この世界には、3つの神がいるという。
地の神、天の神、そして、海の神。
それぞれの神は大地と、そしてそこに生きる生命をお造りになられた。

天の神ならば、翼を持つもの。
地の神は広野を走り回るもの。
そして、海の神は海を泳ぐもの。

それぞれの地で生まれた祖は、神の寵愛を受け不思議な力を持つという。

海で生きるものならば、海の神。
そして、地は地の神。
天ならば、天の神。

人の世に関わらぬ神々が、唯一《ゆいいつ》干渉するもの。
それが、神々が最初に作った“祖《そ》”となるものであった。

 海の神の祖は、人と魚の間の子、人魚だとされている。
海の神に愛された子。それが人魚と言われていた。





 海に守られた国、ルッテ・クラウン。

元は人魚がいたという伝説もある、海に囲まれたこの大国は、今日も禍々《まがまが》しい紫色の不気味な厚い霧で覆われ、仄かに血の匂いも立ちこめていた。
海の潮のにおいをかき消すほどの生臭い血の匂いは、休戦状態であり、人は大量に死んではいないはずなのに、けして消えることはなく、国中に蔓延していた。
血の嫌な匂いが鼻に入り、目をつむっても常に血を意識せざるおえない国。
謎に包まれた死の国。


うっとおしいほどの霧は、濃度が濃い場所になると、すぐ隣にたつ人間の顔がまったくみえないくらいである。霧のせいで右も左もわからずに、霧の中を歩き迷い込んでそのまま、帰ってこない人もいるという。
中には、この悲惨な現状を嘆き、わざと霧が深い中を歩きそのまま命を絶つものもいた。


雨が降っても晴れの日でも、たとえ消えることのない厚いもやのベールで覆われた霧は、本当に偶に薄れることはあるものの消えることはなく、ここ数年に渡りこの国の周りを覆い隠していた。

この国一帯を覆う不思議な霧は、この海に囲まれた国・ルッテ・クラウン全土に渡る。都市部はもちろんのこと、都市から、うんと離れた田舎町まで。
このルッテ・クラウンという国は消して、狭い国ではない。
どちらかといえば、大国の部類に入るだろう。
なのに、霧はこの国をすっぽりと覆うようにたちこめていた。
まるで、国中全土を監視するように立ちこめる霧。
この霧が血なまぐさい匂いの原因なのではないか…と推測する人間はけして、一人ではない。

 
 消えることのない霧は、まるで毒ガスのようでもあったし、いつまでたっても消えないという不気味さもあった。


 朝でも、霧に阻まれたこの地は薄暗く、どんよりとしており、人々もあまり外に出歩くことはなく、市街地ですら、静まりかえっており、活気はない。日が沈む前に人々は常に家に閉じこもり、息を潜めて暮らしていた。
“あれ”の恐怖から逃げるように。


 数年前は、光り輝く海に守られ子供の笑い声が絶えず聞こえていたこの国は、“ある時”から急に様を変えてしまい、今はまるで死んでしまったかのようにひっそりとしている。
人々の瞳からは輝きがうせて、毎日屍のように覇気なく生きて過ごす。

 昔は笑いあい助け合っていたのに今では大半の国の民からはその笑顔は消え去り、いつも“恐怖”におびえた顔をしていた。
この地に住む子供でさえも、常に恐怖におびえており、笑い方も忘れたかのように、いつも顔をこわばらせている。
小さな子供でさえ、“あれ”の恐怖を知っており、無邪気に笑うことすらなくなってしまった。

ある日、ある時。
この国を貶めた元凶の男によって。
この国の運命は、大きく変わってしまった。

 それまでは、平和で笑いの絶えない国であったというのに、たった一人の男によって。


 
 海に守られ、人魚に愛された国・ルッテ・クラウン。
貿易が盛んな、海町。
他国からはそう称された国も、今は“統治者”が許可した必要最低限の商船のみが港を通ることを許されており、ほぼ他国とは交流のない鎖国された状態であった。
他国との交流は統治者を通さなければ、商売であったとしてもできないものとなっていたし、人の出入りも統治者が許可したもののみであった。
独裁的ともいえる決まりに、反対がなかったわけでもない。他国がルッテに貿易を再開させようと訪れたのも1度や2度じゃない。
すべて、統治者によって、異を反するものは殺されてしまったけれど。

 この国の現在の統治者。
それこそが、この国を陥れた男である。
統治者の名は、バハロ。
それが本当の名前か、それとも男が適当につけた名前かは定かではない。

バハロを知るものは、いう。
バハロは人間ではない。
化け物だ…と。
 暗闇が、夜を支配する刻《とき》。
霧も相まって、視界を奪い、霧と闇ですべてを覆い隠す頃。

深い霧の中、どこからか今日も泣き声と助けを求める声が、木霊《こだま》していた。
延々と泣き叫ぶ声、そして、業火《ごうか》に燃える家々。
鋭いナイフを片手に子供に襲いかかる大人。
血の海と動かぬ躯《むくろ》
目を覆いたくなるほどの惨たらしい光景が、そこらじゅうで繰り広げられている。

一夜ではなく、連夜。
終わらぬあくむのように、“それ”は続いていた。
血で塗られた毎日が。けして終わることなく。


 国の貧富の差が激しい為せいで、今日も夜な夜な子供までもが、大人に混じり悪事を繰り返す。

一夜、二夜ではなく、それは何日も続き、なにもおこらない日の方が少ないくらいであった。
人々は夜でさえも安心して眠れることはできない。
覚めぬ悪夢しかみることのできない日々。
誰もあらがうことのできない、残虐な日々。


ルッテ・クラウンの治安はここ近年でこれ以上にないくらい、荒れてしまっていた。
夜に町を出歩けば、たちまち、無力な人間は身ぐるみはがされ、最悪そのまま殺され町に放置される。


常に霧に覆っている国では犯罪は日常的なことであったし、無力な人間が泣きをみることも多かった。
悪事を働いたところで、ほとんど警備隊に捕まることはない。また万一捕まったところで、その人物が金持ちの子息であったりすると何のお咎めもなく釈放するくらいである。
権力さえあれば、どんな犯罪であっても、大抵もみけしてしまう。


国の警備隊は、何の後ろ盾のない貧しい警備隊に運わるく捕まってしまった犯罪者には厳しく折檻するのに、犯罪を未然に防ごうともしなければ熱心に取り締まろうともしていなかった。

そんな警備隊であるから、悪事はなくなることはなく、増える一方であった。
弱いものが虐げられ泣き寝入りし、権力者などはその力を盾に好き勝手荒らしていく。
国はそんな治安でも顧みることはなく、それどころか国に納める税をあげ、より民に負担を強いた。

無力な民は一方的に虐げられるばかりで、中にはあまりの困窮した生活に飢え死にしたものもいる。愛し合っていたものも、生活することができず、この貧困に別れたものもいるという。


いまやこの国は暴行や恐喝が日常茶飯事になってしまったし、血を分けた親子でさえ信用できないほど、治安は悪くなっていた。
百万回の愛してるを君に