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「ごめんね。せっかくの客人を帰らせてしまって。しかし、今の人は…?
随分宮沢さんとはタイプみたいだけど…知り合いなのかな?」
アクセサリーを沢山つけた派手な満に、地味な僕だから、椎名先生は僕と満が友達と結び付けられなかったんだろう。
年齢も同年代なんだけど、洒落っ気のない僕のほうがうんと年上にみえるはず。
優等生タイプの僕は服にも無頓着だけど、満はいつも小奇麗に飾っている。
身につける服はいつもブランドモノだったし、髪型も床屋で切る僕と違ってちゃんとした美容院で切ってもらっているらしい。
「僕の友達です」
「恋人じゃないんだ。つまんないのー」
「先生…!」
椎名先生の言葉を、夏目くんが咎めた。
満と僕を恋人と間違えるなんて、椎名先生には僕の性癖がバレてしまっているんだろうか。わかる人からみたらバレバレなのか…。
冷や汗を流す僕に気づくことなく、椎名先生の尋問は続いた。
「恋人とかいるの?」
「いません…けど…」
「そっかそっかー!恋人いないのか!」
椎名先生は僕の返事に、いたずらっ子のように目を輝かせると
「じゃあ、退院したらそーじくんの家にご厄介になったらどうだろう?」と、とんでもない提案をしてくださった。
そーじくんの家…。
そーじくんってのは、夏目くんのことで…。
告げられた言葉を理解するのに、僕は数秒要してしまった。
「え…えっと?」
「だから、宮沢さん、家が燃えちゃったんでしょう?
んで、新しい家を探すのもお金がかかる。
しかも、火傷で手術もしちゃったし、入院でお金も消えちゃう」
「そうですが…」
「だからね、もうこの際、そーじくんのご厄介になったら、どうかな…っと。
ほら、そーじくん、独身だし!
家事も得意だから、火傷の宮沢さんを親身にサポートしてくれそうだし…!宮沢さんにはいつもお世話になっているみたいだしね」
先生は名案だ!と当人を置いて、一人話を進める。
独身だからって、夏目くんの家に転がり込むなんて…。
そりゃ、誰かの家にご厄介になれたらいいなぁ…とは思ったけど。
夏目くんの家にご厄介になんて、考えるだけで脳が沸騰してしまう。
好きな人と一緒の家に住めたらそりゃ、毎日楽しいだろうけど。
でも無理だ。
今でさえこんなドキドキしているのに、ずっと一緒なんてこの気持ちを隠しておくなんてできない。
飲み会の後見る夢のように、夢と現実の堺がなくなってしまって、素面でも夏目くんに甘えてしまうかも。
あまつ、暴走して襲いかかる可能性だってある。
それに、夏目くんの家は…ーー。
「…すみません…うちは…」
「うわぁ、そーじくんの薄情者ー。
宮沢さんが困っているってのに、断るの?
そーじくん。それでも男なのかい。
困っているときこそ助けるのが男ってもんでしょ!バカ!」
責め立てる椎名先生を、夏目くんは、ジロリと恨めしげに睨みつけた。
先生は知らないんだろうか。夏目くんの家のこと。
「あの…そんな、お世話になるなんて。
それに、夏目くんの家、独身寮だから…。家に呼べないんですよ」
夏目くんが今住んでいるのは、会社が用意した独身寮なのだ。
寮に部外者は基本、連れ込めない規則になっている。
だから、夏目くんの家にご厄介になることは、例え独身でもできないのだ。
付け加えて、現在寮は満員らしいから、僕がご厄介になること無理なわけで。
「ああ。そうか。ほーんと、いつまで寮にいるんだか…。
そんなんじゃ、いざって時に連れ込めないから不便だって言っているんですけどね」
「いざって時?」
「だから、セック…」
先生が全てを言う前に、夏目くんの裏拳が先生の顔面に炸裂した。
「静かにしましょうね、椎名先生」
「はい…」
「あの、お気遣いありがとうございます。
とりあえず退院して、しばらくは、カプセルホテルにでも過ごそうかな…って思ってます。
どうせ、家に帰っても寝るだけですから…」
「そう?
あーあ。そーじくんが、寮なんかに入っているから。
肝心なときに頼りにならないんだからさぁ…。だから早く出ろって言ってんのに。マイホームの為にお金貯めるって聞かなくてさ。そんなん貯めてたら爺さんになっちゃうだろっていう…」
そういえば、夏目くんマイホームを持つのが夢だって言ってたっけ。
「そんな…頼りにならないなんて。
夏目くんは毎回お見舞いにきてくれるし、頼りになってます。
それに、これ以上頼りにしたら怒られますよ、恋人さんとか夏目くんの好きな人に。
何の関係もないのに、これ以上甘えてしまったらバチがあたってしまいます…」
「恋人さん…ねぇ…」
椎名先生は、何か言いたげに、夏目くんに視線を投げかける。
椎名先生の視線に、夏目くんはかおを顰めた。
椎名先生と夏目くん…。
2人でいるところを直接見るのは、これで2回目だけど、隣り合って立っているとやっぱりお似合いだと思う。
やはり2人は恋人同士なのだろうか。
人に視線を向けると、2人は僕に聞こえぬくらいの小声で顔を寄せ合って何か喋っていた。
近すぎるほどの距離感に、疑惑が確信に変わっていく。
椎名先生へのフレンドリーな夏目くんの態度も、恋人だと思えば納得できる。
「…椎名先生と夏目くんは…」
「ん?なに、宮沢さん」
「なんでも、ありません…」
臆病な僕は決定的な言葉を恐れ、口を噤んだ。