「莉緒、お疲れ」
「莉緒ちゃん凄かった! 棄権なんて勿体ないよ!」
「何か理由があったのかしら?」
観客席に戻るとA組の生徒たちが一斉に声を掛けてくる。耳郎が空けておいた席にお礼を言って座る莉緒のその表情は、不機嫌さが隠せていない。
「……轟くんと喧嘩した」
「えー!? 何で何で?」
「本気の轟くんと戦いたかったから……」
「あー、それで轟を氷責めしてたんだ」
耳郎の言葉に頷いた莉緒は、後列に座っている尾白の方を振り向く。
「……ごめんね」
第二種目の騎馬戦で同じチームになった尾白から、「俺の分まで頑張ってくれ」と言われていたのだが初戦で棄権してしまった。それでも尾白は笑って許してくれた。
「そう言えば緑谷ちゃんと戦ってた普通科の人とも揉めていたわ。内容までは聞こえなかったけれど、言い合っていたわね」
蛙吹に言われ心操と仲直りできていないことを思い出した莉緒は、項垂れながらため息を吐いた。
「そうだった……しかも心操くんの時に言い過ぎて後悔したのに、またやっちゃうとか……」
「あまりイメージがなかったのですが、莉緒さんも怒ることがあるんですね」
「う〜ん。戦闘中は何かこう、ね……」
「莉緒ちゃん、戦ってる時は好戦的だもんね!」
「意外と負けず嫌いだよね、莉緒は」
「あははは……」
葉隠と耳郎の言葉に乾いた笑いを漏らした。
莉緒は一人で観客席を歩き回っていた。
クラスメイトに「心操くんに会ってくる」と言って捜索を始めたのだが、これだけ広い会場の中で心操一人を探すのは骨が折れる。まずは普通科の人たちがいるブロックを探すが、それすら見つからない。
思った以上に長時間探していたため、ステージではトーナメント戦が進み二回戦目である緑谷と轟の試合が行われていた。
轟の氷を防ぐために“個性”を使い、ぼろぼろになっていく緑谷。莉緒と戦っていた時と同じように、体に霜が降りてから動きが鈍くなる轟。
二人の声は、莉緒のいる場所までは届かない。
「左……」
轟の左側から燃え盛る、真っ赤な炎。
「きれいな炎……」
負けたとしても左は使わない――そう言っていた轟が左を使った。
涙を流しているように見える彼は、どこか吹っ切れたような表情をしている。そして緑谷に勝つために炎を広げていく。
莉緒との戦いで轟が左を使うことはなかった。きっと緑谷の“何か”が彼を変えたのだろう。今の轟は、あの時とは別人のようだった。
緑谷と轟、お互いが力を籠めた渾身の一撃がぶつかり合う。轟の氷によって冷やされていた空気が瞬間的に熱され、膨張し爆発が起こった。凄まじい音と一緒に爆風が吹き荒れる。
勝ったのは轟で、緑谷は場外に飛ばされ意識を失っていた。
「すごい……」
轟に向けた言葉なのか、それとも緑谷の方なのか――自分でもよく分からなかった。ただ、二人の試合に圧倒されていた。
そして、もう一つの感情が胸の中にくすぶる。
――悔しいなぁ……。
轟の左も、轟の本気も、莉緒には引き出すことができなかった。
莉緒はその場を動かず、ステージが補修される様子をぼーっと眺めていた。あの時の轟の炎が目に焼き付いて離れない。
「望月さん」
不意に名前を呼ばれる。
「……心操くん」
振り返った先にいたのは、今まで探していた人だった。
「話がしたくて望月さんを探してたんだ」
「私も、心操くんを探してここまで来ちゃった」
お互いがお互いを探していたことに、二人の間から笑みがこぼれた。騎馬戦後の険悪な雰囲気はない。
莉緒は心操の気持ちも考えずに言い過ぎてしまったことを謝った。
「いや、望月さんに言われたことは本当だった。緑谷に投げられた時、俺は何もできなかった」
心操は自分のことを話し始める。
