狼は、これと決めたら生涯伴侶と添い遂げる。
たった1人の雌としか番わない。たとえその雌が死んだとしても、一度番えば生涯でただ一人だけだ。
理性や知識の問題ではない。狼として生まれ育ったその瞬間から、もっと本能的な、生き方の根本に刻まれている。下手な操や誓なんかよりもずっと確かで強烈だ。
狼にとっての番は人間のアイラブユーよりもずっと重たい。そして大好きよりも、ずっと確実だった。
「ロウさん、見て」
きゃらきゃらと明るい声でそう呼んだニルに、小柳は画面から顔を上げた。いつもより幾分めかしこんだニルが悪戯っぽそうに立っている。くるり、とニルが回ると問いかけるようにしてスカートの裾が弧を描いた。
「いいじゃん」
それだけ言ってまた小柳は画面に目を戻す。ひしゃげた犬のような、きゅん、ともきゃん、とも似つかぬ声を出してニルが近づいた。不服そうな丸顔がずいと小柳の前を遮る。
「もうちょっとなんかいうことあっても良くないですか!?」
「おー可愛い可愛い」
「う、うーん……まあギリ許しちゃうかも……」
ニルはそういうと、やんわりと眉を垂れる。
「せっかく珍しくロウさんが出かけようとか言い出すので、新調したんですよう。……ほら、この辺とか可愛くないですか?可愛いんだけどなあ……」
くる、ともう一度まわって見せて、ひらひらした袖をニルが指先で弄ぶ。なるほど、確かによく見れば見たことのない服を着ていた。小柳は今度こそ携帯を置いて、まじまじとニルを見た。眼鏡の奥の目を癖で細目に狭ませながら、上から下までニルを見る。
「いいじゃん」
「あ、またそれだけじゃないですか!」
もう!と言ってニルはその場にぺたりとしゃがみ込んだ。どうやら何かものを申したいらしい。とりあえず聞いてやろうと思って小柳は眼鏡を外した。遠近がぼやけて、何やら珍しく機嫌が良くないらしいニルの輪郭がゆるゆると溶けた。
「ロウさんに可愛い〜って言われるために選んだんですけど」
小柳は目をしぱしぱと瞬かせた。
「え、何それ、ちょー可愛いじゃん」
「……今言わないでください、話がややこしくなります!」
「はは、何だよ」
「とにかく!ロウさんがね、見てくれると思ってきたのに、片手間はちょっとだめです、だめ」
大事なことなので二回言いますよ、と言ってニルが続ける。珍しいこともあるものだ。普段小柳の気持ちなどどこ吹く風の能天気が、本当に珍しく、拗ねている。一体どうしたものかと好奇心半分にニルを面白がって見やれば、どうやら今日は本当に拗ねているらしい。よっぽど何か鬱憤が溜まっていたようである。
仕方あるまい、こうならばとことん聞いてやるのも小柳の役目だ。何、と促して、ニルの指先を触った。ニルはそれに一瞬きゃん、と声をだして――それからばつが悪そうに、目を逸らした。
「……ロウさん、最初しか好きって言ってくれない」
「……は?」
眉を顰めた小柳に、ニルは被せるようにして慌てて続けた。
「いやそりゃあね!私だって最初は、えー!ロウさんと付き合っていいんですか自分!って思ってましたし、全然それで十分でしたよ。十分好かれてそうなのもなんとなく、なんとなくですけど私でもわかります!」
「へー、ニルにしては優秀やん。お前そういうのほんと、鈍いもんな」
「そんなことないですって!」
小柳は騒ぐニルの、少し伸びた爪の先をなぞった。指の腹と爪が擦れる痛みが気持ちいい。しばらくそうして、小柳はニルの細い顎を掴んだ――思いっきり、両手で、鷲掴みに。
「ずっと言ってんだろーが」
「あ、え、ええ?」
「俺の番だ、って言ってんだろ。……そりゃあ好きだの愛してるだの、そんなもんは確かに俺は言う方ではないかもしれねえけど」
そう言って小柳は少し目を逸らす。人間のニルからすれば、そういうのが欲しかったのかもしれない。が、生憎そんな柄ではない。白狼はそれほど器用ではないのだ、その辺りを見誤ってもらっては困る。
「番って……」
「何」
「……愛してるより、確かだったりします?」
ニルが目の中いっぱいに困惑と期待を入り交ぜて、小柳を見た。
「さあ、その辺はお前に任せるよ」
ぱ、と手を話してニルを解放する。情けなく眉を垂れたまましゃがみ込む彼女の額を軽く指ではじいて、ついでにその濡れた唇に噛みついてやった。ひぃん、とニルが泣きそうな声をあげた。実に満足だった。