莉緒は『選手控え室2』と書かれているドアをノックをする。返事がなかったため中に入ってみると、やはり誰もいなかった。
棚に置いてあった救急箱と飲料水を手に椅子に座る。飲料水でガーゼを濡らし、固まった血を丁寧に拭き取る。傷口に消毒液をかけると、ピリッとした痛みが走った。
大した怪我ではないが血で服などを汚さないように絆創膏を貼り、剥がれないようにテーピングで補強する。
両手とも処置が終わった時、勢いよく部屋のドアが開いた。
「あれ、爆豪くん」
「何でてめェがいんだよ!」
「ちょっと怪我の手当てしてたの。もう終わったからすぐに出るね。邪魔しちゃってごめんね」
莉緒は急いでテーブルの上を片付け始める。
「そういえば、次は誰と戦うの?」
「……常闇とだ」
「そうなんだ。常闇くんの黒影 は攻撃や防御とか多様性があるみたいだし、中距離戦も強いよね。何か弱点があれば――」
「……」
「爆豪くん?」
消毒液などを救急箱に戻しながら話しかけていたのだが、爆豪に腕を掴まれ言葉が途切れた。不思議に思い爆豪の方を見ると、彼は莉緒を睨みつけていた。
「おまえ何で棄権した」
「轟くんと戦った時のこと?」
「それ以外ねえだろうが!」
「……本気じゃない人に勝っても、嬉しくないから」
怒鳴り声に驚きながらも、爆豪の目を見て言い切った。
「轟くんは右しか使わなかった。そんな彼に勝っても意味ないもん」
「……俺との勝負も意味ないってのかよ」
「え?」
爆豪にしては小さい声だったため、聞き取ることができなかった。聞き返そうとしたが、それは叶わない。爆豪が莉緒の胸ぐらを掴み上げてきたからだ。
「俺との勝負も意味ねえって思ってんのかよ!」
「ば、爆豪くん? 待ってよ、私そんなこと言ってないよ!?」
「おめェには負けねえって言ったよな! 俺と勝負する機会をふいにしやがって!」
第一種目の時、確かに爆豪からそう言われていたのだが、そこまで怒る理由が分からない。
「……私は棄権したこと、後悔してないから」
「あ゛!?」
その返答に苛立ったのか、爆豪は胸ぐらを掴んだまま莉緒をテーブルに押し倒した。衝撃で動いたテーブルが周りの椅子にぶつかり派手な音を立てる。勢いよく倒されたため、テーブルに頭を打ち付けてしまった。
爆豪の手を胸ぐらから離そうとするも、力強く握られておりビクともしない。
「飄々としながら俺の上を行きやがって! ムカつくんだよ!」
「……第一種目も第二種目も爆豪くんの方が上だったじゃない」
「そういうことを言ってんじゃねえ! 舐めプ野郎なんか殺っちまえばよかったんだよ! 余裕ぶりやがって、情けでもかけたつもりかよ!」
そんなつもりで棄権したわけではないのだが、爆豪にはそう見えていたようだ。
体育祭はプロヒーローに見てもらえ、その一歩を踏み出す場。それにもかかわらず棄権をするのは余裕だと思われても仕方のないことかもしれない。それでも尾白が棄権した時のように、莉緒も全力を出し合って戦いたかった。
それに――
「……後悔はしてないけど悔しくないわけないでしょ? 私は轟くんに本気を出させることができなかったんだから」
あれだけ頑なに左を使わないと言っていた轟だが、緑谷には使っていた。自分では力不足だったのだ。悔しいに決まっている――莉緒は爆豪を睨み返した。
対峙する二人の間に沈黙が落ちる。
『飯田行動不能! 轟、炎を見せずに決勝進出だ!』
莉緒が足を使って爆豪を退かそうとした時、プレゼントマイクの声が控え室に響き渡った。
「……次、爆豪くんでしょ?」
「ッチ、クソが! 俺はおまえには負けねえ!」
爆豪が乱暴に手を離すと、第一種目の時と同じセリフを吐き捨てながら出て行った。
「何なのよ、もう……」
爆豪が去って行ったドアを見つめ、一人だけになった控え室でため息を吐いた。
――何でこうなるかな……。
乱れたテーブルや椅子を片付けながら憂鬱な気持ちになる。和解したとはいえ心操、それに轟と爆豪――今日の体育祭だけで三人と揉めてしまったのだ。
しばらくの間、控え室で心を落ち着かせてから観客席に戻った。
「遅かったね、もう決勝始まるよ。普通科の人には会えたの?」
戻った頃には爆豪と常闇の対決は終わっていた。莉緒は耳郎の隣の席に腰を掛ける。
「うん、会えたよ。ちゃんと仲直りもしたから。心配かけてごめんね」
「それなら良かった。ってか、ケガしてたの?」
手に巻かれたテーピングを見て耳郎が尋ねた。
