確信はないけど


 ああこのひとは人ではないんだな、と、確かにその時脳の奥からそう思った。

 揺れる長い髪は風に揺れている。伏せた長い睫毛が夜に溶けて、す、とこちらに気づいて持ち上がる様がやけにぞっとするほど美しかった。なまじ美人だけにどうにも凄みがあって、たまらず忙しなく指先を丸めた。振り返った彼の薄い唇が、ニル、と軽く呼ぶのを聞いて、漸く絡め取られたように動けなくなっていた足先が緩む。息を吐くと、掠れた声が漏れて消えた。

「ロウさ――」
「お前まーーーた、ばか、大人しく待ってろっていったろ!」
「う、わあっ!?」

 やんわりとぺし、と振り下ろされた手のひらが頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。そっと見上げると、そこにはいつものロウさんがいて、なんだか妙に安心して目を閉じた。眉を困り眉に寄せて、呆れた顔で私を見下ろすロウさんだ。長く伸びた髪、目隠しで隠れた瞳はそのままだったが、それでもほっと胸を撫で下ろして、顔を寄せる。案外引き締まった胸板にすとん、と落ちると、冷たい指先が私の頭に添えられる。

「うお、なんだよ急に」
「ロウさんだあ〜〜……」
「なにいってんだお前」

 乱雑に頭を撫でて、ロウさんが困ったようなため息をつきながら肩を下ろす。「待てのできねえ犬め」といって頬をつねる指先から、ほんの少しだけ血の匂いがした。

「遅かったから、なんかあったのかなと思ったんですよう〜……」
「へーえ?信用できないってか?あ?」
「違う!違いますいってない!」
「嘘だよ、心配してくれたのはありがとな」

 そういって、ロウさんがくしゃ、と笑ってみせる。笑う時の、少し垂れた眉も、猫みたいに細められる瞳もいつものロウさんで、思い切り顔を擦り寄せた。吸い込んだ彼の匂いに混じる血の匂いも、鉄の匂いも何もかも、丸ごと愛していたい、その何もかもを、好きでいられると胸を張っていたい。すきです、と言おうとして開きかけた私に、わかっていたかのようにロウさんが声を重ねた。

「でも、人間じゃねえから、俺」
「……ロウさん、」
「お前とは全然違うよ」

 する、と撫でた指先がひやりと冷えて、耳朶をくすぐる。見下ろす瞳がどこまでも優しくて、苦しくて、揺れた瞳孔の奥に、ああこのひとは、本当に、人間ではないんだなあと、まざまざとそう思ってしまった。わかっていたつもりだ、己の何倍も生きてきて、そしてこれからも生きゆく彼のことを、奪うことにも奪い取られることにも慣れてしまった、それでも情けを捨てられない不器用な彼のことを。

「……私、」
「ん」
「大好きです、ロウさんが、かっこよくて、大好き」

 本当はもう少し、気の利いたことでも言えれば良かったのだと思う。たかが20数年の人生では、それ以上のことはなにも思い浮かばなくて、それでも目の前にいるこのひとをどうにかしてまとめてあいしていると言えるだけの器量が欲しくて、苦し紛れにそういった私の瞳に、ロウさんが少し膝を折る。目線を合わせて、それから薄い唇が緩く弧を描いた。ロウさん、好き、大好き、本当に好き。開いた私の声ごと食い尽くすように、ロウさんが氷を割ったように笑って見せた。

「お前ほんっと、そればっか」