(うーん、ボチボチってとこか…?)
パチンコ店の景品のチョコを頬張りながら、光正はのっそりと帰路を歩いていた。
今日は、人気アニメとタイアップしたパチンコ台で打っていたのだが、何度か確変がきたものの、大当たりにはならず負けはしなかったものの、そこまで儲けもなかった。

(パチ雑誌情報では、蝶が飛び回ったら大当たりって書いていたんだけどな…。
パチ雑誌もあてになんねぇな…)

「あ、みつくんー!」
ダラダラと光正が歩いていると、前方からブンブンと手を振りながら、千歳が駆け寄ってきた。

「いま、帰り?どこ行ってたの?」
隣を歩く千歳に、光正はパチンコと答えると景品のチョコをひとつ渡した。
千歳はありがとう!といって、持っていたスーパーの袋に入れる。
どうやら、千歳も買い物帰りらしい。

「千歳ちゃんは?今日は仕事休み?」
「うん。おやすみ。本当は…、隆盛と遊びに行く予定だったんだけど…」
「けど…?」
「隆盛、怒っているみたいで…口聞いてくれないんだ…」

しょんぼりと千歳は肩を落とす。

「へ…?まだ喧嘩してたの…?もしかして、あのイケメンの従業員が原因?俺が兄貴にチクっちゃったから?」

光正の言葉に千歳はこくりと頷く。
光正が初めて坂本珠樹となのるイケメンを見かけてから、もう数日は立っている。
あれからずっと喧嘩しているとなると、普段ラブラブな千歳と隆盛にしてはかなり長い期間喧嘩していることになる。


「謝ろうと思って、事務所に行くんだけどね…最近忙しそうにしていたりいなかったりして…」
「ああ、確かに。最近よく1人でどっかいってんな…。こき使われなくていいや…って俺は気にしてなかったけど…」

今日もだが、隆盛は行き先も告げずに朝から姿が見えなかった。
ただ、隆盛が光正に対して何も言わずに何処かへいくのはなにもはじめてではない。

「もしかして、浮気…」
「ないないって…」
「だ、だけど…!ここ最近避けられてて…」
「気のせいだって…!それにきっとなにか理由があるんじゃねぇかな…」
「理由ってどんな…?」
「そ、それは…」

ウルウルとした大きな瞳に見つめられ、光正は言葉に詰まる。

(りゆうって…。そういえば、あいつ、兄貴と取引したっていってたな…。取引ってなんだろ…)
もしかしたら、その取引とやらで隆盛はあえて、千歳を避けている…なんてことはないだろうか。

「なぁ、あの坂本って…」
「珠樹くん?すっごいいい子なんだよ!珠樹くんはバリスタさんなんだよ!イタリアとイギリスで修行したこともあるんだって!」
「イタリアとイギリスで…?」
「うん。イタリア人と日本人のハーフなんだって!」
「ハーフか…どうりで…」

金髪というわけではないが、サラサラとした茶髪に甘いマスクにまるで絵本から出てきたような王子様のような要望は、やはり外国の血が混じっていたらしい。
カラコンでも入れているのか…と思うほど、焦げ茶色の瞳は目力が強かった。
じっと見つめられれば、落ち着きがなくなるほどである。
光正も強面で目つきは悪いが、それとはまた違った目力の強さがあった。

「それでね、昔生き別れになった弟さんを探しに日本にきたんだって!弟を探して三千里なんだよ!ぐぐっときちゃうよね!」

ぐっと力こぶを作って力説する千歳は、非常に涙もろい。
フランダースの犬で2時間泣いたというし、母を訪ねて三千里や家なき子でも号泣するらしい。おそらく坂本に弟を探していると言われて、母を訪ねて三千里のマルコを坂本に重ねたんだろう。

「そんで、千歳ちゃんは弟探して三千里のマルコこと坂本珠樹に同情して雇ってんの?」
「だって可哀想じゃない!弟さんを探してわざわざ日本にきたんだよ!あわせてあげたいって普通思うじゃん」
「いや、別に…」
「ええ、可哀想じゃない…」

