今年の夏も楽しかったですねえ、と声をかける声がやけに間伸びをしていて、あまりにぬるい声色だったので、なんとなしにむず痒くなった。
見下げた丸いつむじは楽しそうに花火の袋を覗き込んでいて、ぼんやりとそれを眺めながらベイプの火を入れる。まだ夏も始まっていない春先から夏は花火だスイカだと言い張るので、これはよっぽど付き合ってやらないことには長く恨まれるだろうと半ば諦めてついてきてやったが、それほど悪くはなかった、と思う。燃え切った火薬の匂いに少しだけ鼻を澄ませて、緩く煙を吐いた。
「あ、ロウさんほら、線香花火」
はい、と言って渡された細い紐を先で摘んで、黙って受け取ると、ニルがにへら、と笑って見せた。緩く撫でる生ぬるく湿った海辺の風が、頰に貼り付けて離れない。
「初めてやるわ」
「えっ!?」
「まあ一人ではあんまやらんね、花火は」
火貸して、と手を伸ばすと、ニルがちょっと眉を垂れたままライターを手渡した。風を覆って、火をつける。隣で同じようにして必死に火薬の玉を覗き込んでいる薄い睫毛を横目に、隣にしゃがみ込んだ。うっすらと嗅ぎ慣れた女の、甘い匂いがした。
「じゃあ行きますよ」
「ん」
「負けた方がアイス奢りですからねっ」
「フラグやん、それ」
しゅ、とほとんど同時に燃えた火薬の裾野が風に揺られながら枝を広げていく。弾けるような軽い音が心地よかった。やがて赤黒く丸く形を膨らませ、音もなく地面に消えて、ちぎれた紐だけが手の中で揺れていた。
「……ロウさん」
「ん?」
「どっちが勝ちました?これ」
ひょいとバケツに紐を放り投げて、わずかに震えた水面を覗き込むと、隣でニルが困った顔でコチラを見ていた。
「見てなかったのかよ」
「自分の見るのに必死でえ……」
「ははっ、馬鹿、まじで」
ひん、と眉を垂れる様があまりにも情けなくて、手荒く丸い頭を掻き回す。絶対に教えてやるものか、と思った。わずかに先に落ちた彼女の火薬を、ほんの少しだけでもそれを切なく思った己に、少しも気づかれたくはない。しんなりと呻くニルの手を取って、引き上げる。己よりも少し小柄な身体がたよりなくて、憎らしかった。
「来年もやりゃいいじゃん」
吐き出した煙を誤魔化すようにそう言うと、ニルが軽く声を上げて笑う。
「来年の話をしたら狼が笑う〜って言ってませんでした?」
「なんだっけそれ、そんなこと言ったか?」
「うふ、いいならいいんですよう」
何が感性に触ったか、くすくすと嬉しそうに笑って、柔い腕が絡みついた。やや高い人間の体温が、絡んで忘れられそうになかった。
「来年も再来年も花火しましょうね」
「はいはい」
「スイカも」
「また言ってんのかよ」
「一緒にいてくださいね」
伏せたまつ毛の先の表情は見えなかった。もしかしたら笑っていたかもしれないし、泣いていたかもしれない。きっとそれは知らなくていいことだ、己がまた、彼女に柔らかいところを知られたくないのと同じように。
「じゃなきゃ困るわ」
答えると案外あっさりとしていた。はい、と元気に返ってきた返事になんとなしに安心をして、遠さがるゆだる夏の足音に、甘い期待をしていた。