体育祭での疲れも癒え、二日後。
日課になっている朝のジョギング中に雨が降り始め、いつもより早めに切り上げる。
莉緒はシャワーを浴びて体を綺麗にした後、下着姿のままドライヤーで髪の毛を乾かしていた。半分ほど乾いたところで一旦ドライヤーを止め、ブラシで髪を梳かす。その最中にインターホンの音が鳴り響いた。
まだ朝の早い時間だったため、不思議に思いながらも脱衣所にあった部屋着に急いで着替える。
「はーい!」
訪問者に聞こえるように返事をし、乾ききっていない髪の毛を手櫛で整えてから玄関を開けた。
「おはよう、望月。朝早くに悪いな」
ドアの向こう側にいたのは、一昨日仲直りしたばかりの轟だった。
「おはよう。大丈夫だけど、どうしたの?」
「いや、家も近いから一緒に学校へ行かねえかと思ったんだ。連絡先知らなかったから、早くに来ちまった」
「ふふふ、ありがとう。まだ準備ができてないから、中に入って待ってもらっていい?」
「ああ、おまえ……」
轟が何かを言いかけて止まり、オッドアイの瞳が莉緒の姿をじっと見つめる。轟の視線を感じるも、何が言いたいのか分からない莉緒は首を傾げた。
まだ湿っている髪の毛が流れ、お風呂上がりの甘くさわやかな香りが漂う。轟は静かに視線を外し、手で口を覆った。
「どうかした? 大丈夫?」
「……なんでもねえ」
莉緒はその様子に疑問を抱きながら、轟をリビングに通してお茶を出す。轟は案内されたソファに座ると、お礼を言ってお茶に手をつけた。彼の目が部屋を見回す。
綺麗に整理整頓されたリビングダイニング。
家具は白と明るい木目をベースに、ブルーグレーやアイスグリーン、アイボリーなどのファブリックで統一されている。ニッチや飾り棚には家族写真や小物がディスプレイされており、北欧テイストの部屋はシンプルで落ち着いた造りになっていた。それは事実なのだが、どこか物悲しさも感じる。
「あんまり物がないでしょ? お金を使わないようにって思ったら、物が増えなくて」
「不躾な質問だが、望月ってどうやって生活してるんだ?」
莉緒の両親は働ける状態ではないし、一緒に暮らしていた祖母はもういない。轟は疑問に思うのは当然のことだった。
「お父さんがね、小説家なんだ。作品も沢山あって、売れっ子だったんだって。ありがたいことに、今でも買ってくれる人がいるみたい」
莉緒は「全部、おばあちゃんから聞いたんだけどね」と付け加えた。
「私が生活できるのは両親の蓄えとお父さんの印税のおかげ。後はおばあちゃんが私に残してくれた遺産かな。生前に色々と手続きをしてくれて、入院費とかは印税で払ってるの。この生活がいつまで続くかわからないし、支出は最小限にしとかないとね!」
明るく答えた莉緒は「準備してくるね」と言うと、リビングを出て行く。
残された轟は広い部屋を見ながら考え込んでいるようだった。この家に一人で暮らし、頼ったり甘えたりする存在のいない莉緒を心配しているのかもしれない。
髪の毛を乾かし、制服姿の莉緒が戻ってきたのは数分後のことだった。
「ごめんね、轟くん。お待たせしました」
「お茶ありがとな」
「どういたしまして」
轟からコップを貰い、キッチンへ置きに行く。そしてテーブルの上にあるお弁当の蓋を締める。ジョギングに行く前に莉緒が作ったものだ。
「弁当は望月の手作りだったんだな」
「うん。一緒にお昼食べた時、轟くんはおそばだったよね。好きなの?」
「ああ、冷たいやつな」
「私もおそば好きだよ。でも、お腹空かない?」
「いや、案外腹持ちいいぞ」
「そうなんだ、やっぱりランチラッシュが作ってるからかな? 私も今度食べよ!」
準備が終わると、二人は並んで学校へ向かう。傘を差しているせいで一昨日よりも距離が開いていたが、それは電車に乗るまでのことだった。
通勤通学ラッシュに加え、雨の影響でいつもより人が多く、ぎゅうぎゅう詰めの電車内。他人の傘が足に当たり、冷たい雨粒が莉緒の肌を伝う。
一人で乗っている時は電車の揺れで人とぶつかってしまうことがあるが、今日はそれがない。轟が莉緒を守るように立っているからだ。
「望月、大丈夫か?」
「轟くんのおかげで大丈夫だよ、ありがとう」
満員電車のため体が密着しており、至近距離で視線が交わる。優しい目で心配そうに見てくる轟に、莉緒の心臓が高鳴る。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「な、なんでもない!」
覗き込んでくる轟から逃げるように俯き、早鐘を打つ胸の鼓動が治まるのを待つ。
駅に着いて電車から抜け出せた莉緒は、色々な意味で安堵の息を吐いた。
「おはよう」