千歳の話によると、それとなく坂本の話を隆盛に切り出して弟を見つけてもらうつもりだったらしい。それが、光正が先に坂本のことをバラしてしまうから、千歳の計画が狂ったらしい。

「珠樹くんに彼女でもいたら、隆盛も安心するのかな…って思って、友達に彼女役でも頼もうと思ったんだけど…」
「彼女役って…あいつ彼女いないの?あんな面して?」
「日本にきたばかりだし、今は弟さんを探すのに手一杯なんだって。」
「ふぅん…」
「僕のお店には週2でバリスタとして働いているんだけど、かけもちで色々なお店で働いているみたいだよ…。」

週2しかいないから、常連さんにはレアキャラ扱いされているらしい。
ちなみに、近くの女子校の生徒などは坂本の追っかけをしているようで、ここ最近バイトの申し込みが後を絶たないらしい。

(生き別れになった弟ね…。あいつが探していたのは弟だったのか…。ん、でもまてよ…?さっきあの男、自分の対って言ってなかったか?早く自分の対にしないといけないから兄貴の手を借りたって言ってたような…?まさかあいつ、自分の弟を愛しちゃってる系なのか…?)

まさか…と思うが、坂本の何処か不気味な雰囲気を思い出しあながち本当に弟に執着しているのではないかと思い直す。
生き別れというのも実は嘘で、実際は兄貴の愛情という狂気に耐えきれず弟は逃げ出したということはないだろうか?

(あんな蛇みたいな執着系な男に愛されていたら、怖いよな…。浮気でもしようものなら問答無用でチンコ切られてしまいそうだ)
光正は自分が頭で描いた妄想に身震いした。

「僕としては、弟さんが見つかるまで手助けをしてあげたいって思っているんだけど…。でも隆盛が嫌がるならやっぱり辞めてもらったほうがいいのかなぁ…。理由もなく辞めさせるのなんて本当はいけないことだと思うけど…」

隆盛とこのまま喧嘩したままなんて嫌だ…と俯く千歳に、喧嘩の元凶の光正は「あー」といたたまれなさに視線を彷徨わせる。

「あー、なんだ、千歳ちゃん。元気出せって。千歳ちゃんが引っ掻いた傷ももう綺麗さっぱりなくなってたし、そのうち兄貴も機嫌治すって」
「引っ掻いた傷?…隆盛、怪我してるの?」
「え?」

隆盛の頬の傷は、千歳がつけたんじゃないのか?
子猫にやられたと言っていたからてっきり千歳かと思っていたのだが…。
きょとりとした千歳の顔を見る限り、あの犯人は千歳ではないようだ。


(子猫って千歳ちゃんじゃないってことは…
まさか、マジで浮気か?)

「みつくん…?」
「ああ、いや、なんでもねぇ。忘れてくれ」
「う、うん…??」

(兄貴に一度話を聞く必要があるな…。あの坂本ってやつの取引の内容も気になるしな…。それにしても取引、ねぇ…)

「千歳ちゃんは兄貴に坂本ってやつの弟を探してもらおうとしていたんだよな?」
「うん。そうだけど…」
「だったら、もう心配することもねぇよ。兄貴があいつの“探している人に出会う手だて”を教えたらしいから」
「え?手だて?」
「ああ、さっき会った時聞いたんだよ」

あらまし先程の坂本との会話を千歳に話すと、千歳は自分のことのように喜んだ。

「じゃあ、珠樹君はおかあさ…じゃなかった、弟さんに会えるんだね…!はるばるイタリアから日本まで三千里でやってきた甲斐があったんだね…!」
「いや、イタリアから日本って三千里もねぇんじゃないかな…」

