夜明け、明朝。
ルッテ・クラウンよりずっと東、イーストサザンの海にて。

 海賊らしい髑髏どくろと、左下部分にカオークスの華を描いた海賊旗をマストに掲げ、まるで国一番の商戦のように大きな海賊船が、イーストサザンの静かな夜明けの海に停泊していた。
イーストサザンといえば、暖かな気候で海を泳ぐ魚も、それらを食する海鳥も多く昼間はとても賑やかな海だ。
海賊船に慣れた海鳥などは魚だけでは飽きたらずおこぼれをもらいに海賊船にやってくるし、海の王者である、海中動物シャルなどは海賊船をおそれずに襲いかかってくることもある。

昼間は戦いに限ったわけでもなく、騒がしい海なのだが、夜はそのなりを潜め、暗闇に静かに波を打たせていることが多い。

現在は、まだ暗闇の方が圧倒的に多く占めていたが、ほんの少しだけ海の水面に日の光が滲ませていた。
あたりは静寂に包まれていて、波の音しかしない。



 海賊船の船首せんしゅには、一人、静かに海を見つめている男がいた。

男の他に、船の甲板の上でおきている者は誰もいない。
見張り役であろうマストの上の見張り台にいた海賊はいたものの、呑気にいびきをかいていた。寝入っている男の片隅には酒瓶が数本、転がっていた。
ほかの海賊も彼同様に寝入っているのだろう。
何十人と船には海賊であり、戦いや楽しいこと大好きな男達が乗っていたが、甲板にたっているのは男一人。
騒がしく昼間は笑い声や怒鳴り声が響く船の甲板は、まるで顔を変えたように静かだ。


辺りはまだ薄暗く、いつもは優雅にどこからともなくやってくる海鳥すらもいない。
朝焼けと、暗闇が混じった海の水面は、暗くどこかさみしげで、でもとても綺麗な色をしている。


 いつもの喧噪が嘘のように、静かな船の上。
男は朝の少し冷たい朝の風に吹かれながら、まとっていたマントをはためかせ、海を見つめていた。
じっと、恋いこがれるような視線で、そこから視線を逸らすことなく、ずっと…。


 黒い男の少し長めの肩まである髪が、冷たい風により、さらりと靡く。
長髪であるが、けして女らしいというわけでもなく不潔な感じもしない。
肌は浅黒く、堀が深い顔でいて、陽気な性格の彼に似合ったその髪型は、女受けしそうな、少し軽薄な感じがするものの、野生じみていてワイルドで。
立っているだけで男の色気を醸し出している男に、その髪型はよく似合っていた。
男はいつもは、その肩までの黒髪をひとくくりに結わえているのだが、今は下ろしていた。


 男のこの海賊船での名前は、ジャック。
この船の船長であり、この海を支配する海賊団ジャック海賊団のボスであった。
この男…ージャックは、この海一番の剣の腕前を持つ海賊でもある。
この海一番の男…、といっても、現在、彼は他の海賊との戦いで負傷してしまったせいで、片腕になってしまっている。
片腕…といっても、それがハンデにならないくらい、彼は強くまたその一味も彼に負けず劣らず、腕に立つものが多かった。

片腕ではあるが、男らしくて海賊なのに正義感溢れ、何を恐れることもない、無鉄砲すぎて無茶ばかりして、それから何に対しても熱く誰よりも優しいジャックを、心底尊敬している部下も多いという。

最近配下になった海賊団や、仲間になりたいと船に乗ってきた新入りは大体ジャックをまるで神様のように崇め憧れを抱いているものがほとんどだった。
中には、ジャックに救われ恩を返したいから…と船に乗船している仲間もいた。

そんな憧れたまなざしで見つめる仲間に対しても、ジャックはほかの仲間と同様に偉そうにするわけでもなく、わけへだてなく接している。
神様のように…そうあがめている仲間もいるが、ジャックの性格は実に人間味溢れている。

楽しいことが大好きで、バカばかりやって、無茶な戦いを挑んで、時に無謀とも言える駆け引きをする…。女を見ればでれりと鼻の下をのばすし、気障ったらしいせりふで口説いて、振られることもしばしば。

そんなジャックを仲間は呆れることなく、常にこの船の船長として、仲間として彼の元、海賊として船に乗っていた。
そんな彼を慕う仲間に囲まれたジャックは、いつも海の上では、楽しそうに笑っている。


しかし、ふとした瞬間…、一人になったときなどは、少しアンニュイな顔を見せる。

いまも。
ジャックは海を見つめ…、一人、物思いに更けていた。
その顔にいつもの陽気さはない。
いつもの陽気さを微塵も感じさせないほど真剣な表情だった。
百万回の愛してるを君に