未来への系譜

「気付いてたかもしれないけど、病室のベッドで寝てたのは……私の両親なの」

 正直に話してくれた轟に応えたい――そう思った莉緒は重い口を開いて語り出す。その声は少し震えていた。
 目を瞑って深く息を吐き、まぶたの裏に浮かぶ情景を回顧する。そして、ゆっくりと目を開けた莉緒は、心配そうにこちらを見ている轟と視線を合わせた。

「私の4歳の誕生日に家族でショッピングモールに行ったの。そこでヴィランの襲撃に遭って、両親は私を庇って……。私、それまで“個性”が使えなかったんだけど、両親が目の前で殺されそうになった時、聞こえたの。私の“個性”、ペルソナの声が」

 あの日の出来事は今も脳裏に焼き付いて離れない。莉緒の人生が、あらゆる意味で大きく変わった日だからだ。

「発現した“個性”のお陰で両親は一命を取り留めたけど、脳にダメージが残って、あの事件以降ずっと意識がないの。……植物状態って言ったらいいかな」

 両親と一緒に過ごしたのは4年間だけ。しかも、あの事件以前のことは正直ほとんど覚えていない。大半の人が幼い頃の記憶を覚えていないように、莉緒も例外ではなかった。
 辛うじて覚えていた両親の笑顔も、眠ったままの姿を見ることの方が長すぎて、もう思い出せなくなっていた。

「……望月はその後、どうなったんだ?」
「私は祖母に引き取られたんだ。おばあちゃんったらね、すっごく厳しいの!」

 今まで沈んだ声だった莉緒の声色が明るいものになり、表情もころころ変わる。

「まだ4歳なのに料理や掃除、洗濯とかを私に任せるの。『おまえの父親は3歳の時からそれくらいのことはできた』なーんて冗談まで言って!」
「望月のばあちゃんスパルタだな」
「でしょ?」

 その頃から祖母の知り合いの元で鍛えていたのだが、疲れて帰ってもお構いなし。莉緒に前世の記憶があったからこそ乗り越えることができたが、もしそれがなかったらと思うとゾッとする。

「一生懸命に作った料理も美味しいって言ってくれなくて、悔しくて頑張ったの」
「負けず嫌いそうだもんな、望月は」
「ふふ、おばあちゃんのせいだね! でも、大事にしてくれたのはわかってる。おばあちゃんは高齢で、この先ずっと一緒にいることはできないから……だから私が一人になっても大丈夫なように色々と教えてくれてたの」
「そうか」
「でも、大好きだったおばあちゃんは雄英に入る数ヵ月前に、ね……。数年前から体調も良くなかったし」

 莉緒は泣かないように顔を少し上に向けた。
 老衰だった。祖母は死に際まで莉緒の身を案じていた。とても厳しくて、そして、どこまでも優しい人だった。

「いつかはこうなるってわかってたけど、思ったより早かったな、って。高校の制服姿、見せてあげたかったなぁ」
「……望月」
「中学まではおばあちゃんの家で過ごして、卒業した今は両親との家に戻って一人暮らし中なの」
「悪りィ、病室で勝手に写真を見た」

 轟は病室でチェストの上にある家族写真を見た時に、違和感を覚えていたそうだ。
 2、3歳の莉緒と両親の写真が数枚。他の写真は大きくなっていく莉緒と祖母の二人しか写っていなかった。その祖母と写っていた写真も卒園式や小学校の入学式、学校行事、卒業式はあったが、それは中学校の入学式で終わっていた。

「もう、一緒に写ってくれる人がいないから。親戚とかもいないし。訓練やお見舞いで放課後とか休日も遊べなかったから、友だち少なくって」
「……」
「でも、後悔はしてないよ。私がやりたくてやってたから。それに雄英に来て、同じ目標を持って高め合う友だちができたの」

 莉緒はクラスメイトの顔を思い浮かべる。
 “個性”だけではなく個性も多様な友人たちは、莉緒の心を豊かにし彩りを与えてくれている。

「もちろん、轟くんも。もう負けないから!」
「ああ」

 その宣言に、轟から力強い言葉が返ってきた。

 あの日の朝の時点でペルソナの声に気付いていたら、ショッピングモールに行かなければ、ヴィランがいなければ――今でもそう思うことはあるが、タラレバ話をしたところで過去は変わらないし意味はない。しかし、過去に囚われずに生きることなんて莉緒にはできない。前世を含め、過去の蓄積が今の自分を形成しているからだ。
 それでも、新たな自分になること、なりたい自分になることはできる――莉緒は、両親から未来を貰ったのだから。

