胸の高鳴りは、菜月の意思とは関係なしに、それからも度々起こった。
主に利弥に微笑みかけたときや抱きしめられたとき、優しくしてくれた時などに、その高鳴りは強くなっていった。
高鳴るだけではなく、利弥を思うとなんだか寂しさを感じたり時折、苦しさを感じるほど、胸が締めつけられた。


(この広い部屋は、利弥さんの家だから、だからいないと寂しく感じるんだ…。
物足りないと思うから、早く帰ってきてほしくなる…。
この部屋にあまりものがないから、こんなに寒々しく感じるのか…。
ものが…たとえば、花なんかあったらそんなに寒々しく感じないのかも。俺がこんな風に利弥さんに思うこともなく)


 利弥への感情は、けして恋愛感情ではなく、大人の頼れる男の利弥に、親のような愛のような愛を感じているんだと思い込んだ。

これは、恋愛感情なのか…一瞬考えもしたが、そもそも自身は男であるし、同じ同性に、しかも自分よりも大人でガタいも大きな男にときめくなどありえないと、すぐにその考えを脳裏から消した。
今まで、女の子にときめきを覚えたこともなかったが、かといって男を好きだと思うこともなかった。


 この胸のざわつきは、ただの親愛の感情であり、利弥にとって自分は同居人…いや、ペットのような存在だと自分に刷り込んだ。


ただ、世話になっていればいい。
ペットのように、ただ愛玩されればいい。
そうすれば、ずっと世話をしてもらえる。
なにも考えず、感じず、ペットのようになにもできなければ、このままここにいさせてもらえる。
なにも気づかずに、ただしっぽを振って忠犬のように利弥の帰りを待っていれば、20歳になるまでここにいさせてもらえる。

身体がまともに動かず、家事もできなくても、ここにいれば、生活できる。
切り詰めた生活をしなくてもいいし、バイトに明け暮れなくてもいい。

だから、余計なことは考えない。
考える必要など、ない。


認めてしまえば最後、今の生活があっという間に崩れ去ってしまうような、そんな脆さがあった。

ただ、ペットのように、何も考えず、愛玩されていればいい。
わんわんわん、と嬉しそうにないて、主人の帰りを出迎えて、しっぱを振るような、そんなペットになればいいのだ。
ただの、忠実な、ペットになればいい。
愛されるだけで満足する、忠実なペットに。
それ以上をきっと、利弥も必要としていないだろうから。

わんわん、と、ただ鳴くだけでいい。
それ以上の感情なんて、いらない。

それ以上の感情なんて、ほしくない。




「ね、利弥さん。
利弥さんは、花欲しくない?」

 ソファーに腰掛けながら、菜月はなにげなしに利弥に尋ねた。
リビングにいるとき、菜月は大体ソファーに座ってテレビを見たり、スマホに夢中になっている。

ふかふかのソファーは何時間座っていても尻は痛くならないし、何よりダイニングテーブルで利弥がよく仕事をしているので、それを見つめていることもできる。

部屋にいるよりもリビングのソファーに、ちょこんと座っていた方が居心地がよかった。


ソファーは3人掛けで、真ん中の席がウサギ縫いぐるみの特等席である。
利弥と一緒にソファに座るときは、右側が菜月左側が利弥、そしてふたりの間にぬいぐるみという配置が多い。


利弥のような30歳過ぎた男の部屋に、ウサギの縫いぐるみなんて…と最初は思ったものの、今ではすっかりソファーの主として君臨しており、逆にないと落ち着かないくらいである。

ウサギの縫いぐるみには利弥は名前をつけていなかったようで、菜月は「うさ子さん」とその縫いぐるみを命名した。


「花?」

利弥は、ダイニングテーブルの上にパソコンを広げたまま、返事を返す。


「うん。前言ってくれたでしょ。
俺に花をって…。」

ものが少ない部屋に花でもあれば、明るくなるのではないか?
こんななにもない部屋にいるから、一人のときは寂しく感じてしまうのかも知れない。
そう思っての問いだった。

