どこが良かったとか、どこが好きだとか、そういうのはもう全部まだるっこしくなるくらいに、目の前で馬鹿みたいに笑う女のことが好きだった。
不器用で、人間臭くて、己と何もかもが真逆なくせに正面からぶつかってくる。結局のところ生涯唯一の番に選んでしまったので、それ以上でもそれ以下でもなかった。この女の、己の4分の1にも満たない人間如きの残りの寿命と引き換えに、己も生涯愛してやることを決めた。それだけだ。
恋だとも、愛だとも思わなかった。腹の底から一途にたてた誓いを、にくたらしいほどいとおしく、恐る恐るに抱き寄せている。
「ロウさんもう、つけるとこないかもしれないですけど」
そう言って差し出された薄い掌には、小さな箱が乗せられている。受け取って開くと、一対の細やかなピアスがちょんと揃って並んでいた。黙ってその瞳を仰ぎ見ると、些かバツの悪そうに目が逸らされる。垂れた眉がきゅっと狭まって、小柳を窺い見る。
「ふ、深い意味はないです、趣味にあえば、くらいで良くて……」
聞いてもいないのに、気まずくなったのか口早にそう言ってニルが己の掌におさまった箱を閉じる。忙しない細い指先をとって箱を取り上げて開くと、ニルがうう、と小さく呻いて顔を伏せた。「今日なんかあったっけ」と聞けば「…………特には」と返ってくる。箱を横に置いて棚を開けながら、気まずそうな彼女に背を向ける。
「あー、あれ、向こうの箪笥から消毒とか取って」
「えっ!?今開けるんですか!?」
「なんで?そういうことじゃねえの」
どこに閉まったっけな、と棚の奥を覗き込むと、買ったっきり置いたままのニードルが転がっている。余分に買ってそのままだったのだろう、手に救急箱ごと持ってきたニルが「ロウさんなんでそんなに持ってんの……」と眉を垂れる。
「あんま安定しねえんだよな」
「治りが早いから?」
「そう、昔一気に開けてそのまま」
「昔ってどのくらい?」
少し考えて、丸い瞳を見下ろした。
「さあ、覚えてないけど、百はいってねえんじゃねえかな」
そっかあ、と呟いてニルがぺたりと隣に腰を下ろす。そのまま箱を開けて手際よく消毒を並べると、冷たい指先が耳たぶに触れた。「しみないですか?」「平気」ぬるい息が湿って、耳の奥をくすぐる。
「これ、開けるとこあります?もう」
「あるだろ、多分」
「えーどこだろ……この辺とか?」
「お前の好きなとこでいいよ」
目を伏せてふ、と思わず笑うと、ニルがひぇ、と情けない声をあげる。尻尾を踏まれた犬だってもう少しましな声をあげるだろうと横を見れば、ほんのわずかに目の端が赤らんでいた。
「で、きませんよ…う…」
「なんでだよ」
「……だってずっと跡、残るんですよ」
下がったまつ毛の奥で、ゆるりと先を見失った瞳揺れていた。顔を近づけて、重いっきり額をぶつける。いたいっ、と喚いた顔を手で覆った。冷えた人の頰が、心地よかった。
「じゃ、なんでよこしてきた?」
ニルの瞳がゆったりと持ちあがる。噛みつけばすぐに皮の破けそうな唇が困ったように開いて、小さく声が漏れた。
「忘れないでほしかったから、ずっと」
――厄介なやつ。呟いて、強く噛みついた。忘れるかよ、こんなうるさくて馬鹿で、どうしようもなく愛おしい女。薬臭い指先を絡め取って、強く結び直す。この感情を、今更恋だとも愛だとも思わない。一度番うと決めたので、あとはそれだけでもう、良かった。