光正の突っ込みも、喜んでいる千歳の耳には入ることはなく千歳は一人お祝いしなくちゃね…と呟いている。

「あ、でも見つかったってことはイタリア帰っちゃうのかな…。珠樹君の入れる珈琲凄く美味しいからまだ帰ってほしくないなー。僕が珠樹君がいれる珈琲の味マスターするまでいてくれないかなー」
「なに、あいつの入れる珈琲そんなに美味しいのか?」
「うん。なんていったって、本格派バリスタだからね!」
「バリスタ…ってただ珈琲入れるだけじゃねぇ…?いれる人によってそんな差あるの」
「あるよ!
一口でわかるから。今度みつくんも飲んでみたらわかるよ」
「ふぅん…」

(ま、俺は千歳ちゃんがいれる珈琲で満足なんだけどな…)
気のない光正の返事を気にせず千歳は声を弾ませながら坂本の話を続ける。
そこに恋愛感情はないはずではあるのだが、坂本のバリスタとしての腕に惚れこんでいる千歳の話を聞いていると、恋人でなくても邪推してしまうかもしれない。
これで、千歳本人は無自覚なのだからタチが負えない。

(兄貴もこんな恋人じゃ先が思いやられるな…)
普段は傲慢で独占欲が強い兄に恋人の千歳が可哀想だと思っていたが、実際はどっちもどっちかもしれない。
それから家に帰宅するまで、光正は延々と千歳から坂本についての話を聞かされた。



「お前に仕事だ」
探偵事務所につくなり、顔を見せた光正に隆盛は告げられた。

「へ?仕事…?」
「散々仕事寄越せって言っていただろ。ついにお前好みの仕事がきたっていったんだ」

めんどくさそうに隆盛は告げると、かけていた眼鏡を外して椅子から立ち上がると、光正に背を向けてブラインドかかった窓から外を覗いた。

「…仕事きてないっていってなかったか?」
「お前にやる仕事はなかっただけで、仕事自体はあった」
「マジか…。もしかして、最近忙しそうにしていたのもそれか…?」
「…ああ…」

歯切れ悪く返事を返す隆盛に、「そういうことは早く言えよ…」とお気楽な光正は上機嫌に笑いながらソファーに座った。
久しぶりの仕事だなぁ…と蓄えている顎髭を撫でニマニマと笑みを浮かべる光正に、隆盛は瞳をチラリと向けると、大げさに溜息をはいた。


「…んで、今回の俺の仕事相手は…?」
「…ああ、いつもどおりのクズ男だ」
「具体的には?」
「…彼女の妊娠中に、浮気だ。それも2股ではなく複数。きわめつけは彼女の妹と浮気だ。」
「おお、いいねぇ…。ドロドロしてるね。そんでもって、男の性格は?」
「プライドが高い営業マンだ。つい最近昇進したらしい」
「容姿は?」
「お前と同じの体躯だ。学生時代は剣道部。昔からモテていたようだ。男性経験は一度もないらしい」

どうだ?と隆盛が投げかけると光正は「いいじゃねぇか、燃える」と舌舐めずりをし、下卑《げび》た笑みを浮かべた。
その品位のない笑いは、けして善人とはいえない形相である。


「じゃあ、受けるってことですすめていいんだな?」
「いいぜ?そんでもって、依頼人は何処までの仕置きをご希望?いれちゃっていいの?それとも脅す程度?」

仕置きのレベルは、主に依頼人がきめる。
依頼レベルによってはただ相手を脅すだけでセックスまで至らないものもある。
仕置屋にせっかく依頼したにもかかわらず、ただ少し後悔させるだけでいいという客もおり、そういった客に当たると脅す程度でしか仕置きができないため性欲の塊の光正としては中途半端に煽られて欲求不満になってしまう。

「好きにしていいぞ」
「マジで?」
「ああ。お前この間、強姦魔に仕置きしただろう?あれくらいにとことんやってもらってもいい」

仕置きの依頼は、なにも浮気だけとは限らない。
例えば、集団で女を食い物にしてのうのうと生活している男に復讐することもあるし、女をソープに売った男を調教し女と同様の目に合わせたこともあった。

今回の依頼は、軽い脅しではなく光正の望み通り最後まで致してもいいらしい。
光正としては願ったりかなったりだ。

「写真とかある?」
「ない」
「珍しいな。いつも写真用意してるのに…」
「今回の仕事は急だったんだ」
「でも、顔わかんないと近づくこともできないじゃん?」
「安心しろ。依頼人が協力してくれる。事前にホテルにターゲットを呼ぶそうだ」