 利弥はなんやかんやと忙しいようで、花をあげるといった会話から数日はたっているが、いまだに花は貰えていなかった。

菜月も、いつか貰えればいいな…と思うくらいで、いつ買ってくれるの?と催促したりもしていない。もちろん、あのときかけられた言葉は嬉しいものだったけれど、催促するほどでもない。


 休日も仕事を持ち帰り、忙しそうにパソコンを打っている利弥をみると、花を買いに行って欲しいと思うよりも、休んでほしい気持ちの方が強かった。


 今日も朝起きてからずっと、珈琲片手に難しい顔をしたまま、何時間も休憩をとらずにパソコンを打ち続けている。
仕事で新しい企画を成功させるため、睡眠時間はもちろん、プライベートの時間までも削っているようだ。
 数年かけて話し合っている、社内あげても大きなプロジェクトのようで、なにがなんでも成功させたいらしい。
商談に商談を重ね、暇さえあれば資料を作ったりしているようで、寝る時間もほとんどとれないようだった。

目に隈ができ、だるそうにしていても、利弥はここ最近は、じっくりと休むことなくパソコンを打っている。
いつ休んでいるのかわからないくらい、仕事してばかりだった。
そんな利弥に少しは休めば、と忠告したいものの、仕事だから、といわれれば、菜月は黙るしかなくて。
利弥がたおれることのないよう、利弥の仕事姿を見守る時間が増えた。


「俺も、いつか、自分でお金稼げるようになったら、利弥さんにあげたいな…って思って。
好きな花、ある…?」

なにげなしに菜月が尋ねた言葉に、利弥は、顔を曇らせて、いや…と口ごもった。


「いや…?」
「ああ、うん。
その、あまり…花は好きではないかもな…。」
と、利弥は視線を落として、パソコンを打つ手を止めた。
苦々しいその表情に、花が嫌いなんだな、と思い知らされる。


(…やっぱり嫌いなんだ…
なんで、嫌いなんだろ…?
初めて会った時もそうだった。
紫の花束、なんだか浮かない顔をしてみていたし)

何故、花が嫌いなんだろう?
じぃ…と利弥を見つめていたら、利弥は視線に気づいたのか、手を止め、仕事を中断させた。


「菜月、そんなにじっと見ていたら、集中できないんだが…」
「ご、ごめんなさい…!」

すぐに謝った菜月に対し、利弥は眉を下げて、困ったように顔をした。
怒っては、いないようだった。


「いや、君がそんな風に私を見る理由も、わからなくもないんだ…。
私が花を毛嫌いしている理由が知りたいんだろう?」
「う、うん」

花が嫌いな理由も知りたい。
でも、それ以上に、もっと利弥のことを知りたい気持ちが強い。
もっと、もっと、彼のことを知って、彼のことを理解できるようになりたい。
忙しい彼になにかできる自分になりたい。

(俺が知ったところで、どうしようもないかもしれないけど…)

それでも、もし、利弥が何か悩んでいるなら聞いてあげたい。
彼をもっとよく知って、彼の役に立ちたい。
そんな欲求が菜月の中で育ってきていた。

(なんで、こんな風に思うんだろう…)
バイト先の店長にさえ、素直に行為に甘えることができず、どこか距離を置いて接してしまっていたのに。
利弥のことは、なにかと気にかけてしまう。
気になるどころか、自分から彼のことが知りたいと近づいていた。

 菜月がじっと、眼差しを向ければ、利弥はふぅ…と大きく息をついて、
「たいした理由じゃないが…」と、利弥は前置きし、パソコンから菜月へ視線をうつした。


「最初に会ったときにも言ったかも知れないが、散る瞬間が好きじゃないんだ。
むなしさを感じるから。
花が散る儚さや切なさなんかを感じるのはどうもな…。」
「せつない感じ?」
「そう。切ない。
虚しい、寂しい。儚い。
そんな虚無感が混じった感情におそわれる…。
儚い…すぐ、消えてしまうものを見ると。

花の…散りゆく感じが、失う喪失感を感じてしまって…好きじゃないんだ
どうしようもなく、悲しくなる」

そんな、くだらない理由だよ、と利弥はため息交じりに言葉を零した。

頼りなげに揺れる、双眸。
できる男の利弥なのに、一瞬見せた頼りなげな姿は、道に迷って悲しんでいる子供のようにもみえた。


(たまに、利弥さんってこんな顔する…。
大事な人を思うとき…初めてあった時もそうだった。
いつもは、そんなそぶりないのに、時折、すっごく寂しそうで消えてしまいそうな…。
なんなんだろう?)

