か。そこにしよう」
吉澤を伴い、千歳の店に行くと千歳の姿はなくあのイケメンの姿もなかった。
隆盛に辞めさせられたのかな…、などと思いながら、光正はウエイトレスに案内された席につく。
ホットサンドと珈琲を頼むと、吉澤も同じものを注文した。
注文を聞くと、ウエイトレスは「失礼します」とメニューを下げてカウンターへ戻って行った。
「…光正、最近、お前変なことに巻き込まれていないか?」
「は?」
席に座って開口一番に口にした吉澤の言葉に、光正は間抜けな声を出す。
「変なこと?」
「いや、危ないこと、してないか…かもしれん」
「そんなこと、してないぞ…」
一瞬、仕置屋のことかと思ったが、刑事である吉澤にわざわざ言う必要はない。
隆盛の恋人・千歳すら副業で隆盛と光正たちが仕置屋をやっていることを知らないのだ。
やっていることがやっていることだけに、危険であるし、まっとうな仕事でないことは理解していた。
依頼されて復讐も兼ねて仕置きをしているものの、そもそも裁判官でもないのだからどんな理由であれ他人を傷つけていいわけはない。
咎められれば、言い訳できない。
とくに、吉澤のような正義感の塊のような男に知られればきっと縁を切られてしまうだろう。
光正は、吉澤には人一倍知られないように最新の注意を払っていた。
「なんで急にそんな…?」
「お前を調べている…って男がいてな」
「俺を…?」
「ああ。といっても、俺たち1課じゃなくて、組織犯罪対策部の5課のやつなんだけどな…」
「…組織犯罪?」
なに、俺、なんか犯罪組織に巻き込まれているの…?
聞きなれない言葉に訝しげな視線を送れば、吉澤は困った顔で言葉を続ける。
「主に組織的犯罪≠摘発するところだな。暴力団の麻薬だとか…そういったのを壊滅するために動いている部署だ。時には麻薬の密売なんかにも踏み込むし…かなりハードな部署だ」
「ま、麻薬…?なんだって、俺が…?」
「知らん。だから、聞いているんだ…。なにかしたか…と」
光正が混乱しているように、吉澤も混乱しているらしい。
吉澤の話によると、最近になって、普段交流のない組織犯罪対策本部の人間が光正のことを事細かに聞きにきたらしい。
なんで光正のことを?と尋ねたのだが、捜査の一環だからと何故調査したかは頑なに秘密にされたようだった。
光正が隆盛に頼まれて張り込みや聞き込みをしていた、今まで関わってきたファイルまでもが、ごっそりと資料室からなくなっていたらしい。
「お前に限って麻薬なんて、ありえねぇ…って思ったけどよ…。なんかモヤモヤしちまって…」
「それは…ありがとう。だけど、いいのかよ。わざわざ俺に話しちゃって…。俺が本当に麻薬やってたら、そんな情報流しちゃダメだと思うんだけど」
もちろん俺はしてねぇけどよ…と呟けば
「お前はそんなことしないだろ…。麻薬だなんて…」
吉澤は真剣な表情で、「俺はお前を信じている」と言った。
こういう熱血漢な台詞をさらりと言えるのが、この吉澤という男である。
吉澤の言葉は純粋な好意であり、そこに恋愛感情はない。
誰にでもこんな風なのだ。
熱血漢で真っ直ぐな裏表のない刑事らしい男。
それが、吉澤である。
「凄い信頼されてんだな…」
「お前は、隆盛の弟だからな…」
「おいおい…、それって俺じゃなくて兄貴を信頼してるってことか?兄貴の弟だから信じてるっていうの」
「そんなことは言ってない。」
「言ってるって、さっきの言葉じゃ…」
苦笑していると、頼んでいた珈琲とホットサンドがやってきた。
同じものを頼んでいた吉澤の分もある。
光正は目の前に置かれたホットサンドをぱくつきながら、「それで…」と切り出す。
「俺を調べているのって誰なの?
その組織犯罪対策?ってとこ、全体で調べていたりすんの?」
ー俺はそんな重要人物か?
