緩くまどろんだ向こう側に、見慣れた青い髪が揺れていた。
ぼんやりとした睫毛の隙間から、のぞいた視界がゆっくり輪郭を模っていく。細い指の先が額を撫でた。ひんやりとした手のひらが気持ちいい。思わずその手に頬を擦り付けると、聞き慣れた軽やかな笑い声がする。
「おはよ、ニル」
「……おはようございます」
喉から出た声は、思っていたよりもかさついていて、隙間が多かった。かたちの良い猫目が、それはまるでもう、愛おしくてたまらないものを見ているかのようにゆるやかな弧を描いている。瞳孔をきゅうと狭めて、細い指はするするとニルの前髪を払った。
「まだ寝てていーよ。俺がちょっと早く起きただけ」
「出かけるんですか」
「ん、ちょっと任務。そんな遅くなんねーから、ゆっくり寝てな」
そんなに優しい声が出るものかと言いたくなるほどに甘ったるい声つきでそう言って、小柳がそっと顔を寄せた。冷えた額が近づく。毛先の細い髪の先が、ニルの目元をくすぐった。
「いってくるわ」
「……いってらっしゃい」
ニルは寝惚けた声でゆるゆると手を振る。
小柳はそれにちょっと目尻をきゅっと吊り上げて、それからはは、と底抜けた調子で笑うと、二、三度ニルの頭を撫でた。跳ねた寝癖を少し雑に治されて、頭がぐらぐらと揺れる。そうして細い指先はゆったり離れていった。思わず目で追ったニルに応えるように、目の前でひらり、と左右に振られた。
「おやすみ、ニル」
____
「おかえりなさーい!」
扉を開けるなり飛び出してきた大きな声に、小柳は耳を塞いだ。
肩口で寝てきたオトモが飛び起きて、一直線に家の中へ飛び込む。「わっ、オトモおかえり!」としっかりと受け止めて、両手に抱き抱えたニルが声より遅れてひょっこりと顔を出した。
「ロウさん、おかえりなさい!」
「元気すぎるだろお前。ただいま」
おかえりなさい、と何度かわからない挨拶をして、ニルが健康そうににこにこと笑った。こいつ、朝はあんなにつぶれた犬みたいな声を出していたくせに。思わず憎らしくてわしゃわしゃと髪をかき混ぜてやった。「わ、」などと言いながらされるがままになっている。その姿のなんとも情けないことか。少し満足した。
「おー、いい子にしてたか」
「そんな犬みたいな」
「似たようなもんだろ。はは、髪ぐしゃぐしゃ」
「えっ、ちょっと、ロウさん!」
「直してやる、こっち来な」
何やらもごもごと文句を言っている身体を引き寄せて、たった今小柳の手で乱れた髪を撫で付けてやる。細い毛先が静電気で絡みつく。適当に直してやると、ニルは不満そうな顔をして、それから少しだけ背丈の高い小柳の顔を見上げた。
「ロウさんって、」
「なに」
「ああ、いや、なんか……ううん」
ニルはそういうと言いにくそうに少し唇を噛んだ。
「なんだよ、気になるだろ」
「ううん…その……」
そっと屈んで耳を寄せると、ニルが近づいた。ほしょほしょとしたよわい息が小柳の耳朶をくすぐる。
「時々いとおしくてたまらないみたいな顔、しますよね」
それだけ言って、ニルは逃げるように背中を向けた。剥き出しの裸足がかけて、部屋の奥へと引っ込んでいく。揺れる桃色の毛先を見つめた。己の匂いの染みついた息が、まだ耳の奥をくすぐっている。
「……うるせえやつ」