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「やほー、元気そうじゃん」
満が僕の見舞いに来てくれたのは、僕が入院して5日経った日のことだった。
「来てくれたんだ…。ありがとう」
「なになに。
俺とお前の仲じゃん。今更だろ」
満は僕にウィンクをしてみせると、持って来た花束を差し出して、そのままドカリと僕のベッドに腰を下ろした。
椅子があるからそっちに座れば?とベッド横にある椅子を勧めてみても、満はめんどくさいから嫌だと、腰をあげようとはしない。
満らしいゴーイングマイウェイに、仕方ないなぁ…とベッドから起き上がる。
起き上がる時、火傷が残った背中が痛んで僕はかおを顰めた。
「大丈夫か」
「うん…」
「すぐに来れなくて、悪いね…。
ちょっと仕事が立て込んでてさ」
「いや、来てくれただけで嬉しいよ。1人でいるとすぐ塞いじゃうから」
入院生活って、やれることが少ないから、ついつい1人で考えることが多くなる。
見舞客が来ている時は気が紛れていいけど、1人でいる時はあれやこれや考えてしまって、気が滅入ってしまった。
これからどうなるんだろう…、お金は足りるんだろうか…って。
実家に行けば父も母もいるけど、ふたりとも年だし最近は身体を壊しているし、迷惑はかけられない
親に孫を見せてやれない僕だから、これ以上気苦労をさせたくないという思いもあった。
僕なりの意地である。
だが、親に頼れないとなると、他に頼れる人間は限られている。
どうしようか…と悩めば悩むほど、今後のことが不安になって、グラグラと揺れる綱を渡っているかのように、心許なさに胃が痛む。
路頭に迷うんじゃないか…とか、まさかこのままクビになったりしないだろうか…とか。
考えても意味のないことをグルグルグルグル悩んでしまうのが僕の性分だ。
そんな中で、満みたいな調子のいい…、いや、こっちの暗い思考を吹き飛ばすような明るい性格の人間と話していると、悩んでいることも忘れ、とても楽になった。
「くるのは当たり前。それに入院してから5日もたってノコノコ来るなんて、親友失格だろ。俺は色々助けて貰ったのによ」
満は垢抜けた格好をしているけど、実は真面目で義理堅い。
昔、僕が満を助けてあげたことを凄く恩に感じているようだった。
「そんなこと…。
それにしても、仕事が立て込んでるって満にしては、珍しいね。
いつも、仕事セーブしているのに…」
「あー…、うん。
ちょっと負けたくない相手が出来て。手が抜けない状態なの」
「へぇ…。珍しいね。
満ってそんなに勝負事に熱くならないタイプなのに。
どんな人なの?」
満は僕の問いに、しばし思案し、「とてもムカつく野郎だよ」と吐き捨てた。
満は好き嫌い激しい性格だから、ムカつく人間ってのは多いらしい。
だけど、満は嫌いなタイプはとことん視界に入らないようにして、空気のようにスルーする人間だった気がしたんだけど…。
気にするなんて珍しい。
「俺のことより、お前のことだよ」
「ぼく?」
「住む家。どうすんの?これから。
大家さん、アパートの老朽化もあってもう立て直さないって言っているんだろ?
退院したら、どうするつもりだ?」
「うーん。どうしようか…」
家賃が安くて今のアパート、狭くても気に入っていたんだけど、今朝大家さんに今後のアパートについて聞かされた。
あのアパートはこれを機会に取り壊すらしい。
大家さんがもう建て直す気はないと言っているから、退院したらすぐに新しく住む場所を探さなくてはいけない。
保険になんて入っていなかったから、入院費と治療費、生活家具を買っていたりすると少ないながらに貯めていた貯金も尽きてしまいそうだ。
ついつい重いため息が、口から溢れた。
「ねぇ、新しい家が見つかるまで、満の家に置いてくれない?」
「そりゃ、置いてやりたいけど。今、居候がいて」
「居候?」
最近まで満は、一人暮らしだったはず。
満は自由気ままな性格をしている。
誰かと共同生活をするのが苦手で、大学のときも寮を1週間で退寮したくらい。
たとえ恋人であっても滅多に、満は生活スペースに入れないらしいのに。
「珍しいね」
「…不本意だけど、最近我が物顔で居座っているやつがいて…。
そいつがちょっと曲者なやつで。
お前を住ませることになったら、すっごい文句言われそうなんだよなぁ」
「恋人なの?」
「そんなんじゃない…」
満は、むっすりとした顔で呟く。
スルーできないムカつく奴の存在といい、居候といい、それまでになかった満の変化だ。
その居候の人、恋人じゃないけど、満には特別な人間なんじゃないの?尋ねる僕に、満は答えてくれなくて。
「そうだ、お前のラブフォーゲッチューな男はどうした?