光正の問いかけに、吉澤は首を振る。
「第5課の知人に聞いたんだが、高倉って男が指示を出しているらしい」
「高倉…きかねぇな…」
高倉と聞いても、名前に聞き覚えはない。
今まで光正が仕置きしていた男の中にもそんな苗字の男はいなかったと記憶している。
偽名だったり、名前を変えたということがなければ、光正からしてみれば、覚えのない苗字だ。
「うちでは相当な有名人だぞ。隆盛と同じくらい人気だった。
高倉も高倉で相当頭が切れるやつだからな…。
執念深くて、麻取に負けず劣らず囮捜査もするやつだし、ヤクザ相手の銃の撃ち合いにも、臆せず行くって野郎だからな。普通、人間どこかしらで恐怖がありそうなもんだが…あいつにはそれがねぇ。どんなに危険な任務でも笑って自分がいきます、って言っちまうやつだ」
「はぁ…、すげぇな…。それはまた…」
そんな人間からしてみれば、光正の強面フェイスなんて可愛いものだろう。
ヤクザ相手にしている…って、どんな強面なおっさんなんだろうか。
「ただ、何考えてんのかわかんねぇ。こういっちゃなんだか不気味なんだよな…。
酷く顔の整ったロボットみたいな。
それに、結構目的の為なら手段を選ばない人間らしい。
まだ隆盛の方があいつに比べたら、幾分人間味があると思う。
昔の隆盛も、手段のためなら…ってところはあったけど…今はだいぶ丸くなったと思うぜ。隆盛と組まされた時はもっと嫌なやつだったからな」
(今はだいぶ…ね…)
言葉の裏にある吉澤の切ない感情に気づいた光正は、口許をあげて静かに苦笑する。
吉澤自身は無自覚だったのだが、彼は隆盛が警察に勤めていたときから彼に惚れていたのだった。
神保といい、吉澤といい、隆盛という男は本当に魔性の男である。
神保はともかくとして吉澤なんて、それまでノーマルであったのに無自覚で惚れさせているというのだから、恐れ入る。
「あいつがわざわざ目をつけるってことは、お前が何かしら事件に関係していると思ったんだがな…」
「俺の強面な顔が原因で、ヤクザと関わりがあると思われてんじゃねぇか?俺、よくいくハッテン場でも言われるぞ。ヤクザと関わりある?ってな…」
「そんな憶測で判断はしないはずなんだけどな…」
吉澤は、苦々しく笑う。
(麻薬ねえ…そういえば…)
麻薬といえば、隆盛からも危ない薬が出回っていると聞いていた。
隆盛は警察つながりで吉澤から薬のことを聞いたんだろう。
「泰造。今厄介な薬が出回っているんだっけ?」
「ああ。隆盛から聞いたのか?」
「聞いたと言っても具体的なことはなにも…。
スティンガー、だっけ?」
「そうだ。通称、毒針。
これも、5課が追っている案件なんだがな…、ここ最近、異様なスピードで出回っているらしい。この薬がどんな状態になるのか、俺たち1課の人間にはさっぱりなんだが…。
とにかく中毒性の高い薬であることは確からしいぞ」
「ふぅん…。そんな凄い薬なんだな」
頬杖をつきながら、光正は他人事のように呟く。
「そう…。というか、ここだけの話、隆盛にもこのクスリの元締めを逮捕する為に協力できないか…って上の役員が頼みにきたらしいんだ」
「…兄貴が?麻薬取締なんて畑違いだろ…。殺人とか犯人を推理するならまだしも…」
あくまで隆盛は名探偵ではある。が、占い師ではないので、元締めを探してと言われてもすぐに見つけることなど不可能だろう。
それに、光正と違って頭脳はあっても運動神経がいいわけでもない。麻薬密売の現場などについていってもお荷物になるのがオチだ。
「隆盛の警察時代の検挙率は凄かったからな。すがりたいんだろ。当然、こんな話、隆盛は話を断ったらしいが、高倉が怒ったみたいでな。
僕が組織を壊滅させます、って張り切っているらしいぞ」
「…そうなんだ…。って、その高倉さんに調べられているのも、俺が兄貴の弟だから目をつけられたとかそういうオチなんじゃないのか?」
「そんなオチだったらいいんだけどな…。って、ごめんな、呼び止めて。今日はどっかいくつもりだったんだろ?そんなラフな格好だしよ…」
本日の光正の格好は、革ジャンに、ジーンズという非常にラフな格好である。
が、張り込み中などもこういったラフな格好をするので、別段特別なかんじはない。
どうせパチンコにいくつもりだったから気にすんな…と正光が言いかけたところで、
「…なんだ……」
吉澤の顔が険しい顔で、突然キョロキョロあたりを見回した。
「泰造…?」
「…視線が…」
「視線…?」
吉澤に言われて、あたりを警戒して見回す。
店内には女子高生2人組と、30代くらいの男が4人。50代が2人。
それぞれバラバラの席に座っている。