授業の時間になり包帯の取れた相澤が入ってくると、それまで体育祭の話で盛り上がっていた教室が静かになる。
「今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ。『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」
今までのヒーロー情報学ではヒーロー関連の法律などを習っていたため、思わぬ展開に歓声が上がった。
「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは2、3年から……つまり、今回来た“指名”は将来性に対する“興味”に近い」
卒業までに興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてこともある。貰った指名がそのまま自身へのハードルになるということ。
「その指名の集計結果がこうだ。例年はもっとバラけるんだが、二人に注目が偏った」
相澤が指し示した黒板には指名件数が書かれている。一番多かったのは轟の4,123件、次いで爆豪が3,556件。莉緒は1,107件で、全体で見ると3番目の数字だった。
トーナメント戦では轟を圧倒していたが、初戦で棄権したため“個性”を見せる機会が少なかった。それが指名に影響したのかもしれない。
「これを踏まえ指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
A組はUSJの襲撃事件で一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験し、より実りのある訓練をすることが職場体験の目的。そしてヒーロー名の考案とはそのためのもの。
仮の名前ではあるが、この時の名が世に認知され、そのままプロになっている人も多い。適当なものは付けられない。
相澤はその辺のセンスがないということで、ミッドナイトが代わりに査定を行うことになった。
「将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近付いてく。それが『名は体を表す』ってことだ。“オールマイト”とかな」
15分間与えられ、思い思いに考え始める。莉緒は最初からヒーロー名を決めていたため、迷いなくフリップにその名を書いた。
「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」
査定のため現れたミッドナイトがそう言うと、まさかの発表形式で教室内がざわつく。
トップバッターの青山が教壇に行き、フリップを見せた。
「輝きヒーロー、“I can not stop twinkling. ”」
「「「短文!!」」」
続く芦戸のヒーロー名は、“エイリアンクイーン”。映画の悪役の名前をヒーロー名にするのはどうなのか、皆で制止する結果となった。
「「「(バカヤロー! 最初に変なの来たせいで大喜利っぽい空気になったじゃねぇか!)」」」
こんな空気の中で発表できるはずがなく、尻込みする。しかし、勇者が現れた。
「じゃあ次、私いいかしら。小学生の時から決めてたの。梅雨入りヒーロー、“フロッピー”」
「カワイイ! 親しみやすくて良いわ! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」
蛙吹のおかげで空気が変わり、“フロッピー”コールが鳴り響く。その後、切島や耳郎、障子など次々に発表していく。
「じゃ、次は望月さんの番ね!」
名前を呼ばれた莉緒は教壇に向かい、クラスメイトにフリップを見せる。
「なぁ、莉緒のコードネームはどうするよ?」
「莉緒のペルソナはカグヤなんでしょ? ルナとかディアナとか月の女神の名前はどう?」
「さすがパンサー! ワガハイが見込んだ女!」
「んー、でも怪盗服は和服に近いから、それっぽい方が良いんじゃないかしら?」
「おー! それ良いな、ノワール! おイナリもそれっぽいけど服装は和モダンだし、莉緒は全身“和”って感じだもんな!」
「ラビットはどうだ? 兎の仮面だからな」
「……フォックス、皆の話し聞いてた? ジョーカー、貴方はどう思う?」
「……あの日、月が昇って空が明るくなった。そのおかげで莉緒を見つけた。だから、コードネームは――」
「――月白 、それが私のヒーロー名です」
綺麗な響きだ、と褒めてくれたパンサーとフォックス、そしてノワール。言葉の意味が分からないスカルと、それを教えるクイーン。キザな男だな、とジョーカーをからかうモナとナビ――あの日の記憶がよみがえる。