敵 向きの“個性”だと言われ続けてきたこと、そのせいで自分の“個性”が嫌いだったこと、スタートは遅れたけどヒーローになりたいと思って雄英高校に来たこと。
「私、心操くんは“良い個性”を持ってるのに勿体ないと思った」
「俺の“個性”を良いって言ったのは望月さんが初めてだったよ」
「皆が気付いてないだけだよ。どんな“個性”でも極めれば強くなる、“個性”の育て方次第だね。後は駆け上がるだけ。心操くんならできると思う」
「簡単に言ってくれるね」
「簡単じゃないよ。でも、ヒーローになりたいんでしょう?」
挑戦的な笑みで問いかけると、心操は頷き力強い目で莉緒を見つめた。
「ああ、こっから這い上がってみせる」
その言葉に莉緒は微笑んだ。
「緑谷くんとの戦いを見て思ったんだけど、手の内がバレてることもあるし、別のアプローチも考えた方がいいんじゃないかな。煽るだけだと敵 が逆上して危ない場合もあると思うし」
「おう」
「でも、まずは基礎体力の向上かな。ちゃんと鍛えてたら身長差もある緑谷くんに簡単に投げられたりしないよ。それにどんな攻撃が来るかわかってても、対応できなきゃ意味ないからね」
「……おう」
「後は――」
「ちょ、ちょっと待った」
莉緒の口から次々と出て来る指摘に、心操は思わずといった感じで話を遮る。
「……?」
「あーと、その……轟との試合で思ったんだけど、望月さんって何かやってた?」
「うん。近接格闘術とか習ってたよ」
「へー、何歳くらいから?」
「ヒーローになりたいって思った4歳からかな」
「え!? じゃあもう10年以上も?」
莉緒が何でもないように答えると、心操は驚いているようだった。
「ごめん、10年以上も努力してるのに『恵まれてる』何て一言で片づけたら怒るのも当然だよな」
「あの時は“個性”しか使ってなかったし、しょうがないよ。私もついムキになっちゃって……」
「……もし、望月さんが良ければさ、俺の練習に付き合ってもらえないか? 俺なんか全然相手にならないと思うけど」
「そんなことないよ! 私でいいのなら!」
「良かった……よろしくな」
その返事に心操は安堵しているようで、ほっと息を吐いていた。
「あ! さっきの続きなんだけど、心操くんの“個性”は攻撃向きじゃないから何か武器になるようなものがあった方が――」
莉緒の話はどんどん進んでいった。
こういう攻撃はどうか、いやこっちの方も――と、アイデアを出し始める。最初は真面目に話を聞いていた心操だったが、表情をころころ変えながら話す莉緒が面白かったのか声をあげて笑い始めた。
「なーに笑ってるの?」
「ごめん、望月さんの表情が面白くて」
「えー、何それ?」
そんなに変な表情をしていただろうか――と、莉緒は自分の頬をつねり始める。それを見て心操は更に笑っていたが、「望月さん、それ!」っと言って驚いたように莉緒の手を引っ張った。
莉緒の手のひらには血が滲んでおり、固まった血は赤黒く変色していた。
轟と戦った際、本気を出さない彼に対し、悔しさから拳を握り爪が刺さっていた。観客席に戻った後、心操を探すためすぐにクラスメイトと別れたので誰も気付いていなかった。痛みがないため、莉緒自身も忘れていたほどだ。
「あ、大丈夫! 自分の爪が刺さっただけだから。ちゃんと爪切っとかないとダメだね」
「大丈夫ならいいけど、ちゃんと処置しておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだね。選手控え室に救急箱があったから、ちょっと行ってくるね。リカバリーガールに頼むほどじゃないし」
心操に「またね」と言ってから、手を振ってその場を離れる。数歩進んだところで莉緒の足は止まり、振り返って彼の名前を呼んだ。
