不完全なきみへ

 スタートの合図とともに、凍てついたような高い音が響く。

『な、なんだーーーー!?』

 空に向かって伸びる大氷壁――轟から発せられたそれは、観客席の人を襲ってしまう勢いだ。ステージの半分以上が氷漬けになっている。

『轟、やりすぎだろ!? さすがに望月も行動不能か!? って、あれ? 望月は?』

 分厚い氷のせいで莉緒の状況確認ができず、プレゼントマイクや観客はざわざわしている。そんななか、轟はある一点を見つめて動かない。氷に一か所だけ不自然な空洞があり、そこから声が聞こえた。

「トランぺッター、ランダマイザ!」

 莉緒がスキルを唱えた途端、轟が攻撃を放つ。しかしランダマイザで攻撃力が低下しており勢いがない。莉緒は轟が放った威力の弱い氷を吸収すると、今度は自分にヒートライザをかけてステータスを上昇させる。

『望月、無傷!? つーか、何だ何だ!? 望月の背後に変なのが出てきたぞ!? 骸骨か? 何だありゃ!?』
『あれが望月の“個性”、ペルソナだよ。あいつは召喚した天使や悪魔などのスキルを使って戦う。騎馬戦の時も出してたろ、見てなかったのかよ』
『しかも轟の氷が吸収されたー!? 無傷なのはそういうことか!?』
『無視か』

「やっぱり氷は無理か……しかも、身体が重いし攻撃の威力もねえ。何かしやがったな」

 轟は氷が吸収されるさまを見ながら、自身の体に違和感を覚えているようだ。ランダマイザは攻撃力だけではなく、防御力と命中・回避率も低下させる。

「まあね。でも、それは秘密。ジャアクフロスト、大氷河期!」

 ペルソナを付け替え、スキルを唱える。
 会場全体を冷たい空気が包み込み、上空から寒気の塊が降りてくる。その寒気がステージを支配すると、地面から氷の柱が生える。剣状の氷は四方八方に伸びており、次々と現れては辺りを埋め尽くしていく。
 轟は瞬時にそれを避けるが、氷の柱に動きが制限されていた。

「ダイアモンドダスト」

 轟を中心として放射状に氷の枝が群生する。鋭利な枝は轟を傷つけ、続けてジャアクフロストのミラクルパンチで氷ごと吹き飛ばす。バネのついたボクシンググローブが現れ、轟を強打したのだ。『ぽよん』と場にそぐわない軽い音の割に、思いっきり飛ばされ氷の柱に背を打ち付ける。

『望月の怒涛の攻撃ー! 黒い雪だるまみたいなやつが轟のお株を奪う氷結攻撃!? からの猛烈パンチ!』
『轟が騎馬戦の時に見せた、確実に動きを止めてからの攻撃。同じことをやり返してるな』
『ってか、この対決、寒すぎだろ!!』

 歩きながら距離を詰める莉緒の背後には、顕現したジャアクフロストが嬉しそうに飛び跳ねている。
 近づく莉緒をけん制するように轟が氷を放つが、氷結吸収を持つジャアクフロストに吸い取られ体力として還元された。

『また吸収されたー! こいつもかよ!?』
『ペルソナによって持つ耐性が違うから、初見だとわからねえだろうな。恐らく望月は氷に何かしらの耐性があるペルソナしか出さないつもりだろう。轟は氷対策されている以上、別の方法で攻めるしかない』

 莉緒は轟が繰り出してきた拳を避け、その手首を掴むと自分の方に引き下げた。無防備になった轟の横顔に膝蹴りを入れ、体勢を崩させる。続けてお腹を蹴り上げるが、これは氷のガードで防がれた。

 轟は右足から氷を出し、勢いよく莉緒に向かわせる。また氷が吸収されると思いきや、当たる寸前のところで止まった。轟はそれを目隠しにして素早く近づくと、莉緒の腕を捉える。

