キスの日


 焦燥よりも憎くて劣情よりも清廉で愛情よりも悔しい感情を、恋とも愛とも名付けないままにしておきたかった。見下ろす彼の瞳が誰よりも優しくて、それもとびきり優しくしようと心がけて優しいことを知っていたので、いずれ私を失う彼の深いところに手を伸ばしてしまうことが何よりも恐ろしく、何よりもくるしく、何よりも恋しい。

 本当は不器用な癖に番うと決めてしまった、意思よりずっと深い脳のひだから一途な狼であるから、私以外に目移りなんかできない人だった。
 それが彼の狼として最も不幸なところだ。「お前を失うのが怖いから他の雌なんか見たりしねえよ」といつしか眉根を垂れて言った彼のごく人間らしい感情なんかが、私にはこの指先から少しも溢し落としたくないほどに愛おしかった。

「ロウさん、キスして」

 ほんの少し高い背丈に踵を上げると彼の瞳がきゅうと狭まって私を捉える。そのままそこに貼り付けられたみたいに、指の先まで糸の通って吊るされているかのようにぴんと張り詰めて冷たい指が私の頬に触れた。
 
 お前、ほんとど直球で馬鹿。可愛いやつ、と言って尖れた犬歯が唇を掠める。お願い早く、息なんかなくなるくらいに、キスして。