『俺は…ずっと、復讐のためにお前に近づいたんだ…ずっと、お前のことが嫌いだったんだよ…』
いつもの首を絞められる悪夢。
いつも誰か知らない人に首を絞められて、何かを言われていた。
そのなにかがいつも、聞き取れず、ただ首を絞められているだけだったけれど。今日ははっきりとその言葉が聞こえ、誰がしゃべっているかも判断できた。

首を絞めていたのは、菜月が慕っていたあのお兄さん…香月だった。


 目覚めた菜月は、部屋に視線を巡らせ、部屋の主を探した。
しかし、視線を巡らせたところで、利弥の姿はない。
部屋にはいないようだ。
ひとまず利弥と顔をあわせずにすみそうで菜月は、ほっと息をついた。
菜月は痛む身をなんとか起こし、リビングへ向かう。
リビングには、いつものように朝食が用意されていた。

そして…

「逃げるな…。俺の傍から離れるな」

朝食の近くには、またメモがきが残されていた。
相変わらず少し荒々しい字で。
でもそこにかかれている内容は、真実を知る前のものとは全く違うものであった。

 菜月はメモを片手に宙を仰ぐ。
ー逃げるな。
そう書いてあった。

ここから逃げるな、と。
利弥の元から、逃げるな、と。

利弥はこれから菜月を復讐の為に傍におくんだろう。
だから逃げるな。
自分の存在は利弥にとって、鬱憤を晴らすだけの存在。
恨みを晴らすためだけの、たったそれだけの存在。
それ以外価値がないものだった。

(逃げるな…か。はは…)
初めて好きになった相手から憎まれて、復讐される。
こんな事実から逃げたかった。
夢なら覚めてほしかった。


『お前が逃げるなら、俺は追うまでだ。
地獄の底へでも追ってやる。

それが…俺達家族へしたお前の父の償いだ

俺はお前に復讐するために今まで生きてきたんだ』
昨夜の利弥は、携帯で喘いでいる菜月を何枚も撮った。

写真だけじゃない。映像もだ。
『逃げたら、この写真もばらまくことになる。男が好きなやつらにお前の情報を提供してやって、見つけてもらうことだって…』
そういい、利弥はあられもない菜月の姿を何時間も撮り続けた。
明け方まで抱かれ、最後は菜月は気を失っていた。

 後処理はしてくれたのだろう。
あれだけ激しい行為で、利弥も菜月の中で何度も果てたというのに、残滓は残ってはいなかった。


(…ごはん、)
机の上には、いつも用意してくれている朝食が並んでいる。

菜月が嫌いなら、用意しなくてもいいのに…
それこそ、飢え死にさせたっていいのに。

(俺を飼うつもりなんだ…。憎しみの為に…)

恨まれて、いた。
復讐するために、やさしくしていた。

利弥はどう思っただろう。
どんどんと利弥になついていく菜月に。

馬鹿な子供だな…
そう思っていたのだろうか。

浅ましい。
そう笑っていたのだろうか。
あの優しげな眼差しの奥で、一体なにを考えていたのだろう?

『リンドウの花言葉を知っているか?』
『悲しんでいる、おまえをみたくて仕方ないよ…』

『‘俺は、中川の家に…菜月に復讐するためにいきる、それが、俺の存在意義だから’

それが、香月がよく呟いていた言葉だった。
わかるか、香月はお前が憎くて、お前の家にいたんだ。
復讐する機会を伺うために。
あいつは、おまえに復讐するために、おまえに近づいたんだよ。ずっと、あいつはおまえに復讐する機会を伺っていた』

(なんで、かっちゃんは俺を…?中川の家に復讐ってなんだろう?そういえば、かっちゃんはお父さんをすごく嫌ってた…

お父さん…か…)
あまり顔も合わせず死んでしまった父親を思い出す。
人に恨まれ、金に執着していた男。
そんな強欲な父だから、菜月の母にも逃げられて最後は牢屋の中で首を吊った父親。
そんな父親の影響で、厄介者扱いされていた自分。

(俺…嫌われてばかりだ…)

自分は誰からも好かれるはずがない…。
だから、誰も愛さない。そうすれば傷つくこともない。

なにもいわず、言われた事だけをする。
そうすれば、みんななにもいわない。怒られたりもしないし、存在しないものとして見てくれる。
誰も、自分を咎めない。
それが、やはりじぶんにはお似合いだったのだ。
なんのいいところもない、マイナス思考の自分には。
求めないのが一番正しい選択なのだ。

(やっぱり俺は、利弥さんに好かれてなかった…)

鼻の奥がツンとする。

初めて好きだと言われた相手。
でもそれすらも偽りだった。
菜月に復讐する為の嘘だった。



(…誰かに、好かれるのってどんな感じなんだろうな…。誰かにすきになってもらいたいな…ううん。)

菜月の、ささやかな、願い。


(利弥さんに…好きになって貰いたい…)

今は、利弥に好きになって貰いたかった。
ほかの人間じゃなく、利弥だけに。
利弥だけに愛されれば、ほかになにもいらなかった。
おかしなものだ。

憎まれている。
恨まれているのに。

あんなに乱暴に憎しみを与えるだけの為に抱いた酷い人間なのに

(…なんで…なんで俺は…利弥さんに好かれたいんだろう…)

自分自身の感情が整理できない。
わからなくて…
逃げられなくて…
でも、利弥の側にいたくて
側にいたくてなくて…
行き場のない想いが溢れ、暴走してしまいそうだった。




  
百万回の愛してるを君に