最近、毎日見舞いに来てくれるんだろう?」
満は唐突に、話題を変えた。
「ラブフォーゲッチューって…」
「事実だろ。
年下のツバメくん。
最近、毎日お前の見舞い来てるそうじゃん。十分ラブラブ、だろ」
先ほどの苦々しい顔はガラリと変わり、ニヤニヤと揶揄う満に、茶化されるとわかっているのに顔が赤らむ。
あの火事があって、僕が入院してから夏目くんは、毎日のようにお見舞いにきてくれた。
毎日、必ず、時には面会時間ギリギリになっても僕のもとにきてくれる。
酒井くんから夏目くんのことをそれとなく聞いてみると、夏目くんは僕が担当していた作家さんを引き受けたり、仕事のフォローをしてくれたりと、今まで以上に忙しく仕事をしているらしい。
なのに、毎日僕の見舞いにくるために時間を作ってくれているようだ。
嬉しい反面、申し訳ない。
責任感が強い夏目くんは、火事にあった日もう少し僕の家に留まっていれば僕にこんな火傷をさせることなんてなかったのに…!と、あの飲み会の後、帰ってしまったことを凄く悔いているようだった。
僕に火傷の傷が残ったことを、自分のことのように気に病んでいるみたいで、よく火傷の痕を見つめていた。
憎むべきは放火犯であって、夏目くんには非なんてないのに。
ここまで気にしてもらえるほど、僕と夏目くんの間には何もないのに。
ただの会社の同僚。それだけの間柄なのに。
毎日のようにお見舞いにきてくれて心配してくれる夏目くんに、浮かれて秘めた想いまで告げそうになってしまう。
そんな小躍りしてしまいそうな自分を必死に押し殺し、あくまで夏目くんは責任のために来ていると、自分に言い聞かせた。
「夏目くんがきてくれるのは…責任感だよ。火事があった日に、もう少し僕の家にいたら、僕がこんな火傷を負うことはなかった…って思っているんだ」
「…責任感、ねぇ…。でもさ、そんな毎日見舞いに来てるって、もしかしたら…」
「こんにちはー。宮沢さんーいるー?」
満の台詞にかき消すように、聞こえた声。
「先生、ここ、病院ですよ。静かにしてください」
ガラリと病室のドアが開いて、椎名先生と夏目くんがひょっこりと姿を現した。
夏目くん…ー。
視線に夏目くんが入った瞬間、どきりと胸が跳ねる。
姿を見るだけでこんな風に胸が高鳴るなんて、入院する前より、夏目くん好き病が重症になってきていないか…?
「すみません。宮沢さん。
椎名先生がどうしても来るってうるさくて…ー」
「だって、あの飲み会の後火事にあったんだろう?
気になるじゃない!すっごい怪我したって聞いたし。大丈夫だった?」
「あ…はい…。背中とおでこを火傷したくらいで…」
「あー。良かった。もっと火傷だらけのオペラ座の怪人みたいになっているのかと…」
突然の椎名先生と夏目くんの出現に面を食らっていると、
「俺、帰るから…」と、満がベッドから立ち上がった。
「…ああ、先客でしたか。
すみません。騒がしくして。お邪魔でしたか?」
「いえ。話したいことは話しましたから。
宮沢、何かあったら、すぐラインしろよ」
「う、うん。満、今日はきてくれてありがとう」
満に礼を言うと、満は「退院するときにまた来てやるから」といって、病室を後にした。