徒然なるままにひぐらし


 右肩上がりの文字だった。少し癖は強いが整っている。丸っこくて、読みにくいわけではないが、ニルらしく忙しない文字だった。ロウさんへ、と書かれた文字はどちらかというとロウさんへ!!という感じだ。びっくりマークが2個も3個も付いていそうな躍動感で踊る書き置きに目を細めて、思わず笑った。急いで書いて家を出ていったのだろう。朝から予約いっぱいなんで、とそういえば昨日の夜言っていたような気もした。

ロウさんへ

 おはようございます。朝ごはんは冷蔵庫です。チンしてください!マクドばっかじゃ身体壊しますからね!

ニル

 冷蔵庫を開けると、おにぎり数個と卵焼きが乗った皿がぽつんと置かれていた。この家ではすっかりニルしかほとんど料理をしないので小柳は冷蔵庫の中身のことにあまり明るくない。滅多に外にも出ないので、食に関してはニルに甘えっぱなしだった。言われるがままにレンジに入れて、ぼうったした頭でオレンジ色に光るターンテーブルの動きを目で追う。
チン、と音がして温まった皿に手を伸ばすと、思っていたよりも縁が熱かった。「あっつ、」と声を出して袖を引っ張る。袖の先で皿を掴んで、冷ましながらおにぎりを頬張った。わかめの塩っけが、朝の鈍った体に心地よかった。

 ふと、冷蔵庫横のメモ紙を手に取った。ニルがよく使っている少し太めのボールペンを握る。

ニルへ

仕事お疲れ様です。朝ごはん食いました。ありがとう。美味かったです。
夕飯は俺が作るのでやらなくて大丈夫です。

 そこまで書いて、小柳はぴたりと指輪を止めた。さて、作ると書いたが作れるだろうか。つい先日味のない卵焼きを作って同期に怒られたばかりだ。どうしようかと眉を顰めて、続きを書くべくペンを握る。

ただ、まだなんも思いついてないので、味の保証はできません。
んじゃそういうことでよろしく。

ロウ

「っし」

 それだけ書いて、満足げに小柳は鼻を鳴らして残りのおにぎりを頬張った。早く帰ってこいよ、と呟いて紙を冷蔵庫に貼る。帰ってきたらあいつはどんな顔をするだろうか。多分、無責任!とつっこみながら何を作ったって美味そうにへらへらと笑って食べるに違いない。――早く帰ってこいよ。もう一回呟いて、小柳は部屋の扉を閉めた。