ホテルにつくと、利弥は菜月の髪をホテルの備え付けのドライヤーで乾かしてから、無理矢理ベッドに入れた。
部屋はツインでとられており、菜月が横になっていない方に利弥は腰かけている。寒いから一緒の布団で眠って欲しいと菜月が強請れば、最初は難しそうな顔をしていた利弥も、しぶしぶ菜月の要求を飲んで菜月のベッドに潜り込んだ。

「俺は昨日、お前を…」
「わかってます、ってば…。うう、寒いなぁ…」

ぎゅっと利弥に抱きつく菜月に、それ以上利弥は文句も言えなくなってしまう。そもそも熱が出ている菜月に無体なことはできないし、説教をしたところで話の半分も通じないであろう。

そう決め込んだ利弥は、覚悟をきめたようでおとなしく菜月と同じベッドにいることにきめた。

「ねぇ、利弥さん。利弥さんを好きな俺は無敵なんですよ」

ニコニコと破顔してくる菜月に、どうしたものかと頭を抱える。
こんな風に笑っているが、菜月は散々今までの利弥の責め苦に泣いていた。
こんな風に笑顔を向けてもらえる人間ではないのに、菜月は利弥の前で何事もなかったように笑っているのだ。
全部許す。その言葉通り、菜月のその表情は、復讐を告げる前の無垢に慕っていた時と同じであった。


「こんな状態で、利弥さんとエッチなことしたいな…って考えちゃうくらい、無敵なんです」
「おまえは…」

何故、憎んでいると告げられた相手にそんな風に笑えるんだろう。
どうして、そこまでこんな自分を好きでいられるんだろう。
不思議でたまらなかったが、これが菜月なのだ。

ずっと過去を引きずっている自分とは違い、どんなに傷つけられても彼は自分と違って過去を整理できたのだろう。
子供だなんだとバカにしてきたけれど、自分のほうこそ子供かもしれない。
利弥は擦り寄る菜月に天を仰いだ。


「俺は、どうしたらいいんだろうな。
お前がいうようにすっぱりと復讐を辞めることができたら、きっと楽にはなるだろう。
だけど、今更はいそうですか…とやめられない。
やめるには時がたちすぎた。今更生き方を変えられない。
お前のようには生きられない。今更、自分を変えることはできない」

ずっと憎んでいた。それを拠り所に生きてきた。それを今更別の生き方を考えるなどできない。
言葉を振り絞るような表情で告げる利弥に、菜月はいいよ、と呟いた。

菜月の表情は、出会った当初の迷い子の表情ではない。
ただ側にいたいといっていた子犬のような表情とも違う。
1人の大人の表情だった。

「いいんです、同じになんて生きなくても。それでいいんです。
だって、それが利弥さんなんだから」
「…俺はきっと君といると、また君を傷つけると思う。それでもいいのか?」

問いかける利弥に、菜月はちょっと考えてから、うんと頷いた。

「利弥さんが復讐したりないっていうなら、俺もまだ頑張るよ。
辛くなったら、またこうやってかっちゃんのところに、くるし。
それでね。
利弥さんが気がすむまで復讐が終わったら、そしたら、俺と幸せになりましょう」

菜月のダークブラウンの色をした瞳が、まっすぐに利弥を捉えた。
刹那、利弥の心臓は大きく跳ねた。
香月の面影を重ねないで、こんな風に菜月にときめいたのは初めてかもしれない。


「かっちゃんが安心するくらい、かっちゃんが俺と利弥さんをめぐり合わせてよかったと思うくらい、幸せになりましょう」
「馬鹿か、君は」
「馬鹿じゃないです、俺は本気で言っているんです」
「本気だったら、タチが悪い…」

利弥は、呆れたように呟くと諭すように言葉を続ける。

「いっただろう、俺は欠陥人間だ、と。優しくなんかできない。
今更、生き方なんて変えられない。君を愛すことなんて今後も…」
「大丈夫です。言ったでしょ、利弥さんを好きな俺は無敵だって。
利弥さんが変われないというのなら、俺が変われるまでずっと一緒にいてあげる。

そして、一緒に幸せになりましょう」

菜月の言葉に、利弥はただただ菜月を凝視する。
菜月のその顔は、けして嘘を言っているようでもない。
それが、利弥には信じられず、ただじっと見つめることしかできなかった。

「ずっと、俺悩んでました。俺には何にもないって。
何もないから無気力に過ごして、毎日どうでもよく過ごしてきました。

だけど、こんな俺だけど、利弥さんを好きになって初めてなにかをしたいって思ったんだ。
こんな自分じゃダメだとも。
もっともっと…って。そしたら、毎日が凄く楽しくなった。
ねぇ、利弥さん。満たしても満たしても満たされないものって、なんだと思う?」

いつぞや、小牧から問われた質問を菜月は利弥に投げかけた。

「なぞなぞか?」
「そう。小牧さんが教えてくれたんだ。満たしても満たしても満たされないもの…って。
答えはね、欲≠セって。欲望はどれだけ満たしても、満たされない。もっともっと…と貪欲に欲してしまう。俺の欲もそうだよ。俺の欲はね、利弥さんを好きでいること」

菜月は布団の中で、利弥の手をとり、指を絡ませる。

「俺は、これからも、貴方の隣にい続けたいです。貴方にふさわしい自分になりたい。貴方をもっと笑顔にしたい」

言い切った菜月はとてもキラキラしていて。
随分大人になってしまった気がして、利弥は目を細めた。

「君は…、凄いな」
「違いますよ。俺が凄いんじゃなくて、あなたを好きな俺が凄いんです」
「なにか違うのか」
「違いますよ、とても」

菜月はクスクス笑うと、利弥の胸元に猫のように擦り寄った。
利弥の胸板に耳をあてながら、菜月は小さく笑う。

「今度は、俺が貴方に春を教えます」
「なつき…」
「だから、誰よりも幸せになりましょう、俺と一緒に。一緒に、幸せになっていきましょう」

菜月の言葉に、利弥は馬鹿だなぁ…と零した。
その顔が、とても穏やかで、菜月の好きな笑顔で。
菜月は涙ぐみそうになる顔を引き締めて、利弥の首に腕を回した。


「俺に優しくしてくれた貴方が好きです。
寂しげにもう誰も好きにならないといった貴方が愛しい。
不器用にしか生きられないと嘆く、貴方の側にいたい。
貴方の弱いところも、嫌な部分も全てひっくるめて、もっと知りたい。
そして、もっと貴方に頼られる俺でいたい」
「菜月…」
「貴方を愛しています。貴方を幸せにしたい。そして、隣で俺も幸せになりたい。
毎日毎日、貴方の腕の中にいたい」

菜月の言葉に返事をするように、菜月を抱きしめる腕がきつくなった。
けして、甘い言葉をくれたわけではない。
それでも、その腕の拘束で、菜月は十分だった。

利弥の優しげな表情に、夢みたいだ…と思いながら、瞳を閉じる。

きっと、明日からはもう悪夢は見ない。
春になったら、2人で桜を見に行こうと誘ってみよう。
菜月は心地よい微睡みの中、利弥との今後に思いを馳せて、幸福そうな笑みを浮かべた。




  
百万回の愛してるを君に