「なに、ヤバイ系…?」
こっそりと聞けば、しばらく吉澤は険しい顔をしたまま周囲を伺っていた。
「見られてるのか…?」
「…いや、すまない、気のせいだったようだ」
険しかった顔を緩めて、吉澤は詫びる。
「そう…?ならいいけど…」
「すまない…。色々調べられてる…って俺のほうが視線に敏感になってるみたいだ…。不安にさせたか?」
「まさか…。俺を誰だと思ってるんだよ、泰造」
吉澤に光正が笑いかければ、そうだったな…、と笑い返される。
(ほんと、いいやつなんだよな…泰造って…。
ま、ちょっとお人よしすぎて馬鹿だけどな…)
吉澤は珈琲を飲み終えると、まだ仕事があるから…と1000円札を机に置く。吉澤が光正の分まで払ってくれるのは、いつものことだ。
去り際に吉澤は「捜査対策本部がなんでお前のことを調べているかわかったら、また連絡する」といって、慌ただしく出ていった。
その日は仕置屋の仕事もなく、かといって探偵事務所にも仕事が来ておらず、光正は一日フリーだった。
いつも些細なことで光正をこき使う隆盛も、朝から1人で何処かへいっているようだった。
パチンコでも打ちに行くか…とダラダラと事務所兼家のビルを出たところで、顔見知りに捕まった。
吉澤泰造《よしざわたいぞう》。
隆盛の警察時代の同期であり、今でも隆盛を慕い難事件を持ってくる刑事である。
吉澤は光正を見つけるなり、走り寄って、今暇か?と尋ねてきた。
クマのように大柄でのっそりとした動きが特徴の吉澤は、警察時代は隆盛とは相棒《バディ》のような関係であり、名コンビだったらしい。
単純明快でお人よしの吉澤と屁理屈の塊の隆盛は、真逆の性格であったが息があい、お互いにお互いを認め合っているようであった。
吉澤が警察を辞めた隆盛の元に難事件を持ってくるのは彼の頭脳を見込んでのことだし、隆盛も隆盛で吉澤の依頼を断らずに受けているのも彼なりに吉澤に心許しているからのようだった。
隆盛が警察を辞めて1番悲しんでいたのは、この相棒である吉澤だった。
「なに、泰造。兄貴に用か?」
革ジャンのポッケに手をつっこんだまま隆盛が尋ねれば、
「いや、お前に用だ」と答えた。
「俺?なんだ…?」
「ちょっと聞きたいことがある…。」
「聞きたいこと…?」
なによ…?と視線を投げかければ、吉澤はきょろりと辺りを伺い
「ここじゃなんだ…。近くの喫茶店で話さないか?」
といった。
「重要なこと…?」
「あんまり人に聞かれたくない」
「人に聞かれたくない話ね…」
どうやら、簡単に立ち話で終わる話ではないらしい。
(俺に話ねぇ…しかも聞かれたくない話、ってなんだ?兄貴じゃないのか…?)
吉澤と光正が知り合って何年も経つが、わざわざ畏まって話がしたいと吉澤の方から声をかけてくるのは稀だった。
いつもは声をかけるのは光正の方だった。
わざわざなんの用だろう?と気になったが、どうせ他愛ない世間話だろう、と光正は呑気に考える。
「んじゃ、千歳ちゃんの店、いく?」
「千歳…って、隆盛の恋人の店か。そこにしよう」
吉澤を伴い、千歳の店に行くと千歳の姿はなくあのイケメンの姿もなかった。
隆盛に辞めさせられたのかな…、などと思いながら、光正はウエイトレスに案内された席につく。
ホットサンドと珈琲を頼むと、吉澤も同じものを注文した。
注文を聞くと、ウエイトレスは「失礼します」とメニューを下げてカウンターへ戻って行った。
「…光正、最近、お前変なことに巻き込まれていないか?」
「は?」
席に座って開口一番に口にした吉澤の言葉に、光正は間抜けな声を出す。
「変なこと?」
「いや、危ないこと、してないか…かもしれん」
「そんなこと、してないぞ…」
一瞬、仕置屋のことかと思ったが、刑事である吉澤にわざわざ言う必要はない。
隆盛の恋人・千歳すら副業で隆盛と光正たちが仕置屋をやっていることを知らないのだ。
やっていることがやっていることだけに、危険であるし、まっとうな仕事でないことは理解していた。
依頼されて復讐も兼ねて仕置きをしているものの、そもそも裁判官でもないのだからどんな理由であれ他人を傷つけていいわけはない。
咎められれば、言い訳できない。
とくに、吉澤のような正義感の塊のような男に知られればきっと縁を切られてしまうだろう。
光正は、吉澤には人一倍知られないように最新の注意を払っていた。
「なんで急にそんな…?」
「お前を調べている…って男がいてな」
「俺を…?」
「ああ。といっても、俺たち1課じゃなくて、組織犯罪対策部の5課のやつなんだけどな…」
「…組織犯罪?」
なに、俺、なんか犯罪組織に巻き込まれているの…?
