「い……っ」
きゃん、と声を出して呻いたニルに、水をかけられたように我に返る。掴んでいた細い髪をかき分けて見下ろせば、細い首の真ん中に、赤い咬み傷ができていた。
「うわ、派手にやったわ、ごめん」
咬み傷の真ん中に、赤く血が滲んでいる。さほど深くはないがニルからしたら充分痛いだろう。そっと血を拭うと、涙目のニルが顔を上げた。
「大丈夫、です」
「大丈夫ではねぇよ、……やめるか?」
するりと髪を梳いて、顔を寄せる。ニルの甘ったるい息が鼻先にかかった。大事にしてやろうと常々思うのに、時々こういうところで人間の脆さを目の当たりにして嫌になった。眉を寄せた小柳に、うつ伏せのままニルが顔を上げる。細い指が、髪の後ろに回った。
「……大丈夫だから、続けて、ロウさん」
ほしょほしょとした湿った息がうすく小柳の瞼を濡らした。
「……んっ」
そっとその頭に手をやって、腰を持ち上げる。今度はなるべく、自分が思っている何倍も優しく掴んだ。咬み傷を避けて首筋に口を寄せる。本当は、もっと優しくしてやりたいのに、時折力加減を間違える。軽く口付けて、もう少し噛みついてやりたくなって、やめた。思うままに抱けばそのうちニルの傷の治りの方が追いつかなくなる。
「ニル、……ニル」
薄っぺらい腹をなぞって、突き出した骨の形を探った。この身体の、もう少し奥がどんなにか頑丈だったら良いだろつに、生憎中はもっと脆かった。ニル、ともう一度呼ぶと腕の中で僅かに彼女が身動ぐ。ニル、ニル、――お前が、人でなければもう少しだけ悩まなくても済んだのに、と思う。そしてどこまでも人らしい彼女を、皮肉にも愛おしいと思っている。
「ロウさん、すき」
掠れた声でニルがそう言って、薄く笑った。その声に何もかもがどうでも良くなって、強く抱きしめた。汗で張り付いた前髪をかきあげる。広くなった視界の真ん中で、ニルが苦しそうに眉を寄せて、己を見上げていた。その様がどうしても好きで、愛おしくて、この感情の正しいぶつけ方をまだ己は知らない。