寒い、寂しい、会いたい。
(ただ、あなたに、会いたい。
そうしたら、きっと温かくなれる。
二人なら、きっと、寂しくない)
時折、どうしようもない虚無感《きょむかん》に襲われることがある。
ふとした瞬間にすべてが気に障り、嫌悪感で消えてしまいたくなるような、そんな負の感情に陥り身動きができなくなってしまう。
今までの人生をすべて壊して、新たな自分を一からスタートさせたらどれだけ楽だろう…なんて、そんな現実逃避にも似た考えに囚われてしまう。
現状から逃げ出したいと思う、この後ろ向きな衝動の名前は、なんという名前なのだろう?
消滅衝動?
破壊衝動?
自滅的衝動?
(なんなんだろうな…)
中川菜月《なかがわなつき》は、そんなことを思いながら、横になっていたベッドの上で身じろいだ。
りぃん…と、夏の終わりを告げる夜の虫の音だけが、部屋に静かに鳴り響いている。
風通しがよくない小さな部屋には、クーラーはおろか扇風機もなく、室内はうっそりとした生暖かな空気で満たされていた。
朝の気配はだいぶ先のようで、カーテンの隙間からは、未だに空が黒い衣装を身につけており夜の世界を支配していた。
電気もつけられていない、月明かりだけが灯された静寂に支配された空間に一人でいると、まるで闇の中に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
深い深い闇に、一人置き去りにされたような…、そんな心細さ。
たった一人、自分しかいない世界に置き去りにされたような物悲しさ。
闇に溶けてしまうなんて、あり得ないのに。
夜なんて寝ていたらあっという間に終わると頭ではわかっているのに。
それでも、じっとしていたら、このまま闇に飲み込まれてしまいそうな、そんな漠然とした不安が菜月の心をしめていた。
(なにがこんなに不安なんだろうな…。俺…。
ようやく一人暮らしができたっていうのに、なんでこんなに寂しさに襲われてるんだろ)
一人暮らしを始めて3年目。
今更ホームシックになるような柄でもないし、恋しがる程、家に思い出はない。
一人暮らしにはなんの不満もないのに、時折、さみしさにも似た人恋しさを感じてしまう。
深くため息をつきながら、菜月は枕元に置かれたスマートフォンを手にした。
時刻は、深夜3時。
目覚めるには、中途半端な時間に起きてしまったようだ。
明日も仕事なので、夜更かしはできない。
7時に起床すればいいので、まだ数時間眠ることができる。
(変な時間に起きちゃったなぁ。疲れているはずなのに)
はぁ…とまた、重い溜息をひとつ。
今夜もまた眠れずに寝不足のまま、朝を迎えるんだろうな…と菜月はスマートフォンを放り投げ、瞼を閉じた。