小さいころから菜月は不眠症の気がある。
それも重度な不眠症で、人の平均的な睡眠時間の半分ほどしか寝ることができなかった。
寝不足のせいか、低血圧でもあり、背も同じ年の男の子と比べるとだいぶ低くて、華奢な身体である。肌の色もハーフと見間違うくらい白く血の気がなかった。
低血圧で、手足も驚くほどに冷たい。

お化けのようだ、と言われたことも一度や二度じゃない。


菜月も努力しなかったわけではない。
ネットで睡眠不足に関することは調べたし、生活も改善してみた。が、成果は一向にでることはなく。
寝よう寝ようと思えば思うほど、眠ることはできず、頭は冴えてしまって、答えがでないことを何時間も考えすぎてしまい、寝不足に陥っていた。

もともとマイナス思考気味であるのだが、夜になるとそれに拍車がかかり、自己嫌悪に囚われ悶々とし気が付いたら朝に…なんてザラであった。
ぐっすりと寝れたことなど、ここ数年では片手ほどの回数しかないかもしれない。

せっかく眠れたと思っても、悪夢を見ることも多く、うなされてしまい余計疲れるということも多かった。
いっそのこと、寝なくても疲れない身体になれたらいいのにな…と何度思ったことだろう。
悪夢を見るくらいなら…と、睡眠時間を削ったこともあったが、たとえ削ったとしても悪夢は見てしまうし、身体の疲れは残る。
それどころか、睡眠時間を短くすればするほど、悪夢を見る回数も多くなってしまい、余計に身体に疲れが残るという悪循環にも陥った。

自分は眠りで呪いでもかけられているんだろうか?
眠り姫でもあるまいし…。でも、こんなに悪夢を見るのはやっぱり霊的なものでもついているんだろうか…
と、そんなことを真剣に考えてしまうくらい、睡眠は菜月の中で悩みの種になっていた。


昨日も、誰かに首を絞められるという夢をみた。
首を絞められる夢は、この1か月で5度目のことである。
悪夢を見たくないのと、早く眠りにつきたいという思いから、いつもクタクタに疲れきるまで仕事を詰め込んで、倒れこむように布団に入るのが日課になっているのだが、その甲斐も虚しく昨日はなかなか寝付けなかった挙句に、悪夢を見てしまうという二重苦であった。


 特に夏の終わりから秋の中頃までの間は、不眠症の症状がひどくあらわれ、連日まともに眠ることができず、クマを作り真っ青な顔で仕事にいくことも多くなる。
懇意しているバイト先の店長もそんな菜月の症状を心配してくれて、数年前、今菜月が通っている睡眠医療専門の病院の医者を勧めてくれた。
勧められた医者は確かに丁寧であったし、菜月の症状にあった睡眠薬を処方してくれた。おかげで少しだけ安眠できる日が増えたものの、未だに眠れない日々のほうが多く、現在も通院を続けている。
先生や店長には申し訳ない…と思いつつも、心地よい睡眠は訪れず、薬ばかりが増えていった。

『君はもしかしたら、精神的ストレスを感じているのかもしれないね。首を絞められる悪夢…か。安堵感を感じることができれば、ぐっすり眠ることができるかもしれない。今自分の中で窮屈に感じていることはないかい?』


ストレスのもとを消すことができれば、安眠することができるんじゃないか。
ストレスの元をなくさないと、もしかしたらずっとこのままかもしれないよ。
医者はそうアドバイスもくれたが、そもそも、自分が何にストレスを感じているかもイマイチ理解ができなかった。

(窮屈に感じる…か。
窮屈ってなんだろうな…。イライラしてるってこと?
ストレスを感じるほど、真剣にいきてもいないし。
いつもどうでもいいや…って、そんな風に思っているだけで。こんな考えがいけないのかな。投げやりな自暴自棄な考えが、ストレスになっているのか…?)

そう脳裏に浮かんだところで、ふ、と菜月の口端が心もとなく弧を描く。

(でも…楽しいことなんてないしな…。
毎日毎日同じ日々を繰り返して…。
おんなじ毎日をビデオテープみたいにおなじように繰り返していく。なんの変化もなく)


なんの変哲もない日々を、ただただ過ごしていく。
過ぎていく毎日を、何の干渉もなく、ダラダラと過ごしていく。
仕事漬けの日々。
眠るために疲れて、疲れるから眠るだけの日々。

お金だけは増えていくものの、空っぽな気持ちはちっとも埋まらない。
これといった趣味もなく、"自分"らしさも持ちあわせていない。
誰かになにか言われれば流されるようにイエスというし、自主的に動いたことはない。
とっても空っぽな人間である、と菜月は自分のことをそう評している。

なにも、なくて。
だれも仲のいい人もいなくて。
まっしろで、無にひとしい。
なんて、空っぽで虚しい。


たとえば、明日死んだとしても、誰にも気づかれることもないかもしれない。
探してくれる人など、いないかもしれない。


そんな悲観的なことを、ふとした瞬間に考えこんでしまう菜月には、身近に頼れる人間はいなかった。




  
百万回の愛してるを君に