「体操服も襟元ヨレヨレじゃん、本当に仲直りしてきたの?」
「大丈夫だよ、手は轟くんと戦った時に自分で傷つけちゃったやつだし。体操服は……えっと、とりあえず心操くんじゃないから!」
「ならいいけど……何かあった?」
「あー、えっと……」
心配そうに聞いてくる耳郎。
爆豪のいない所であれこれ話すわけにもいかず、言葉が続かない。耳郎に見つめられ逃げるように目線を逸らす。しかし逸らした視線は決勝のステージに上がる爆豪の姿を無意識に捉えた。
「まさか爆豪!? あんた何やったのよ!」
「な、何もやってないよ!? あの、その……私が棄権したのが気に食わなかったみたいで、それでちょっと……」
「仲直りしに行って喧嘩して帰ってくるって、どうなのよ……」
結局、耳郎にバレてしまった。爆豪の凶暴性と莉緒の負けず嫌いな性格を知っているだけに、気を揉んでいるようだ。
「……爆豪はさ、莉緒に勝ちたかったんだと思うよ?」
後ろの席に座っていた芦戸が身を乗り出し、会話に参加してくる。
「うーん。そんな感じのことは言ってたけど……でも、どの種目も爆豪くんの方が上だったんだけどなぁ」
すでに勝っているのに『負けない』とはどういうことなのだろうか――莉緒はポツリと言葉をこぼす。
「いやいや、直接対決と総当たりやグループ戦は違うでしょ」
「そうだよ! 莉緒と直接戦うのを楽しみにしてたのに、棄権しちゃったからウガー! ってなったのかも」
「……私と戦うのが、楽しみ?」
莉緒は驚いて目を瞬かせる。そんな莉緒の様子に気付いた耳郎が「あー、これは爆豪ドンマイだわ」と言葉を漏らした。
「騎馬戦の時、爆豪から声掛けたのは莉緒だけだったし、認めてるんだよー!」
「爆豪は、『誰かと』じゃなくて『莉緒と』戦いたかったんじゃないの?」
二人のその言葉は、莉緒の中にスッと入り込んだ。
第一種目での宣戦布告は、あくまでも選手宣誓の延長線上にあるものだと思っていた。広い意味では同じなのかもしれないが、厳密には違う。
認めているからこそ『莉緒と』戦いたい、そして『莉緒に』勝ちたい――そんな爆豪の言葉に込められた熱量を理解していなかった。だからこそ爆豪は怒っていたのだ。
「そっか、だから……。爆豪くんには悪いことをしちゃったかな。教えてくれてありがとう」
「どーいたしまして。でも、たぶんだからね!」
「まぁ、爆豪もやりすぎな気はするけどね」
爆豪にも言った通り、棄権したこと自体は後悔していない。それでも戦うことを楽しみにしていた彼の期待を裏切ってしまったのも事実だ。
――後悔してないのに謝るのも何か違うし、それに余計に怒りを買いそう……。
どうするか悩みながら、莉緒はステージ上で戦っている爆豪を見た。
炎を使わせるために轟の左側を掴む爆豪。攻撃が単純になっており劣勢な轟。初めて参加した体育祭の決勝戦は、奇しくも莉緒が揉めた二人だった。
爆豪が攻撃を放つ。押されている轟は緑谷の声援を受けて左側を燃え上がらせるも、それを収めてしまった。爆豪の技が決まり、轟は場外へ吹き飛ばされて勝負は決まった。
結果に納得がいかない爆豪が轟に掴みかかるも、それをミッドナイトが“個性”で眠らせる。
「以上で全ての競技が終了! 今年度雄英体育祭1年、優勝は――A組、爆豪勝己!」
表彰式――。
3位は常闇と飯田、2位は轟。そして1位は爆豪だった。飯田は家庭の事情で早退し、表彰台にいるのは三人だけだ。
中央の1位の座にいる爆豪は拘束され、動くことはおろか話すことすらままならない。それでも抵抗しているため拘束具が音を立てている。あまりの形相に周りは引いていた。
――うん、爆豪くんに謝るのは止めよう。
謝罪したところで受け入れられるとは思えないし、対決する機会はこれからもある――莉緒はそう思った。
オールマイトが登場し、それぞれにメダルを授与する。
「さァ、今回は彼らだった! しかし皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった! ご覧いただいた通りだ! 競い、高め合い、さらに先へと登っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!」
オールマイトの力強い声が会場中に響き渡る。
「てな感じで最後に一言! 皆さん、ご唱和下さい! せーの!」
「「「プルス――」」」
「おつかれさまでした!!」