「意味は、月が出る時に東の空が白んで明るく見えることです。最初に発現したペルソナがカグヤということと、“私”という存在が皆を照らし、明るい希望になれば――そんな思いが込められた名前です」
「ロマンティックな感じで良いじゃない! 好きよそう言うの。さァ、どんどん行きましょー!」
――ジョーカーが付けてくれた大切な名前。その名前に込めた意味を胸に、私はこの世界で生きていく。
莉緒は改めて覚悟を決め、貰った名に恥じないヒーローになることを心に誓った。
その後、飯田や緑谷のヒーロー名も決まったのだが、爆豪だけはミッドナイトから却下され続けていた。
「望月はどこの事務所にするんだ?」
ヒーロー情報学の授業が終わり、莉緒が相澤から貰った個別リストを吟味していると轟が話しかけてきた。
「んー、ちゃんと目を通してから決めるつもりだけど、やっぱりトップヒーローのところかなぁ。轟くんは?」
「俺は――」
轟の言葉が不自然に止まる。
どうしたのだろう――そう思い莉緒がリストから視線を上げると、轟の手が莉緒の髪に触れた。頬に触れそうなほど近いその手は、優しく横髪を梳いた後、すぐに離れた。
「埃がついてたぞ」
「……あ、ありがとう」
莉緒は顔が赤くならないように努めながら、はにかんで笑う。
「……ねぇ、あんたら何かあった? 何か距離近くない? 轟ってそんなんだっけ?」
莉緒と轟のやり取りを見ていた耳郎から指摘が入る。
「そんなんって何だ?」
轟の雰囲気が以前と変わったことに莉緒は気付いていたが、当の本人はまったくの無自覚だったようだ。
「私も思った! だって今までの轟くんって、休み時間にわざわざ他の人に話しかけたりしなかったよね!?」
「髪の毛の埃取ったりするキャラでもなかったよねー!?」
「そう言えば莉緒って今日の朝、轟と一緒に来てなかった? 来る途中で会ったのかなーと思ってたから気にしてなかったけど、何か怪しいな」
「響香ちゃん、それほんと? あーやしーい!」
「どうなの轟!!」
葉隠や芦戸たちも参戦し、収拾がつかなくなってきた。葉隠は身を乗り出して意気込んでおり、芦戸の目は怖いくらいにギラついてる。
「ほ、ほら! 体育祭の時に喧嘩したって言ったじゃない? 無事に仲直りできて、それでね!」
「え〜、でも仲直りしただけでそんなんなる?」
「なるなる! 三奈たちが思ってるようなことはないから!」
莉緒はそれでも怪しがる芦戸たちを必死に宥め続けた。
日課になっている朝のジョギング中に雨が降り始め、いつもより早めに切り上げる。
莉緒はシャワーを浴びて体を綺麗にした後、下着姿のままドライヤーで髪の毛を乾かしていた。半分ほど乾いたところで一旦ドライヤーを止め、ブラシで髪を梳かす。その最中にインターホンの音が鳴り響いた。
まだ朝の早い時間だったため、不思議に思いながらも脱衣所にあった部屋着に急いで着替える。
「はーい!」
訪問者に聞こえるように返事をし、乾ききっていない髪の毛を手櫛で整えてから玄関を開けた。
「おはよう、望月。朝早くに悪いな」
ドアの向こう側にいたのは、一昨日仲直りしたばかりの轟だった。
「おはよう。大丈夫だけど、どうしたの?」
「いや、家も近いから一緒に学校へ行かねえかと思ったんだ。連絡先知らなかったから、早くに来ちまった」
「ふふふ、ありがとう。まだ準備ができてないから、中に入って待ってもらっていい?」
「ああ、おまえ……」
轟が何かを言いかけて止まり、オッドアイの瞳が莉緒の姿をじっと見つめる。轟の視線を感じるも、何が言いたいのか分からない莉緒は首を傾げた。
まだ湿っている髪の毛が流れ、お風呂上がりの甘くさわやかな香りが漂う。轟は静かに視線を外し、手で口を覆った。
「どうかした? 大丈夫?」
「……なんでもねえ」
莉緒はその様子に疑問を抱きながら、轟をリビングに通してお茶を出す。轟は案内されたソファに座ると、お礼を言ってお茶に手をつけた。彼の目が部屋を見回す。
綺麗に整理整頓されたリビングダイニング。
家具は白と明るい木目をベースに、ブルーグレーやアイスグリーン、アイボリーなどのファブリックで統一されている。ニッチや飾り棚には家族写真や小物がディスプレイされており、北欧テイストの部屋はシンプルで落ち着いた造りになっていた。それは事実なのだが、どこか物悲しさも感じる。
「あんまり物がないでしょ? お金を使わないようにって思ったら、物が増えなくて」
「不躾な質問だが、望月ってどうやって生活してるんだ?」
莉緒の両親は働ける状態ではないし、一緒に暮らしていた祖母はもういない。轟は疑問に思うのは当然のことだった。
