する、と髪をすくと、毛先が柔らかく滑り落ちていった。
白い頬を軽く手の甲で触って、閉じた睫毛の隙間を覗き込む。暗い部屋の真ん中で、規則正しい息の音だけが静かに響いていた。
「なあ、もう寝た?」
「───……う……」
「起きたか」
う、と短くうめいて震えた睫毛に少しだけ肩をすくめて、ベッド脇に腰掛ける。空気が冷たかったのか、眉を寄せたニルがいやいやと首を横に振って情けなく顔を枕に埋めた。それに手を伸ばすと、細い指がにゅっと伸びてきて、先に掴まれる。顔を上げた瞳が眠たそうに細まったままこちらを仰ぎ見ていた。
「ロウさんおかえりなさい……」
「ただいま」
「……起こされました……」
それだけ言うと、ニルがくあ、と欠伸を噛み殺して身体を持ち上げた。何をするかと思えば徐に近寄ってきて、膝の真ん中で力尽きる。へたり込んだ後頭部を軽く撫でると、尻尾を踏まれた犬だってもう少しましな声をあげるだろうと言いたくなるほど気の抜けた声で呻いて腰に腕が巻き付いた。むせるくらいの彼女の匂いに、ほんのわずかに胸が苦しかった。
「起こして悪かったな」
「起きたかったのでいいです……」
「俺が眠くなるまで起きてられる?」
「それは無理かも………」
だよな、と鼻で笑うとニルが不服そうに腕に力を込める。真夏のぬるい風が、開けたままの窓から吹きこぼれて額をくすぐった。寝静まった蝉の声の隙間から昼間に日の目を浴びられない夏の虫の声がする。汗ばんだ首筋に張り付いた髪の先を払ってやりながら、うずくまったニルの薄い背中に目を落とした。
「なあお前ってさ、俺が急に世界征服するわ〜とか言い出してもついてくる?」
「…………………はい?」
のそ、と起き上がったニルが、重たい瞼をあげてこちらを見上げて瞬いた。そのままの意味、と繰り返して見つめ返すと、ニルが不思議そうな顔を隠さないままに「まあ、はい、そりゃあ」とあっさりと頷く。黙って先を促した己に、ニルがやわらかく言葉を探すように眉根を寄せて続けた。
「別にロウさんがヒーローでもライダーでもショッカーでも大好きですよ」
「……ライダーとショッカーは別やね」
「ロウさんが全部捨ててこいっていうなら、私は喜んで捨てられると思います」
ね、と言ってニルが首を傾げた。まっすぐで迷いがない目でそう言って、また眠そうに欠伸を噛み殺す。ぐっと背中を丸めてその見上げた瞳に近づいた。夏の夜から隠すように、顔を寄せる。ニルの息が浅く湿って、まつ毛をくすぐった。
「でも、お前に捨てさせるような男にはなりたくねえかも」
低く呟いた己に、ニルがふ、と息を吐いた。緩んだ口元から薄く息が漏れる。ロウさん、と呼ぶ声が、ひどく甘ったるかった。
「……うふ、ロウさんかっこいいです、ヒーローみたい」
「ばーか、ヒーローだよ」
「知ってますよう、みんなのヒーロー、小柳ロウさん。でも暗殺者のロウさんだって大好きなんですから」
やわくあまく伸びた指先が己の頬に触れて、ニルの唇が近づいた。噛み付いて壊しそうな薄い唇の皮に軽く歯をたてて、捩った身体を捕まえる。俺もお前のこと好きだよ。掠れた声で呟くと、ニルが知ってますよと湿った声でそう返した。しってますよ、番ですからね。生意気で、可愛くて、どうしようもなく憎たらしい、そういう女の甘さを、信用していた。