「USJの時、腕を潰されてたな。つまりは捕まえられるってことなんだろ」
「そうだね。でも、どうするの? 反射されちゃうかもよ?」
「……これなら、どうだッ!」

 轟が背負い投げを仕掛ける。しかし莉緒は投げられる際に体を捻ると、絡み合った腕を引っ張り投げ返した。

『轟の攻撃を鮮やかに躱す望月! さすがの轟も打つ手なしかー!?』
『まぁ、接近戦に持ち込むしかないって思考もわかるが、望月は身体能力や格闘術のセンスも飛び抜けている。なかには物理攻撃を反射するペルソナもいるから無暗に攻撃できないんだろ』
『おいおい、こっちもチートかよ! 可愛い顔してえげつないな!』

 轟は背負い投げで体勢を崩してから関節を極めるつもりだったのだろうが、やり返されてしまった。
 莉緒が轟の瞳を見つめる。お互いの口からは白い息が出ていた。

「寒いよね、轟くん。……左、使わないの?」
「やっぱりそのための氷か」

 二人の周囲は轟の攻撃とジャアクフロストのスキルである大氷河期によってステージ一面が凍り、いくつもの氷の柱がそびえ立っている。
 初手以外は氷結攻撃を最小限にとどめていた轟だが、それでも体には霜が降り震えている。トランぺッターのランダマイザの効果もあるが、それを抜きにしても動きが鈍っていた。

「私はペルソナを介して氷を出すけど、轟くんは違う。右側を通して出る氷は自身の体を冷やしていく。私と轟くんでは体の冷える速さが違う」
「それでも、言っただろ。戦闘に於いて左は使わねえ!」

 轟が立ち上がり向かって行く。莉緒は体勢を低くして攻撃を避け、背後を取ると背中に回し蹴りを決めた。そのまま体を回転させ、勢いをつけてからステージに叩きつけるように蹴り落とす。

「このまま負けても?」
「……っぐ! ああ、それでもだ!」
「……そう。ジャアクフロスト、大氷河期」

 乱立する氷の柱。最初のものと合わせ、ステージ上には莉緒たちの周囲以外のスペースがなくなる。

「……ダイアモンドダスト」

 氷の枝が生え、轟は身動きが取れなくなった。体温がどんどん奪われていく。
 莉緒は氷のせいで立ち上がることができない轟を見下ろす。

「……例えば私がヴィランで、轟くんの背中には救けを求める人がいて……それでも左は使わないの? 氷漬けで動けない君の目の前で死んでいく人がいても?」
「それはッ……!」
「この状況を打開して救えるかもしれない、勝てるかもしれない。でも轟くん言ったよね、このまま負けたとしても左は使わないって」

 莉緒は両手の拳を握りしめる。手のひらに爪が食い込んだ。

「ヒーローが負けるって、そんな簡単なことじゃないよ! ヒーローが負けるってことは、誰かの笑顔が……幸せが奪われるってこと。本気を出さない人は誰も救えないし守れない。ヒーローとして背中を任せて一緒に戦えない……奪われた後に後悔しても遅いんだよ」

 今にも泣き出しそうな表情をする莉緒に、轟は返す言葉がないようだ。
 莉緒が小さい声でペルソナの名前を呼ぶと、辺り一面にあった氷が跡形もなく消え、轟を拘束していた氷もなくなった。

「私も言ったよね。本気の轟くんに勝ちたいって……」
「何を……!」
「ミッドナイト先生。棄権します」

 勝負を見守っていたミッドナイトが突然の申告に目を丸くさせる。

「え、ええ!? わ、わかりました。望月さんの棄権により轟くんの勝利!」

『はぁー!? 何だ!? 終始圧倒していた無傷の望月が棄権!?』
『周りの氷のせいでこっちまで聞こえなかったが、さっき何か話してたな』

 会場全体が唖然とするなか、莉緒はステージを降りていく。

「……おい! 望月!」

 轟が慌てて追いかけ、莉緒の手首を掴んだ。

「……本気を出していない轟くんに勝っても意味ないから。君は――」

 莉緒を掴んでいた轟の手から力が抜ける。
 それ以上、追いかけることも話しかけることもできず、轟は去って行く背中を見つめるしかなかった。

 ――君は何になりたいの?

 問いかけられた言葉が、轟の胸に深く突き刺さった。