「なあ、俺、お前のこと好きって言ったと思うんだけど」
ぴた、と止まったニルが丸い目をしぱしぱと2度ほど瞬かせて、───それから、ええっ、と情けないほど大きな声を上げた。
どうしようもなく、ほかに変えがたい感情で、それ以外の表し方も消化のしようもしなかったので、仕方なしにこの女を好きだということを認めたのが早二週間前の話だ。それからこの十四日間、いっそ恐ろしいほどにこの女の態度は変わらなかった。口を開けば「ロウさん今日も大好きです!」「ロウさん今日もかっこいいですね!」などとつらつら大声で叫ぶくせに、あっさりと、なんの気もない顔をして己の方を見る。寧ろ全て分かった上でこの態度ならば殊勝なものだと思うが、───凡そ、そうではない。残念ながら一から十までいってやらねばわからない女を好きになってしまったので、この様子では、この柔らかく丸い旋毛の奥の脳みそには、こちらの好意が勘定に入っていない。
どこで気がつくかと様子を見守っているのも悪くはなかったが、いい加減腹が立ってきたので言ってやった。大体、仮にもこの白狼が人間の女に好意を伝えてやったのに、まるで知らん顔なのも気に食わなかった。「俺、お前のこと好きだって、言ったんだけど」もう一度はっきりとそういうと、ニルがしおしおと崩れるようにうずくまった。
「こ、こまりますう……」
「なにが」
「だって、私、ロウさんのことすきだから」
「もうそりゃあ耳タコやね」
うう、とどこから出ているのか疑いたくなるほどに気の抜けた声を上げて、ニルが顔を覆う。
「お前が好きだよ」
「やだ、やだいわないでください」
「ふざけんな、勝手かよ」
思わずその丸い頭を軽く叩くと、ニルが指の隙間からひっそりとこちらを仰ぎ見た。可哀想に、目の端が赤く染まって潤んでいる。ざまあみろ、こっちはお前の何十倍、何百倍も悩んで決めたことだ。せいぜい俺のことで悩みやがれ。そう思って、じっと目を合わせてやる。
「小指出して」
「……はい」
「ん」
おずおずと戸惑うように差し出された細い指先を逃さず掴む。そっと同じようにして、己の小指を絡めてやった。きゅ、と隙間なく結んだ指の先が、ぬるく絡まっていく。
「狼は、一生で番うのは一匹だけなんだよ」
見上げたニルの、瞳の淵が緩やかに揺れる。
「だから、俺はお前が死のうがなんだろうが、お前だけ。お前も俺だけにして」
いいな、と言って、指の先をきつく結ぶ。孤独よりも、ありもしない永遠よりも、お前の笑顔とお前の愛情を信じてやった、それだけだ。そっと瞳の奥を覗き込むと、ニルがうう、ともう一度呻いて、崩れるように顔を伏せた。
「う、うう、ロウさあん……」
「え、やば、泣いてる?おい、泣くな、なんでだよ、泣くところではないだろ」
「ロウさんがあ〜……」
ぐすくずと子供みたいに泣いて、再び顔を覆ったニルが、殆ど言葉にならないままに繰り返し名前を呼んで、それから小さく膝を抱えた。仕方なしにその丸い頭を撫でてやって、引き寄せる。何も泣くことはないだろう、と思ったが、そういう素直で、真っ直ぐで、よく泣いて笑うところを実に人間らしく、実に心地よく思ってしまったのもまた己だった。強く抱きしめて、軽く髪をすいてやる。ニルが鼻を啜って、少し喉をえずかせた。
「ロウさん、」
「なんだよ」
「大好きです」
「知ってる」
きゅ、と頼りない指先が小柳の服の袖を掴む。「長生きしろよ」と声をかけると「できるかぎり」と返ってきた。それでいい、人は移ろいやすい生き物だ。できるならお前の残りの80年近くをそのまま俺にくれるのなら、俺はお前をこの先何百年、愛してやったっていいと、思っている。