優しくて、穏和な彼のたまに見せる影。
余裕がある大人であるはずの彼が、ふとした瞬間に見せる寂し気な姿は、弱弱しく、いつもの余裕などなくて、まるで迷い子のように心許ない。


(利弥さんの弱いところも全部知りたいってのは、図々しいかな…。
きっと、俺が見てる利弥さんって、利弥さんが作った完ぺきな自分で、本当の利弥さんのことはきっと全然わかってないと思うから…。
もっと知りたい。知って、助けになりたい。
そしたら、世話になっている恩返しもできるような気がするし…)


そんなことをぼんやりと考えていたら、

「菜月は切ないってどういう意味か知っているか?」

唐突に、利弥が菜月に問いかけた。

「切ない…ですか?」
「ああ」


利弥の問いかけに、菜月は首を傾げたあと、少しして口を開く。

「切ない…。
えっと、泣きたくなるほどの思い、なのかな?
恋愛小説とかで、うたい文句であるじゃないですか。
切ない恋の物語、ってやつ。
あれって、泣きたくなるほど、胸をうつ恋の物語って意味じゃないかなぁって…俺は思ってるんですけど…」

菜月が意見を述べれば、利弥はそうだな…と相づちをうつように口をついた。


「切ないって言うのは、自分でもどうしようもない思いの感情をいうらしい。
自分でもどうしようもできない事柄への思い…。
満たされず、やりきれない感情や悲しみや愛しさで心が苦しいありさま。
そんな状態をいうらしい」
「どうしようもなく…心が苦しい?」
「そう。
どうしようもなくて、心が苦しくて辛いと思うありさま。そんなどうしようもない思い。

切ないの“切”の字は、心が切れるほどの想いから、らしい。
心が切れてしまうほどの強い思い。

元々、切ないって言葉は、最初は「大切に思う」とか、ポジティブな言葉だったらしい。
それが変化して今では悲壮感をもつ言葉になった、と。」
「そうなんだ…。
よく知っているね、利弥さん」

感心したように菜月がいえば、利弥は口端をあげ、いや…と苦笑する。


「こまきが…、」
「こまき?」

「…友達がよくそういう話をしていたからな。
こっちが滅入るくらいに、そういう話ばかり…。
文学フェチらしい」

「友達…」

「そう。友達、というか、悪友か。

いい加減でちゃらんぽらんで、フラフラしている癖に、文学が好きな、おかしなやつだよ…。

見かけは本なんて読まないような、アウトドアっぽい外見で、髪なんかも明るく染めているし、いつも高そうな服きている、軟派っぽい感じのやつなんだ。
でも、実際は暇さえあれば本読んでるやつ。

よく小説なんかの話を持ちかけては、私に話していた…。
私よりもリアリストで人を簡単に切れる非情さをあるのに、時にロマンチックなことをいう…おかしなやつだよ…」


そういう利弥の顔は穏やかで優しい。
きっと、利弥にとっていい友達なのだろう。


「…へぇ…」
「今でもあいつとはよくのみに行くんだ。
プライベートでも、一番近しい存在は、もしかしたら今でもあいつかもしれないな…」
「いちばん、近い…」
「ああ、親友みたいな…。
俺のことを一番知っている。
そんな、存在だな」

(一番近しい存在…?)
利弥の言葉に、ちり…とイヤな感情が擡げた。
嫉妬のように、ちりりと胸を焼く感情。

(友達…か…。利弥さんと同じ年なのかな?
どんな人なんだろ…。やっぱりその人と一緒にいると安心するのかな…。俺みたいなただの同居人じゃなくて…。一番の親友だったら)

世話になっている自分とは真逆の、利弥が頼れる存在なのだろうか。

迷惑しかかけていない自分なんかよりも、その人といる方が安らげるんだろうか。

(俺は…利弥さんの中で何番目なんだろう…?)