聞きなれない言葉に訝しげな視線を送れば、吉澤は困った顔で言葉を続ける。
「主に組織的犯罪≠摘発するところだな。暴力団の麻薬だとか…そういったのを壊滅するために動いている部署だ。時には麻薬の密売なんかにも踏み込むし…かなりハードな部署だ」
「ま、麻薬…?なんだって、俺が…?」
「知らん。だから、聞いているんだ…。なにかしたか…と」
光正が混乱しているように、吉澤も混乱しているらしい。
吉澤の話によると、最近になって、普段交流のない組織犯罪対策本部の人間が光正のことを事細かに聞きにきたらしい。
なんで光正のことを?と尋ねたのだが、捜査の一環だからと何故調査したかは頑なに秘密にされたようだった。
光正が隆盛に頼まれて張り込みや聞き込みをしていた、今まで関わってきたファイルまでもが、ごっそりと資料室からなくなっていたらしい。
「お前に限って麻薬なんて、ありえねぇ…って思ったけどよ…。なんかモヤモヤしちまって…」
「それは…ありがとう。だけど、いいのかよ。わざわざ俺に話しちゃって…。俺が本当に麻薬やってたら、そんな情報流しちゃダメだと思うんだけど」
もちろん俺はしてねぇけどよ…と呟けば
「お前はそんなことしないだろ…。麻薬だなんて…」
吉澤は真剣な表情で、「俺はお前を信じている」と言った。
こういう熱血漢な台詞をさらりと言えるのが、この吉澤という男である。
吉澤の言葉は純粋な好意であり、そこに恋愛感情はない。
誰にでもこんな風なのだ。
熱血漢で真っ直ぐな裏表のない刑事らしい男。
それが、吉澤である。
「凄い信頼されてんだな…」
「お前は、隆盛の弟だからな…」
「おいおい…、それって俺じゃなくて兄貴を信頼してるってことか?兄貴の弟だから信じてるっていうの」
「そんなことは言ってない。」
「言ってるって、さっきの言葉じゃ…」
苦笑していると、頼んでいた珈琲とホットサンドがやってきた。
同じものを頼んでいた吉澤の分もある。
光正は目の前に置かれたホットサンドをぱくつきながら、「それで…」と切り出す。
「俺を調べているのって誰なの?
その組織犯罪対策?ってとこ、全体で調べていたりすんの?」
ー俺はそんな重要人物か?
光正の問いかけに、吉澤は首を振る。
「第5課の知人に聞いたんだが、高倉って男が指示を出しているらしい」
「高倉…きかねぇな…」
高倉と聞いても、名前に聞き覚えはない。
今まで光正が仕置きしていた男の中にもそんな苗字の男はいなかったと記憶している。
偽名だったり、名前を変えたということがなければ、光正からしてみれば、覚えのない苗字だ。
「うちでは相当な有名人だぞ。隆盛と同じくらい人気だった。
高倉も高倉で相当頭が切れるやつだからな…。
執念深くて、麻取に負けず劣らず囮捜査もするやつだし、ヤクザ相手の銃の撃ち合いにも、臆せず行くって野郎だからな。普通、人間どこかしらで恐怖がありそうなもんだが…あいつにはそれがねぇ。どんなに危険な任務でも笑って自分がいきます、って言っちまうやつだ」
「はぁ…、すげぇな…。それはまた…」
そんな人間からしてみれば、光正の強面フェイスなんて可愛いものだろう。
ヤクザ相手にしている…って、どんな強面なおっさんなんだろうか。
「ただ、何考えてんのかわかんねぇ。こういっちゃなんだか不気味なんだよな…。
酷く顔の整ったロボットみたいな。
それに、結構目的の為なら手段を選ばない人間らしい。
まだ隆盛の方があいつに比べたら、幾分人間味があると思う。
昔の隆盛も、手段のためなら…ってところはあったけど…今はだいぶ丸くなったと思うぜ。隆盛と組まされた時はもっと嫌なやつだったからな」
(今はだいぶ…ね…)
言葉の裏にある吉澤の切ない感情に気づいた光正は、口許をあげて静かに苦笑する。
吉澤自身は無自覚だったのだが、彼は隆盛が警察に勤めていたときから彼に惚れていたのだった。