「お父さんがね、小説家なんだ。作品も沢山あって、売れっ子だったんだって。ありがたいことに、今でも買ってくれる人がいるみたい」
莉緒は「全部、おばあちゃんから聞いたんだけどね」と付け加えた。
「私が生活できるのは両親の蓄えとお父さんの印税のおかげ。後はおばあちゃんが私に残してくれた遺産かな。生前に色々と手続きをしてくれて、入院費とかは印税で払ってるの。この生活がいつまで続くかわからないし、支出は最小限にしとかないとね!」
明るく答えた莉緒は「準備してくるね」と言うと、リビングを出て行く。
残された轟は広い部屋を見ながら考え込んでいるようだった。この家に一人で暮らし、頼ったり甘えたりする存在のいない莉緒を心配しているのかもしれない。
髪の毛を乾かし、制服姿の莉緒が戻ってきたのは数分後のことだった。
「ごめんね、轟くん。お待たせしました」
「お茶ありがとな」
「どういたしまして」
轟からコップを貰い、キッチンへ置きに行く。そしてテーブルの上にあるお弁当の蓋を締める。ジョギングに行く前に莉緒が作ったものだ。
「弁当は望月の手作りだったんだな」
「うん。一緒にお昼食べた時、轟くんはおそばだったよね。好きなの?」
「ああ、冷たいやつな」
「私もおそば好きだよ。でも、お腹空かない?」
「いや、案外腹持ちいいぞ」
「そうなんだ、やっぱりランチラッシュが作ってるからかな? 私も今度食べよ!」
準備が終わると、二人は並んで学校へ向かう。傘を差しているせいで一昨日よりも距離が開いていたが、それは電車に乗るまでのことだった。
通勤通学ラッシュに加え、雨の影響でいつもより人が多く、ぎゅうぎゅう詰めの電車内。他人の傘が足に当たり、冷たい雨粒が莉緒の肌を伝う。
一人で乗っている時は電車の揺れで人とぶつかってしまうことがあるが、今日はそれがない。轟が莉緒を守るように立っているからだ。
「望月、大丈夫か?」
「轟くんのおかげで大丈夫だよ、ありがとう」
満員電車のため体が密着しており、至近距離で視線が交わる。優しい目で心配そうに見てくる轟に、莉緒の心臓が高鳴る。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「な、なんでもない!」
覗き込んでくる轟から逃げるように俯き、早鐘を打つ胸の鼓動が治まるのを待つ。
駅に着いて電車から抜け出せた莉緒は、色々な意味で安堵の息を吐いた。
「おはよう」
授業の時間になり包帯の取れた相澤が入ってくると、それまで体育祭の話で盛り上がっていた教室が静かになる。
「今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ。『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」
今までのヒーロー情報学ではヒーロー関連の法律などを習っていたため、思わぬ展開に歓声が上がった。
「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは2、3年から……つまり、今回来た“指名”は将来性に対する“興味”に近い」
卒業までに興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてこともある。貰った指名がそのまま自身へのハードルになるということ。
「その指名の集計結果がこうだ。例年はもっとバラけるんだが、二人に注目が偏った」
相澤が指し示した黒板には指名件数が書かれている。一番多かったのは轟の4,123件、次いで爆豪が3,556件。莉緒は1,107件で、全体で見ると3番目の数字だった。
トーナメント戦では轟を圧倒していたが、初戦で棄権したため“個性”を見せる機会が少なかった。それが指名に影響したのかもしれない。
「これを踏まえ指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
A組はUSJの襲撃事件で一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験し、より実りのある訓練をすることが職場体験の目的。そしてヒーロー名の考案とはそのためのもの。
仮の名前ではあるが、この時の名が世に認知され、そのままプロになっている人も多い。適当なものは付けられない。
相澤はその辺のセンスがないということで、ミッドナイトが代わりに査定を行うことになった。
「将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近付いてく。それが『名は体を表す』ってことだ。“オールマイト”とかな」