「「「……えっ!? そこはプルスウルトラでしょ、オールマイト!」」」
「ああいや……疲れたろうなと思って……」
棚に置いてあった救急箱と飲料水を手に椅子に座る。飲料水でガーゼを濡らし、固まった血を丁寧に拭き取る。傷口に消毒液をかけると、ピリッとした痛みが走った。
大した怪我ではないが血で服などを汚さないように絆創膏を貼り、剥がれないようにテーピングで補強する。
両手とも処置が終わった時、勢いよく部屋のドアが開いた。
「あれ、爆豪くん」
「何でてめェがいんだよ!」
「ちょっと怪我の手当てしてたの。もう終わったからすぐに出るね。邪魔しちゃってごめんね」
莉緒は急いでテーブルの上を片付け始める。
「そういえば、次は誰と戦うの?」
「……常闇とだ」
「そうなんだ。常闇くんの
「……」
「爆豪くん?」
消毒液などを救急箱に戻しながら話しかけていたのだが、爆豪に腕を掴まれ言葉が途切れた。不思議に思い爆豪の方を見ると、彼は莉緒を睨みつけていた。
「おまえ何で棄権した」
「轟くんと戦った時のこと?」
「それ以外ねえだろうが!」
「……本気じゃない人に勝っても、嬉しくないから」
怒鳴り声に驚きながらも、爆豪の目を見て言い切った。
「轟くんは右しか使わなかった。そんな彼に勝っても意味ないもん」
「……俺との勝負も意味ないってのかよ」
「え?」
爆豪にしては小さい声だったため、聞き取ることができなかった。聞き返そうとしたが、それは叶わない。爆豪が莉緒の胸ぐらを掴み上げてきたからだ。
「俺との勝負も意味ねえって思ってんのかよ!」
「ば、爆豪くん? 待ってよ、私そんなこと言ってないよ!?」
「おめェには負けねえって言ったよな! 俺と勝負する機会をふいにしやがって!」
第一種目の時、確かに爆豪からそう言われていたのだが、そこまで怒る理由が分からない。
「……私は棄権したこと、後悔してないから」
「あ゛!?」
その返答に苛立ったのか、爆豪は胸ぐらを掴んだまま莉緒をテーブルに押し倒した。衝撃で動いたテーブルが周りの椅子にぶつかり派手な音を立てる。勢いよく倒されたため、テーブルに頭を打ち付けてしまった。
爆豪の手を胸ぐらから離そうとするも、力強く握られておりビクともしない。
「飄々としながら俺の上を行きやがって! ムカつくんだよ!」
「……第一種目も第二種目も爆豪くんの方が上だったじゃない」
「そういうことを言ってんじゃねえ! 舐めプ野郎なんか殺っちまえばよかったんだよ! 余裕ぶりやがって、情けでもかけたつもりかよ!」
そんなつもりで棄権したわけではないのだが、爆豪にはそう見えていたようだ。
体育祭はプロヒーローに見てもらえ、その一歩を踏み出す場。それにもかかわらず棄権をするのは余裕だと思われても仕方のないことかもしれない。それでも尾白が棄権した時のように、莉緒も全力を出し合って戦いたかった。
それに――
「……後悔はしてないけど悔しくないわけないでしょ? 私は轟くんに本気を出させることができなかったんだから」
あれだけ頑なに左を使わないと言っていた轟だが、緑谷には使っていた。自分では力不足だったのだ。悔しいに決まっている――莉緒は爆豪を睨み返した。
対峙する二人の間に沈黙が落ちる。
『飯田行動不能! 轟、炎を見せずに決勝進出だ!』
莉緒が足を使って爆豪を退かそうとした時、プレゼントマイクの声が控え室に響き渡った。
「……次、爆豪くんでしょ?」
「ッチ、クソが! 俺はおまえには負けねえ!」
爆豪が乱暴に手を離すと、第一種目の時と同じセリフを吐き捨てながら出て行った。
「何なのよ、もう……」
爆豪が去って行ったドアを見つめ、一人だけになった控え室でため息を吐いた。
――何でこうなるかな……。
乱れたテーブルや椅子を片付けながら憂鬱な気持ちになる。和解したとはいえ心操、それに轟と爆豪――今日の体育祭だけで三人と揉めてしまったのだ。
しばらくの間、控え室で心を落ち着かせてから観客席に戻った。
「遅かったね、もう決勝始まるよ。普通科の人には会えたの?」
戻った頃には爆豪と常闇の対決は終わっていた。莉緒は耳郎の隣の席に腰を掛ける。
「うん、会えたよ。ちゃんと仲直りもしたから。心配かけてごめんね」
「それなら良かった。ってか、ケガしてたの?」
手に巻かれたテーピングを見て耳郎が尋ねた。
「体操服も襟元ヨレヨレじゃん、本当に仲直りしてきたの?」