菜月の思いなど、気づいていないように、利弥は言葉を続ける。


「これは、その友達が言っていた言葉なんだが…、切ないという言葉に、『大』という字を一字つけてみる。
すると、「大切ない」になる。

つまり、切ないって言葉は自分にとって大きな大事なものがなくなったような、なくなってしまうような、そんな感情をいうんだと友人は、よくいっていた。

そんな大事なものを失う、心の大きなものを動かす感情、そういうのを、切ないと言うんじゃないかな…って。

大切なものをなくすと、人は大きな切ない感情に苛まれてしまう。
大切に思う感情は、失う時に大きな切なさも共ってしまう感情だと。
心を引き裂かれるような…」

(大切なものをなくす…切なさ…)

大切な人がなくなった消失感と悲しみ。
利弥の言葉をうけ菜月の脳裏に、あのお兄さんが思い浮かんだ。

(俺も、経験したあの消失感と一緒…)
失った時の消失感と、哀しみ。
もう誰にも頼らないと子供ながらに思った日。
あの時は誰にも頼らないと決めた筈であるのに、今は利弥の元で世話になっている。

(絶対にもう、誰にも甘えないって思ったのに…)


「私は、もうそんな大事なものを失う感情を味わいたくないんだ…。
だから、切ない感情なんか、二度と感じたくない。もう二度と大切なものなんかいらない。
そんなもの、いらない」


利弥は感情の籠もらない口調で、淡々と告げた。
菜月に対し、優しい言葉をはき甲斐甲斐しく世話を焼いている人物と同じとは思えないくらい、その声は淡々としていて。
感情が籠もっていない声であったのに、なぜだか、凄く寂しさを感じた。


(俺がかっちゃんが死んでショックだったように…利弥さんも大切な人が死んでショックだった…。花を見て、その人を感じでしまうように。辛い別れを?)
利弥の突き放したような、感情の籠っていない拒絶の言葉に、胸がずきずきと痛む。
一瞬、揺らいだ利弥の瞳は、今にも泣きだしそうにもみえた。

「ごめん、利弥さん。あの…その…」
「いや、私の方こそ。
菜月は善意で言ってくれたのに、拒否する言葉を言ってしまって…。悪かった」

利弥はそういって、菜月に再び謝った。
口元に笑みを浮かべていたが、それが無理して笑っているように見えた。


「俺って、結構、利弥さんの地雷踏んでるよね?」
「地雷…。そんなわけは…」
「でも、悲しそうな顔してるよ。
利弥さん、仏頂面で表情出にくいけど、わかるよ。
っていうか、わかってきた。
一緒に暮らしてて…だんだんと、わかってきた」
「そうか…」

ぶっきらぼうに見えて、世話焼きで。
完ぺきに見えて、実はどこかさみし気な子供の様で。
ニコニコと微笑んだと思えば、すごく悲し気な顔をする。
 色んな顔を持つ利弥。


「でね、わかってきて…
わかるぶんだけ、もっとわからないことも増えてきた」
「わかるぶんだけ…?」
「そう。知れば知る分だけ、知らない部分が増えていって、俺のイメージしている利弥さんが毎回変わっていくの。毎回毎回少しずつ、新しく知っていく感じ…」

一緒にいればいるほどに、彼を知る。
そして、一緒にいればいるほどに、完ぺきな彼が見せる弱い部分に、また彼がわからなくなる。
完璧な彼が見せる、完璧じゃない姿。
そんな姿をみるたびに、利弥も欠点のあるふつうの人間なんだと安心した。
そして、欠点の弱い部分を見つける度、もっと彼を知りたいと思った。
彼の弱いところも、ダメなところもすべて。


「それで、俺もっと、わかりたいって思った。
俺の視線さ、不思議なんだけど利弥さんに奪われたみたいに、最近、利弥さんを追っちゃうんだ。
可笑しいよね…。利弥さんとは、出会ってまだ数ヶ月しかたってないのに。
目が離せないんだ。

