ありもしない永遠をまた信じている


 数百年の孤独を、孤独と思ったことはない。
 人間はどうせ己を忘れる。かつて「おいぬ様」と祀りあげた白狼のことなど、とうに頭の片隅にもないだろう。いつのまにか勝手に伝説にされた白狼は散り散りになり、同胞の行方など最早知らぬに等しかった。暗く陰惨とした暗殺稼業に身を落とし、おいぬ様が聞いて呆れる有様だ。切り捨てた数だけ歳を食った。百を超えてから、もはや数えることをやめた。

「小柳くん、また単独行動ですか?」

 その聞き慣れたのんびりとした口調に、小柳は思わず溜息をついて、仕方なしに足を止める。顔を覗き込む星導の瞳が、ゆったり細まって揶揄うように仰ぎ見た。

「みんなを傷つけたくないんですね、やさしいひと」

 星導はそういうと、ふ、と笑って小柳の視界からするりと抜け出した。捉えどころのないやつだった。舌打ちをして、目深に布を被る。星導が歌うような口調で、隣に並んだ。

「俺も行きますよ、小柳くんひとりじゃ、突っ走りますから」
「うるせえ、いらねえ」
「酷いなあ、ライもカゲツも泣かせますよ、そんなんじゃ」

 態とらしく出されたその名前に、小柳はぴく、と肩を震わせた。

「関係ないだろ」

 吐き捨てた言葉が低く掠れる。
 星導のぬるい声が、暗い静寂で一等鋭く薙いだ。

「不器用なひと」


 孤独を孤独だと、思ったことはない。

 一人で生きることに苦しさを感じたことはなかった。痛かろうが、辛かろうが、嬉しかろうが、ただ一人であるだけだ。元より分かち合うようなたちでもなければ、分かり合えるほど素直にもなれない。人は弱い。神に等しい白狼からすれば、人間なんて簡単に潰れる弱い生き物でしかなかった。失うくらいならはじめからない方がいい。忘れられるくらいなら、誰にも心を預けない方が良い。
 心の柔らかさを、孤独で埋め尽くせるならそれが一番良いはずだった。ヒーローだなんだと集まった彼等は皮肉にもぬけぬけと小柳の孤独を土足でぶち破って、隣に居座った。

 平等に人を助け、誰も傷つかない世界を作ろうと集まった孤独な四人組だ。本来誰とも心を分かち合うはずもなかった彼等と出会ったせいで、まだ己に、こんなにも、孤独を感じる心があったものかと思い知らされてしまったので、小柳にとっては酷く不愉快で、煩わしく、忌々しい、そして何よりも、今度は失うことが怖くなった。

 どこまでいっても人にはなれないくせに、人との関わりを断てない己に腹立たしかったのかもしれないし、当然のように守りきれない己が憎たらしかったのかもしれない。守られるほど弱い奴らでないことが、よっぽどくるしかったのかもしれない。或いは、彼等に、この背中を預けてもいいと思えた時、ついぞ本当に、失う怖さと向き合う羽目になることが何よりも恐ろしかったのかもしれなかった。

「――抜刀」

 抜けば玉散る氷の刃、するりと抜いた刀が宙を斬り、音もなく暗闇を裂く。光る剣先は弧を描いて、鞘に収まった。消滅した妖魔の残滓を確認して、深く被った布を外す。伸びた髪を払って、目隠しを外すと、しげしげと残骸を見つめる星導の旋毛が眼下にしゃがみ込んでいた。

「すごいですねえ」
「馬鹿、あんま触るな。まだ妖術が消えたわけじゃねえ」
「心配してるんですか?」
「うるせえ。そんなわけねえだろ」

 吐き捨てて、身体を翻す。適当に本部に報告を書き留めて、オトモを指先で呼び出す。近寄った口元に指を這わせて紙を手渡した。

「悪いけど、これ本部のとこ持っててくれるか」

 なぁん、と鳴いたオトモが肩を離れて遠ざかる。ふと、五月蝿い二人組の顔を思い出して、小柳は少し眉を顰めながら渋々携帯を取り出した。案の定、夥しい着信履歴の数に顔を顰める。覗き込んだ星導がはは、と楽しげな声を上げた。

「これは怒ってますよ、ライ」
「……めんどくせえ……」

 重たい指先で着信を掛け直す。ワンコールもたたずに取られた電話は、開口一番の大声に、スピーカーが震えた。

『小柳!!!また単独行動したでしょ!!!!』

「……声でけえよ」

 きーん、と響いた声に眉根を寄せて声を絞り出す。どうやらカゲツもいるらしい。『ほんまに最近そういうの目立つで』と苦言を溢した後、始まる怒涛の文句に小柳は少し電話口を遠ざけて、深い溜息を溢した。

『あ、今またか、って思ったでしょ。小柳がそういうことならこっちも考えあるから』
「思ってねえよ、考えってなに」
『いーーや絶対思った!次やったらニルちゃん人質にとるからね!』
「っはあ〜!?」

 言い放った伊波に、星導がひゅう、と冷やかすように笑う。冗談じゃない、と焦りやら気恥ずかしさやらでこめかみを震えさせた小柳に、伊波は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

『じゃ、帰ったら任務の報告宜しく!』
「おい待て馬鹿、てかなんでニルの名前知ってんだ、おい伊波――くそっ」

 ツー、ときれた電話に思わず叩きつけそうになって、脱力した。どこで切ったかは知らないが、大方隣で「怒られちゃいましたねえ」と飄々と澄ましているこの男が喋ったに違いない。じとりと睨んだ小柳に、星導は少しばつの悪そうに目を緩めて、それから薄く唇に弧を描く。

「意外でしたよ」
「何が」
「小柳くんが、あんな、あまりに人間らしい人間の女の子を選ぶなんて」

 ちっ、と短く舌を打って、小柳は吐き捨てた。

「――お前らのせいだ、ばか」