「大丈夫だよ、手は轟くんと戦った時に自分で傷つけちゃったやつだし。体操服は……えっと、とりあえず心操くんじゃないから!」
「ならいいけど……何かあった?」
「あー、えっと……」
心配そうに聞いてくる耳郎。
爆豪のいない所であれこれ話すわけにもいかず、言葉が続かない。耳郎に見つめられ逃げるように目線を逸らす。しかし逸らした視線は決勝のステージに上がる爆豪の姿を無意識に捉えた。
「まさか爆豪!? あんた何やったのよ!」
「な、何もやってないよ!? あの、その……私が棄権したのが気に食わなかったみたいで、それでちょっと……」
「仲直りしに行って喧嘩して帰ってくるって、どうなのよ……」
結局、耳郎にバレてしまった。爆豪の凶暴性と莉緒の負けず嫌いな性格を知っているだけに、気を揉んでいるようだ。
「……爆豪はさ、莉緒に勝ちたかったんだと思うよ?」
後ろの席に座っていた芦戸が身を乗り出し、会話に参加してくる。
「うーん。そんな感じのことは言ってたけど……でも、どの種目も爆豪くんの方が上だったんだけどなぁ」
すでに勝っているのに『負けない』とはどういうことなのだろうか――莉緒はポツリと言葉をこぼす。
「いやいや、直接対決と総当たりやグループ戦は違うでしょ」
「そうだよ! 莉緒と直接戦うのを楽しみにしてたのに、棄権しちゃったからウガー! ってなったのかも」
「……私と戦うのが、楽しみ?」
莉緒は驚いて目を瞬かせる。そんな莉緒の様子に気付いた耳郎が「あー、これは爆豪ドンマイだわ」と言葉を漏らした。
「騎馬戦の時、爆豪から声掛けたのは莉緒だけだったし、認めてるんだよー!」
「爆豪は、『誰かと』じゃなくて『莉緒と』戦いたかったんじゃないの?」
二人のその言葉は、莉緒の中にスッと入り込んだ。
第一種目での宣戦布告は、あくまでも選手宣誓の延長線上にあるものだと思っていた。広い意味では同じなのかもしれないが、厳密には違う。
認めているからこそ『莉緒と』戦いたい、そして『莉緒に』勝ちたい――そんな爆豪の言葉に込められた熱量を理解していなかった。だからこそ爆豪は怒っていたのだ。
「そっか、だから……。爆豪くんには悪いことをしちゃったかな。教えてくれてありがとう」
「どーいたしまして。でも、たぶんだからね!」
「まぁ、爆豪もやりすぎな気はするけどね」
爆豪にも言った通り、棄権したこと自体は後悔していない。それでも戦うことを楽しみにしていた彼の期待を裏切ってしまったのも事実だ。
――後悔してないのに謝るのも何か違うし、それに余計に怒りを買いそう……。
どうするか悩みながら、莉緒はステージ上で戦っている爆豪を見た。
炎を使わせるために轟の左側を掴む爆豪。攻撃が単純になっており劣勢な轟。初めて参加した体育祭の決勝戦は、奇しくも莉緒が揉めた二人だった。
爆豪が攻撃を放つ。押されている轟は緑谷の声援を受けて左側を燃え上がらせるも、それを収めてしまった。爆豪の技が決まり、轟は場外へ吹き飛ばされて勝負は決まった。
結果に納得がいかない爆豪が轟に掴みかかるも、それをミッドナイトが“個性”で眠らせる。
「以上で全ての競技が終了! 今年度雄英体育祭1年、優勝は――A組、爆豪勝己!」
表彰式――。
3位は常闇と飯田、2位は轟。そして1位は爆豪だった。飯田は家庭の事情で早退し、表彰台にいるのは三人だけだ。
中央の1位の座にいる爆豪は拘束され、動くことはおろか話すことすらままならない。それでも抵抗しているため拘束具が音を立てている。あまりの形相に周りは引いていた。
――うん、爆豪くんに謝るのは止めよう。
謝罪したところで受け入れられるとは思えないし、対決する機会はこれからもある――莉緒はそう思った。
オールマイトが登場し、それぞれにメダルを授与する。
「さァ、今回は彼らだった! しかし皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった! ご覧いただいた通りだ! 競い、高め合い、さらに先へと登っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!」
オールマイトの力強い声が会場中に響き渡る。
「てな感じで最後に一言! 皆さん、ご唱和下さい! せーの!」
「「「プルス――」」」
「おつかれさまでした!!」
「「「……えっ!? そこはプルスウルトラでしょ、オールマイト!」」」
「ああいや……疲れたろうなと思って……」