ねぇ、利弥さん…」

菜月は、ソファーから立ち上がると、ダイニングチェアに座っていた利弥を背後から抱きしめた。

「菜月…?」
背後の菜月へと顔をやろうとするが、それは
「そのまま、きいて…」という言葉によって制される。


「俺は、利弥さんに何も返せない。
利弥さんは、いているだけでいいっていうけど。
でも、俺だって何か返したいんだ。
恋人でもなく、家族でもないし、無償の愛なんて貰いすぎだと思うからさ。

ただ甘やかされるだけじゃ、ダメだと思うんだ。たとえ、利弥さんの大事な人の代わりでも…さ。
俺、ちゃんと返していきたいんだ。
利弥さんが世話してくれたぶん、ちゃんと恩返しがしたい。
俺は…、利弥さんと同じ男だし、返された恩をきちんと返したいって思うんだ」
「恩返し…?」

「うん。
といっても、今はまだ右手もちゃんと動かないし。
歩くのも部屋の中くらいしか無理だけど。

でもさ、話をくらいなら聞くことはできるから。
辛かったら、愚痴とか、吐いてもいいから。
ほら、辛いこととか、人に話すと少し楽になるって言うでしょ?

だからさ、弱音とかって恥ずかしいかもしれないけど、ほら、俺こんな身体だし、なにもできないしペット…犬だと思っていいから…。」

お前は、犬は飼わない方がいいと友人にいわれ、飼うのを辞めたと利弥は住んだばかりの時言っていた。
その言葉をきいて、菜月は、自身が利弥が欲しがっていたペットのようになることで、利弥は喜ぶのではないか…と考えた。

ペットのように疲れた利弥をいやしていけたら…と。

人間をペットのように思えなんて、馬鹿なこといっていると思うものの、菜月には他に利弥に返せるものなど思いつかなかった。


「利弥さん、犬飼いたいな…って言ってたじゃん。だからさ、グチでもあったら話してほしいんだ。
誰かにいったら、重い気持ちもすっきりするだろうし。
俺、犬だから誰にも何も言わないし、ちゃんと最後まで飼い主の話聞くから…」
「菜月…」
「だから、もっと利弥さんのこと、知りたい。
利弥さんが寂しいときは一緒にいたい、って思うんだ…。一人にしたくないって思う。
傍にいさせてほしいって…思うんだ」

愛じゃない、そう、これは、恩だから。
拾ってもらった、恩だから。
だから…。

「俺、利弥さんの犬になる。
なんでも言うこときく、忠実な犬になる。
だから、俺がいる間は、そんな風に一人で悩まなくていいから…。
悲しかったら悲しいって言っていいから。
大事な人の代わりにしてもいいし。
大事な人を思って苦しいときは、苦しいって俺にも言ってくれていいし、二人でどうしたらいいか考えていけたらいいな…って。
利弥さんは自分のこと人間失格って言っていたけど、俺は全然そんな風に感じないから。
だから、その…ええ…っと…その、あの…だからね、その…」

(ペットでもいいから、一緒にいたい、なんて…)
必死に言葉を紡ぐ菜月に、利弥はふるふると小刻みに身体を震わせていた。


「利弥さん…?」

首を傾けて利弥の顔を覗くように見てみれば、利弥は、声を押し殺して笑っていた。
そんな利弥の様子に、菜月の顔はサッと赤らむ。

「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
「いや…、随分可愛いことをいうもんだなぁ…と思ってな…」
「か、可愛い?利弥さん、目、悪いの?」
「あいにく、目つきは悪いが目は悪くない」
「だったら視覚が可笑しいんじゃない?
俺みたいな男に。
俺のどこをどうみたら可愛いなんて思うんだよ…」
「菜月」

不意に、利弥は笑うのをやめて、口元を引き締める。
そして、菜月の腰をとり身体を引き寄せると、己の額に菜月の額をこつん、とあわせた。

「利弥さん…?」
「ありがとう…」
「…っ、」
「側にいてくれて、ありがとう」

くしゃり、と髪を撫でながら言われた言葉に、恥ずかしさとそれだけじゃない甘い感情が、菜月の中を駆け巡る。

「どういたしまして…」
視線を合わせることができなかった菜月は、視線を外しながら、 そう、小さく返した。




  
百万回の愛してるを君に