 ――私が最高のヒーローになった時、その隣には両親の笑顔があるといいなぁ。
 轟に笑みを向けながら、莉緒はそう思った。




 話が終わった後、そこから自然と体育祭へと話題が移った。第一種目や第二種目のことを振り返り感想を言い合う。

「そう言えば、望月との対戦で顔面に膝蹴り食らったな。すげえ強烈で意識が飛ぶかと思った」

 そのことを思い出したのか、轟はうっすらと笑っている。
 ヒーローを目指すにはパワーはあった方が良いし褒め言葉なのかもしれないが、『強烈』などと面と向かって言われてしまうと羞恥に駆られる。しかも普通の蹴りではなく、膝蹴りだ。

「ッ……もう、轟くんの意地悪! それに横顔だったじゃない!」
「どっちも同じだろ」
「違うよ! 昔から鍛えてるはずなんだけど筋力がつかなくて、手より足で攻撃した方が威力があるから、その……えっと」

 しどろもどろになっている莉緒が面白いのか、轟は笑いをこらえている。

「悪かった、からかっただけだ」
「わかってます!」

 怒ったように莉緒が立ち上がり病院内へ繋がる遊歩道を歩き始めた時、心地の良い風が吹き抜けた。
 莉緒が着ていたワンピースが揺れ、髪が舞う。乱れた髪の毛を耳にかけながら、風で巻き上がる花びらを見つめた。

 ふっ、と莉緒が笑う。
 その横顔を見た瞬間、轟の胸が騒いだ。

「――望月!」

 勢いよく伸ばした轟の手が莉緒の腕を掴み、二人の体温が混じり合う。

「……轟くん?」
「悪い、からかい過ぎた」
「え、元から怒ってないよ? ちょっと拗ねちゃったけど轟くんもそんな意地悪するんだなって、仲良くなれて嬉しかったの。誤解させたみたいでごめんね」
「……風がおまえを連れて行くかと思った」
「ん? 風?」
「いや、怒ってないならいい」

 莉緒の返答に轟はホッとした様子をみせていた。怒っていると勘違いして焦っていた轟が新鮮で、莉緒から笑みがこぼれる。

「……望月は私服だとイメージ変わるな」
「え、今さら?」
「正直、話すことにいっぱいで気付いてなかった」
「ふふふ。轟くん、そういうところは鈍そうだもんね。轟くんの私服は……うん、イメージ通りかな。シンプルで大人っぽい感じ。似合ってるよ!」

 轟は白いTシャツの上から暗い色の七分袖のシャツを羽織っている。シャツと同じような色のチノパンとキャンバス生地の白のスニーカー。
 対する莉緒は春色のワンピースにカーディガン。ミニ丈のスカートからはスラリとした足が伸びており、華奢なパンプスは女性らしさを感じさせる。

「望月も……似合ってる」
「え?」

 轟に「似合ってる」とは言ったが、まさかその言葉を返されるとは思っておらず不意打ちだった。穏やかな表情で見つめてくる轟に、莉緒は自分の顔が熱くなるのが分かった。

「……ありがとう」

 小さな声でそう返すのがやっとだった。


 轟が「送って行く」と譲らないので、一緒に帰宅することになった。莉緒の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く轟の心遣いに嬉しさがこみ上げる。

「轟くんもこの辺りに住んでるの?」
「ああ。望月が言ってたショッピングモール襲撃って、もしかして凝山地区のやつか?」
「そう、それ!」
「俺の家の近くにあるやつだ。小さい頃だったからあまり覚えてないが、昔テレビでやってたな」
「え、凄い偶然! 轟くんの家ってどの辺りにあるの?」
「俺の家は――」

 最寄り駅どころか、その先の帰り道もほとんど一緒だった。思わぬ事実に笑い合う二人の影は、触れ合いそうなほど近い。

「私がおばあちゃんのところに行かなかったら、小学校や中学校も一緒だったかもね」
「そうだな」
「でも、昔の轟くんは凄いピリピリしてそうだから、友だちにはなってなかったかも」
「おい」
「嘘です。意地悪された仕返し!」

 結局、駅から轟の家までの道のりを少し遠回りしたところに莉緒の家があることが分かった。家に着くまで、二人の話題は尽きなかった。