「お互い頑張ろうね!」
「おう!」
それを聞いて満足した莉緒は、今度こそ控え室に向かって歩いて行った。
「莉緒ちゃん凄かった! 棄権なんて勿体ないよ!」
「何か理由があったのかしら?」
観客席に戻るとA組の生徒たちが一斉に声を掛けてくる。耳郎が空けておいた席にお礼を言って座る莉緒のその表情は、不機嫌さが隠せていない。
「……轟くんと喧嘩した」
「えー!? 何で何で?」
「本気の轟くんと戦いたかったから……」
「あー、それで轟を氷責めしてたんだ」
耳郎の言葉に頷いた莉緒は、後列に座っている尾白の方を振り向く。
「……ごめんね」
第二種目の騎馬戦で同じチームになった尾白から、「俺の分まで頑張ってくれ」と言われていたのだが初戦で棄権してしまった。それでも尾白は笑って許してくれた。
「そう言えば緑谷ちゃんと戦ってた普通科の人とも揉めていたわ。内容までは聞こえなかったけれど、言い合っていたわね」
蛙吹に言われ心操と仲直りできていないことを思い出した莉緒は、項垂れながらため息を吐いた。
「そうだった……しかも心操くんの時に言い過ぎて後悔したのに、またやっちゃうとか……」
「あまりイメージがなかったのですが、莉緒さんも怒ることがあるんですね」
「う〜ん。戦闘中は何かこう、ね……」
「莉緒ちゃん、戦ってる時は好戦的だもんね!」
「意外と負けず嫌いだよね、莉緒は」
「あははは……」
葉隠と耳郎の言葉に乾いた笑いを漏らした。
莉緒は一人で観客席を歩き回っていた。
クラスメイトに「心操くんに会ってくる」と言って捜索を始めたのだが、これだけ広い会場の中で心操一人を探すのは骨が折れる。まずは普通科の人たちがいるブロックを探すが、それすら見つからない。
思った以上に長時間探していたため、ステージではトーナメント戦が進み二回戦目である緑谷と轟の試合が行われていた。
轟の氷を防ぐために“個性”を使い、ぼろぼろになっていく緑谷。莉緒と戦っていた時と同じように、体に霜が降りてから動きが鈍くなる轟。
二人の声は、莉緒のいる場所までは届かない。
「左……」
轟の左側から燃え盛る、真っ赤な炎。
「きれいな炎……」
負けたとしても左は使わない――そう言っていた轟が左を使った。
涙を流しているように見える彼は、どこか吹っ切れたような表情をしている。そして緑谷に勝つために炎を広げていく。
莉緒との戦いで轟が左を使うことはなかった。きっと緑谷の“何か”が彼を変えたのだろう。今の轟は、あの時とは別人のようだった。
緑谷と轟、お互いが力を籠めた渾身の一撃がぶつかり合う。轟の氷によって冷やされていた空気が瞬間的に熱され、膨張し爆発が起こった。凄まじい音と一緒に爆風が吹き荒れる。
勝ったのは轟で、緑谷は場外に飛ばされ意識を失っていた。
「すごい……」
轟に向けた言葉なのか、それとも緑谷の方なのか――自分でもよく分からなかった。ただ、二人の試合に圧倒されていた。
そして、もう一つの感情が胸の中にくすぶる。
――悔しいなぁ……。
轟の左も、轟の本気も、莉緒には引き出すことができなかった。
莉緒はその場を動かず、ステージが補修される様子をぼーっと眺めていた。あの時の轟の炎が目に焼き付いて離れない。
「望月さん」
不意に名前を呼ばれる。
「……心操くん」
振り返った先にいたのは、今まで探していた人だった。
「話がしたくて望月さんを探してたんだ」
「私も、心操くんを探してここまで来ちゃった」
お互いがお互いを探していたことに、二人の間から笑みがこぼれた。騎馬戦後の険悪な雰囲気はない。
莉緒は心操の気持ちも考えずに言い過ぎてしまったことを謝った。
「いや、望月さんに言われたことは本当だった。緑谷に投げられた時、俺は何もできなかった」