15分間与えられ、思い思いに考え始める。莉緒は最初からヒーロー名を決めていたため、迷いなくフリップにその名を書いた。
「じゃ、そろそろ出来た人から発表してね!」
査定のため現れたミッドナイトがそう言うと、まさかの発表形式で教室内がざわつく。
トップバッターの青山が教壇に行き、フリップを見せた。
「輝きヒーロー、“
「「「短文!!」」」
続く芦戸のヒーロー名は、“エイリアンクイーン”。映画の悪役の名前をヒーロー名にするのはどうなのか、皆で制止する結果となった。
「「「(バカヤロー! 最初に変なの来たせいで大喜利っぽい空気になったじゃねぇか!)」」」
こんな空気の中で発表できるはずがなく、尻込みする。しかし、勇者が現れた。
「じゃあ次、私いいかしら。小学生の時から決めてたの。梅雨入りヒーロー、“フロッピー”」
「カワイイ! 親しみやすくて良いわ! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」
蛙吹のおかげで空気が変わり、“フロッピー”コールが鳴り響く。その後、切島や耳郎、障子など次々に発表していく。
「じゃ、次は望月さんの番ね!」
名前を呼ばれた莉緒は教壇に向かい、クラスメイトにフリップを見せる。
「なぁ、莉緒のコードネームはどうするよ?」
「莉緒のペルソナはカグヤなんでしょ? ルナとかディアナとか月の女神の名前はどう?」
「さすがパンサー! ワガハイが見込んだ女!」
「んー、でも怪盗服は和服に近いから、それっぽい方が良いんじゃないかしら?」
「おー! それ良いな、ノワール! おイナリもそれっぽいけど服装は和モダンだし、莉緒は全身“和”って感じだもんな!」
「ラビットはどうだ? 兎の仮面だからな」
「……フォックス、皆の話し聞いてた? ジョーカー、貴方はどう思う?」
「……あの日、月が昇って空が明るくなった。そのおかげで莉緒を見つけた。だから、コードネームは――」
「――
綺麗な響きだ、と褒めてくれたパンサーとフォックス、そしてノワール。言葉の意味が分からないスカルと、それを教えるクイーン。キザな男だな、とジョーカーをからかうモナとナビ――あの日の記憶がよみがえる。
「意味は、月が出る時に東の空が白んで明るく見えることです。最初に発現したペルソナがカグヤということと、“私”という存在が皆を照らし、明るい希望になれば――そんな思いが込められた名前です」
「ロマンティックな感じで良いじゃない! 好きよそう言うの。さァ、どんどん行きましょー!」
――ジョーカーが付けてくれた大切な名前。その名前に込めた意味を胸に、私はこの世界で生きていく。
莉緒は改めて覚悟を決め、貰った名に恥じないヒーローになることを心に誓った。
その後、飯田や緑谷のヒーロー名も決まったのだが、爆豪だけはミッドナイトから却下され続けていた。
「望月はどこの事務所にするんだ?」
ヒーロー情報学の授業が終わり、莉緒が相澤から貰った個別リストを吟味していると轟が話しかけてきた。
「んー、ちゃんと目を通してから決めるつもりだけど、やっぱりトップヒーローのところかなぁ。轟くんは?」
「俺は――」
轟の言葉が不自然に止まる。
どうしたのだろう――そう思い莉緒がリストから視線を上げると、轟の手が莉緒の髪に触れた。頬に触れそうなほど近いその手は、優しく横髪を梳いた後、すぐに離れた。
「埃がついてたぞ」
「……あ、ありがとう」
莉緒は顔が赤くならないように努めながら、はにかんで笑う。
「……ねぇ、あんたら何かあった? 何か距離近くない? 轟ってそんなんだっけ?」
莉緒と轟のやり取りを見ていた耳郎から指摘が入る。
「そんなんって何だ?」
轟の雰囲気が以前と変わったことに莉緒は気付いていたが、当の本人はまったくの無自覚だったようだ。
「私も思った! だって今までの轟くんって、休み時間にわざわざ他の人に話しかけたりしなかったよね!?」
「髪の毛の埃取ったりするキャラでもなかったよねー!?」
「そう言えば莉緒って今日の朝、轟と一緒に来てなかった? 来る途中で会ったのかなーと思ってたから気にしてなかったけど、何か怪しいな」
「響香ちゃん、それほんと? あーやしーい!」
「どうなの轟!!」
葉隠や芦戸たちも参戦し、収拾がつかなくなってきた。葉隠は身を乗り出して意気込んでおり、芦戸の目は怖いくらいにギラついてる。
「ほ、ほら! 体育祭の時に喧嘩したって言ったじゃない? 無事に仲直りできて、それでね!」
「え〜、でも仲直りしただけでそんなんなる?」
「なるなる! 三奈たちが思ってるようなことはないから!」
莉緒はそれでも怪しがる芦戸たちを必死に宥め続けた。