神保といい、吉澤といい、隆盛という男は本当に魔性の男である。
神保はともかくとして吉澤なんて、それまでノーマルであったのに無自覚で惚れさせているというのだから、恐れ入る。
「あいつがわざわざ目をつけるってことは、お前が何かしら事件に関係していると思ったんだがな…」
「俺の強面な顔が原因で、ヤクザと関わりがあると思われてんじゃねぇか?俺、よくいくハッテン場でも言われるぞ。ヤクザと関わりある?ってな…」
「そんな憶測で判断はしないはずなんだけどな…」
吉澤は、苦々しく笑う。
(麻薬ねえ…そういえば…)
麻薬といえば、隆盛からも危ない薬が出回っていると聞いていた。
隆盛は警察つながりで吉澤から薬のことを聞いたんだろう。
「泰造。今厄介な薬が出回っているんだっけ?」
「ああ。隆盛から聞いたのか?」
「聞いたと言っても具体的なことはなにも…。
スティンガー、だっけ?」
「そうだ。通称、毒針。
これも、5課が追っている案件なんだがな…、ここ最近、異様なスピードで出回っているらしい。この薬がどんな状態になるのか、俺たち1課の人間にはさっぱりなんだが…。
とにかく中毒性の高い薬であることは確からしいぞ」
「ふぅん…。そんな凄い薬なんだな」
頬杖をつきながら、光正は他人事のように呟く。
「そう…。というか、ここだけの話、隆盛にもこのクスリの元締めを逮捕する為に協力できないか…って上の役員が頼みにきたらしいんだ」
「…兄貴が?麻薬取締なんて畑違いだろ…。殺人とか犯人を推理するならまだしも…」
あくまで隆盛は名探偵ではある。が、占い師ではないので、元締めを探してと言われてもすぐに見つけることなど不可能だろう。
それに、光正と違って頭脳はあっても運動神経がいいわけでもない。麻薬密売の現場などについていってもお荷物になるのがオチだ。
「隆盛の警察時代の検挙率は凄かったからな。すがりたいんだろ。当然、こんな話、隆盛は話を断ったらしいが、高倉が怒ったみたいでな。
僕が組織を壊滅させます、って張り切っているらしいぞ」
「…そうなんだ…。って、その高倉さんに調べられているのも、俺が兄貴の弟だから目をつけられたとかそういうオチなんじゃないのか?」
「そんなオチだったらいいんだけどな…。って、ごめんな、呼び止めて。今日はどっかいくつもりだったんだろ?そんなラフな格好だしよ…」
本日の光正の格好は、革ジャンに、ジーンズという非常にラフな格好である。
が、張り込み中などもこういったラフな格好をするので、別段特別なかんじはない。
どうせパチンコにいくつもりだったから気にすんな…と正光が言いかけたところで、
「…なんだ……」
吉澤の顔が険しい顔で、突然キョロキョロあたりを見回した。
「泰造…?」
「…視線が…」
「視線…?」
吉澤に言われて、あたりを警戒して見回す。
店内には女子高生2人組と、30代くらいの男が4人。50代が2人。
それぞれバラバラの席に座っている。
「なに、ヤバイ系…?」
こっそりと聞けば、しばらく吉澤は険しい顔をしたまま周囲を伺っていた。
「見られてるのか…?」
「…いや、すまない、気のせいだったようだ」
険しかった顔を緩めて、吉澤は詫びる。
「そう…?ならいいけど…」
「すまない…。色々調べられてる…って俺のほうが視線に敏感になってるみたいだ…。不安にさせたか?」
「まさか…。俺を誰だと思ってるんだよ、泰造」
吉澤に光正が笑いかければ、そうだったな…、と笑い返される。
(ほんと、いいやつなんだよな…泰造って…。
ま、ちょっとお人よしすぎて馬鹿だけどな…)
吉澤は珈琲を飲み終えると、まだ仕事があるから…と1000円札を机に置く。吉澤が光正の分まで払ってくれるのは、いつものことだ。
去り際に吉澤は「捜査対策本部がなんでお前のことを調べているかわかったら、また連絡する」といって、慌ただしく出ていった。