心操は自分のことを話し始める。
「私、心操くんは“良い個性”を持ってるのに勿体ないと思った」
「俺の“個性”を良いって言ったのは望月さんが初めてだったよ」
「皆が気付いてないだけだよ。どんな“個性”でも極めれば強くなる、“個性”の育て方次第だね。後は駆け上がるだけ。心操くんならできると思う」
「簡単に言ってくれるね」
「簡単じゃないよ。でも、ヒーローになりたいんでしょう?」
挑戦的な笑みで問いかけると、心操は頷き力強い目で莉緒を見つめた。
「ああ、こっから這い上がってみせる」
その言葉に莉緒は微笑んだ。
「緑谷くんとの戦いを見て思ったんだけど、手の内がバレてることもあるし、別のアプローチも考えた方がいいんじゃないかな。煽るだけだと
「おう」
「でも、まずは基礎体力の向上かな。ちゃんと鍛えてたら身長差もある緑谷くんに簡単に投げられたりしないよ。それにどんな攻撃が来るかわかってても、対応できなきゃ意味ないからね」
「……おう」
「後は――」
「ちょ、ちょっと待った」
莉緒の口から次々と出て来る指摘に、心操は思わずといった感じで話を遮る。
「……?」
「あーと、その……轟との試合で思ったんだけど、望月さんって何かやってた?」
「うん。近接格闘術とか習ってたよ」
「へー、何歳くらいから?」
「ヒーローになりたいって思った4歳からかな」
「え!? じゃあもう10年以上も?」
莉緒が何でもないように答えると、心操は驚いているようだった。
「ごめん、10年以上も努力してるのに『恵まれてる』何て一言で片づけたら怒るのも当然だよな」
「あの時は“個性”しか使ってなかったし、しょうがないよ。私もついムキになっちゃって……」
「……もし、望月さんが良ければさ、俺の練習に付き合ってもらえないか? 俺なんか全然相手にならないと思うけど」
「そんなことないよ! 私でいいのなら!」
「良かった……よろしくな」
その返事に心操は安堵しているようで、ほっと息を吐いていた。
「あ! さっきの続きなんだけど、心操くんの“個性”は攻撃向きじゃないから何か武器になるようなものがあった方が――」
莉緒の話はどんどん進んでいった。
こういう攻撃はどうか、いやこっちの方も――と、アイデアを出し始める。最初は真面目に話を聞いていた心操だったが、表情をころころ変えながら話す莉緒が面白かったのか声をあげて笑い始めた。
「なーに笑ってるの?」
「ごめん、望月さんの表情が面白くて」
「えー、何それ?」
そんなに変な表情をしていただろうか――と、莉緒は自分の頬をつねり始める。それを見て心操は更に笑っていたが、「望月さん、それ!」っと言って驚いたように莉緒の手を引っ張った。
莉緒の手のひらには血が滲んでおり、固まった血は赤黒く変色していた。
轟と戦った際、本気を出さない彼に対し、悔しさから拳を握り爪が刺さっていた。観客席に戻った後、心操を探すためすぐにクラスメイトと別れたので誰も気付いていなかった。痛みがないため、莉緒自身も忘れていたほどだ。
「あ、大丈夫! 自分の爪が刺さっただけだから。ちゃんと爪切っとかないとダメだね」
「大丈夫ならいいけど、ちゃんと処置しておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだね。選手控え室に救急箱があったから、ちょっと行ってくるね。リカバリーガールに頼むほどじゃないし」
心操に「またね」と言ってから、手を振ってその場を離れる。数歩進んだところで莉緒の足は止まり、振り返って彼の名前を呼んだ。
「お互い頑張ろうね!」
「おう!」
それを聞いて満足した莉緒は、今度こそ控え室に向かって歩いて行った。