仕置き相手に接触する方法は大まかにわけて2つある。
1つは光正が直接仕置きする対象に接触し、睡眠薬で眠らせるか相手の鳩尾を殴り気絶させるか。
もう1つは依頼人に協力してもらい、仕置き人をホテルによびそのホテルに光正がいく方法である。

後者の方が労力も少なく、危険性もないので光正としてはありがたかった。
薬は使わないのが光正の信条ではあるが、即効性の睡眠薬は使う。
己の力で相手を善がらせたいので媚薬の類は使わないのだが、睡眠薬は体格差がある時は仕方ないと割り切っていた。


「んで決行日は?」
「お前がいいのなら、明日にでもいけるそうだ」
「へぇ…。急な仕事のわりには用意がいいのな…」
「……」
「ま、久しぶりの仕事だから俺も頑張るかな…。あ、そうだ。兄貴。兄貴がここ最近忙しくしてたのってこの案件のせいだよな?千歳ちゃんがずっと兄貴から避けられてるって悩んでたぞ」
「千歳が…」
「捜査もいいけど、ほどほどにな…。また愛想つかされてもしらねぇぞ。尽くしてくれない男より尽くしてくれる男のほうがいいってね…。」
「そうか…」
「……?」

いつもなら嫌味の一つや二つ返してきそうものなのに、隆盛は光正に背を向けたままである。帰ってから一度も視線を合わせていない。

(…兄貴らしくねぇな…。そういや、あの坂本って野郎と取引したのもらしくなかったけど…)

「なぁ、兄貴。坂本って男とあっただろ?」
「坂本…?」
「ほら、千歳ちゃんの店に働いているイケメンだよ」
「あ、ああ。あれか…」
「今日あったんだけどよ…、兄貴と取引したってきいてよ…。それで」

その取引ってなんだ?という光正の疑問を口にする前に
「お前ら、知り合いだったのか?」と問い返された。

「知り合いじゃねぇよ。あいつがセクハラしてきたから顔はしっているだけだ」
「セクハラ…?お前にか…?お前があいつにしたんじゃなく…?」
「孝明じゃあるまいし、あの王子様みたいな澄ましたかおは好きじゃねぇよ…」

人間ゲテモノ喰いも少数だがいるんだな…と隆盛は小さく独り言ちた。

隆盛の話によると坂本との取引は、探し人を見つけ出す手助けをすることらしい。
最初は隆盛も嫌がっていて、取引なんぞ受けるか…という態度であったらしい。
が、相手は一枚も上手で、隆盛の弱点≠持ち出した。
弱点をちらつかせた隆盛はしぶしぶ、坂本の取引に応じたらしい。

「俺だって、本当は受けたくなかったさ…。あんな話。でも…」
受けざる追えない状況にされたんだろう。
窓を見つめていた隆盛は光正の方に向き直すと、
「あいつには気をつけろよ」と眉間に皺をよせ忠告した。

「気をつけろって言われても、もうあわねぇし…。
下の喫茶店もあいつの姿があれば近づかないようにするし…。それに、千歳ちゃんの話じゃ、週2日しかいないみたいだしよ。兄貴が見つけ出した探し人にあわせてやりゃあ、すぐ喫茶店も辞めるんじゃねぇの?ま、弱味握られたのは御愁傷様としか言えねぇがな」

隆盛はそういうと、ソファーから立ち上がり「心配しすぎだ、名探偵」と眉根を寄せて厳しい顔をしている兄に笑った。

「ま、せいぜい兄貴はちゃんとあいつの探し人を見つけ出してあわせてあげるんだな。」

隆盛の肩をポンと叩くと、光正は探偵事務所を出ていった。

「…俺は迷探偵だよ…。」

残された隆盛は外して机の上に置きっ放しだった眼鏡をつけると難しい顔をしたまま、携帯から依頼人に返事を打った。
百万回の愛してるを君に